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映画二部作の事情――『ちはやふる』『64-ロクヨン-』『進撃の巨人』『寄生獣』、日本映画の新たな戦略

松谷創一郎ジャーナリスト
2015年7月、『ちはやふる』出演者の野村周平、広瀬すず、真剣佑(ペイレスイメージズ/アフロ)

『ちはやふる』と『64-ロクヨン-』

 4月29日、広瀬すず主演の『ちはやふる-下の句-』が公開されました。前月に公開された『-上の句-』も好調で、前後編合わせて興行収入30億円弱のヒットに落ち着きそうです。そんな『ちはやふる』の特徴のひとつは、二部作であることです。予算は前後編で確保され、キャストも変わらぬまま、撮影も連続して行われました。

4月29日公開『ちはやふる -下の句-』チラシ
4月29日公開『ちはやふる -下の句-』チラシ

 いま、日本映画ではこうした二部作が目立っています。5月7日・6月11日に前後編で公開される『64-ロクヨン-』もそのひとつです。

 もちろん、これまでにも映画で続編は多く見られました。『男はつらいよ』、『踊る大捜査線』、『相棒』等々、数多くの人気シリーズがあります。『ちはやふる』もヒットを受けて、続編の製作も発表されたばかりです。しかし、基本的には二部作としてその企画は始まりました。

 なぜ、現在の日本映画界ではこうした二部作が増えているのでしょうか?

『デスノート』以降に活性化

 二部作が日本で目立ち始めるのはここ5、6年のことですが、その嚆矢となったのは、2006年の『デスノート』です。大人気マンガの映画化として注目されたこの作品は、原作の連載終了直後である6月17日に前編が公開されました。しかし、興行成績は28.5億円と期待以上のものにはなりませんでした。

『デスノート』DVD。
『デスノート』DVD。

 そこで製作の日本テレビは、後編公開の一週間前に、『金曜ロードショー』枠で前編(ディレクターズカット版)を放送しました。その影響は絶大でした。後編は興行収入52億円の大ヒットとなります。前編の182.5%の結果でした。

 しかしそれは、異例の出来事でもありました。映画業界では、劇場公開からテレビ放送までは1年間のインターバルを置くという暗黙の了解があるからです。テレビ放送があることを知っていれば、お客さんが映画館に足を運ばなくなるリスクがその前提にはあります。この件は、フジテレビの亀山千広映画事業局長(当時)が公然と批判するなど波紋を呼びました。

 その後日本テレビは、似たような手法を再度使います。それが三部作の『20世紀少年』です。08年8月・09年1月・8月と、一年間に渡って公開されたこのシリーズは、興行収入が39.5億円・30.1億円・44.1億円と推移します。3作目の興行成績がもっとも良いのは、やはり公開一週間前に1作目のダイジェスト版がテレビ放送されたからです。

 映画の二部作が本格化するのは、この後からです。09・10年の『のだめカンタービレ』、11年の『GANTZ』、14年の『るろうに剣心』、14・15年の『寄生獣』、15年の『進撃の巨人』と続いてきました。その過程で生じているのは、前後編のインターバルが短くなったことです。『寄生獣』を除けば、そのほとんどが1ヶ月ほどの間隔しかない連続上映が目立っているのです。これは、前編の印象が強いうちに後編に繋げようとする戦略です。

製作サイドの3つのメリット

 製作サイドにとって、二部作には大きく分けて3つのメリットがあります。それが、予算削減、興行収入増加、適切な上映時間です。

 まず、二部作は連続して製作することで予算を抑えることができます。連続して制作するので、単なる二本分の映画よりは労力は減ります。一度撮影をすべて終えて、続編のために再度キャストとスタッフが結集して一から制作することよりも、負担は少ないのです。二部作と単なる続編が異なるのは、まさにこの点です。

 前述したように、映画の続編そのものは珍しくありません。ただ、ヒットを受けて続編を企画しても、思ったとおりにいかないケースもあります。近年では、『NANA2』がその代表例でしょう。中島美嘉と宮崎あおいのダブル主演で2005年9月に一作目が公開された『NANA』は、最終的に興行収入40.3億円の大ヒットとなりました。

 それを受けて、製作側は即座に続編の企画に取りかかります。しかし、1年3ヶ月後の翌06年12月に公開された続編に宮崎あおいの姿はなく、同じ役を市川由衣が演じていました。それが宮崎の出演拒否を意味することは、だれにとっても明白でした。結果、『NANA2』は、前作の31%である興行収入12.5億円にとどまりました。二部作は、こうしたリスクを回避する策でもあるのです。

『寄生獣』Blu-ray。
『寄生獣』Blu-ray。

 次に興行収入の増加ですが、これも予算に関係することです。大作は予算がかかるために、大きなリスクをともないます。近年はDVD販売も低調なために、興行だけで製作費を回収することが目標とされます。興行収入からは劇場の取り分や配給手数料などが引かれるために、製作側に残るのはその三分の一ほどだと言われます。つまり、製作費の3倍以上の売上(興行収入)を具体的な目標としなければなりません。

 こうしたなか、二部作は製作費のかかる大作にとって多くの売上を期待できる戦略となります。最近では、CGや特撮をふんだんに使った『寄生獣』と『進撃の巨人』がその代表例でしょう。前者はトータルで興行収入35.2億円、後者は同49.3億円のヒットです。ともに製作費は10~15億円だと予想されますから、おそらく両者とも興行だけで回収できたと推定されます。それは、まさに二部作戦略の結果です。

 最後は、適切な上映時間についてです。最近の日本映画の多くは小説やマンガの映画化ですが、2時間を基本とする映画に収まらない物語も多々あります。二部作は、そうした原作に上映時間を合わせた結果とも言えるでしょう。

『ソロモンの偽証 後編・裁判』DVD。
『ソロモンの偽証 後編・裁判』DVD。

 最近では、『ソロモンの偽証』がその代表例と言えるでしょうか。宮部みゆきの原作小説はハードカバー3冊で計2178ページのボリュームです。これを2時間の映画のするのは、間違いなく不可能です。映画版は、原作をかなり端折ったとは言え、前後編で4時間27分にまとめました。

 5月に公開される『64-ロクヨン-』も、トータルで4時間ちょうどです。横山秀夫のこの原作小説は、昨年NHKでもドラマ化されましたが、その長さはトータルで4時間50分でした。映画にしろドラマにしろ、4時間以上の尺が必要な原作だったのです。

下落率の高い『進撃の巨人』

 製作側にとっての二部作はリスク回避戦略ですが、観客にとってはどうでしょうか。それは一作目と二作目の興行収入を比較すれば、その傾向が見えてきます。下は、過去10年間の二部作12作品の興行収入を表したグラフです(『ちはやふる』のみ予測値)。それを見ると、作品によって前編と後編の成績にひとつの傾向が見えてきます。

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 結論から述べると、そのほとんどは後編が前編を下回る傾向にあります。『デスノート』と『20世紀少年』のように、公開直前にテレビ放映がなければ、下回ることは避けられないのです。

 では、その下落率はどれほどなのでしょうか。『デスノート』と『20世紀少年』、後編公開直後の『ちはやふる』を除いて、9作の平均下落率を計算すると22.7%になります。つまり、二作目は一作目の四分の三程度のヒットになるのです。とは言え、下落率は作品によって異なるのも確かです。下落率が10%以下の『のだめカンタービレ』や『SP』もありますが、『僕等がいた』や『進撃の巨人』は30%を超えます。

 下落率の高低には、複数の要因が挙げられます。一作目に対する期待度、作品の出来、テレビ宣伝、公開時期、公開間隔などがそうです。これらは作品によって要因が異なります。

 たとえば下落率が小さい『のだめカンタービレ』や『SP』は、ともにフジテレビ製作です。前者はドラマ版も高い人気があり、5ヶ月の公開間隔がありながらもその勢いのまま推移しました。一方、『SP』は東日本大震災の翌日という非常に不利な条件のなか公開されました。それでも、この下落率にとどまったのは、後編公開の一週間前にダイジェスト版がテレビ放送された影響だと考えられます。

 対して『寄生獣』は、作品の評価は高かったにもかかわらず、下落率は平均を上回る25.7%となりました。これは、公開間隔の影響だと考えられます。前述したように、最近の二部作の多くは1ヶ月程度の間隔しかありませんが、『寄生獣』は5ヶ月近く経って後編が公開されました。観賞者の記憶が薄れてしまったのです。後編の公開直前には、前編を再構成した特別版が放送されましたが、興行には結びつきませんでした。

『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』DVD
『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』DVD

 そしてなにより前後編の落差で注目すべきは、下落率が48.3%となった『進撃の巨人』です。それは、他の作品と比べても極端に高い数字です。公開間隔も短く、後編の公開時期には強い競合作もなかったために、これは前編の観客評価が著しく低かったことを反映していると推察されます。また、公開週末のランキングはトップだったものの、2週目には同日公開だった『ヒロイン失格』に逆転されて、最終的には約9億円近い差をつけられました。これも、観客の評価を反映した結果でしょう。

 『進撃の巨人』は、そもそも二部作として構想されたものでなく、意図的に二部作にしたと関係者が証言しています。実際、上映時間は合計で3時間5分と、二部作としては短いものです。3時間ほどで一本の映画は、珍しくありません。ここ20年ほどに限れば、たとえば『アンダーグラウンド』(95年)は2時間50分、『グリーンマイル』(99年)と『マグノリア』(99年)は3時間8分、『タイタニック』は3時間14分(97年)です。日本映画でも、『リップヴァンウィンクルの花嫁』(2016年)は3時間ちょうど、『沈まぬ太陽』(2009年)は3時間22分です。

 『進撃の巨人』を二部作にしなければならなかった主要因は、おそらく予算だと推測されます。日本映画で一作につき10億円以上の製作費をつぎ込むことは、興行収入30億円以上を目標とするために非常にリスクが高いのです。『進撃の巨人』の巨人は、それを回避するために二部作にしたのでしょう。

リスク回避策としての二部作

 ここまで見てきたように、映画二部作が増える背景には日本の映画産業独特の事情があります。もちろん海外にも二部作(あるいは三部作)が存在するように、それは日本独自の現象でもありません。ただし、原作の縛りがあり、予算が限られているなかで、昨今の日本映画業界で流行りの戦略のひとつになりつつあります。

映画『64-ロクヨン- 前後編』チラシ
映画『64-ロクヨン- 前後編』チラシ

 とは言え、その手法はどれほど映画向きなのだろうか、とも考えてしまいます。映画とは、観客が映画館に赴いてお金を払って観る映像作品です。暗闇のなかで、2時間ほどべつの世界を覗き観る体験だと言い換えることも可能でしょう。二部作とは、それが切断された体験になることを意味します。

 それがいけないとは言いませんが、長尺の映像作品を観るには、映画館よりも適したメディアがあります。もちろんテレビです。NHKでドラマ化された『64-ロクヨン-』のように、現在はテレビでも十分な映像クオリティの作品を観ることができます。

 もちろん、映画館の最大の利点は観客に直接お金を払ってもらい、莫大な売上に繋がることです。つまり映画は、多くの予算で映像作品を創ることが可能な表現なのです。対して、広告収入や受信料に頼るテレビでは、予算には上限が生じてしまいます。

 しかし、たとえば動画配信サービス・Netflixのように、グローバル展開をすることで莫大な製作費を調達するテレビ向けサービスも最近は登場しています。韓国を代表する映画監督であるポン・ジュノ(『殺人の追憶』など)も、17年公開予定の『オクジャ(Okja)』がNetflixオリジナル作品であることが発表されました。その予算は5000万ドル(約53億円)と報道されています(※)。製作費53億円とは、ハリウッドでは中規模の予算ですが、日本映画や韓国映画では不可能な額です。

 ここまでの額でなくとも、Netflixが回収を前提に既存の日本映画以上の予算を調達すれば、映画館で二部作を公開する理由も弱まります。ドラマも含め、連続性のある作品は映画館よりもテレビのほうが向いているからです。

 そうしたことを踏まえると、映画二部作はドメスティックなマーケットに特化して進展してきた日本映画の限界を示す現象だとも言えるでしょう。現在、お隣の韓国映画界は政府も関与して積極的に中国マーケットに進出し、成功を収めていますが、そうしたソフトパワー戦略を採らなかった日本政府および日本映画界は、二部作というリスク回避に奔走せざるを得ない状況だと言えるかもしれません。

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ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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