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現実味を帯びてきた広島カープの優勝──独走態勢のカープが25年ぶりの優勝をするためには

松谷創一郎ジャーナリスト
いつも真っ赤に染まるマツダズームズームスタジアム広島(2014年8月/筆者撮影)

「Aクラスなら儲けもの」

交流戦後のインターバルを終えて再開されたプロ野球。試合もちょうどシーズンの半分を経過した、折り返し地点でもある。

パ・リーグは昨年同様にソフトバンクホークスが圧倒的な強さを示しているが、セ・リーグでは広島カープが頭ひとつ抜け出した。41勝29敗2引き分けで貯金は12、勝率は.586だ。2位の巨人とは7ゲーム差をつけており、独走態勢に入りつつある。交流戦では最後に6連勝、鈴木誠也が3試合連続で決勝ホームランを放つという離れ業も見せた。

多くのカープファンは、こうした状況を喜びながらも戸惑いも感じているはずだ。なぜなら、これほどの好成績は内心あまり期待していなかったからだ。その理由は、もちろん前田健太がいなくなったからだ。球界を代表するエースが抜けた穴は、誰が考えても埋めることは難しい。実際、新人以外に先発の補強はできなかった。

「Aクラスに滑り込めれば儲けもの」──期待値はその程度だったのだ。しかし、フタを開けてみれば独走しつつある。

カープになにがあったのか?

「山田哲人曲線」の鈴木誠也

実は、カープの強さは昨年から続いている。昨シーズンは4位に終わったので、それを意外に感じるひとも少なくないだろう。しかし、それは昨年の月別勝敗数を見ていけばわかる。カープは、昨年から1年以上もずっと勝ち続けているのである。

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昨シーズン、カープは開幕直後に7連敗を喫した(そのうち5試合が1点差負けという惜敗でもあった)。4月終了時の借金も7つ。だが、それ以降は持ち直し、5割以上を維持し続けた。5月以降に限れば、勝率は.522と“まずまず”の成績だった。今シーズンは、そうした昨年から続く“まずまず”の勢いでスタートした。

ただ、昨年と決定的に異なるのは安定性だ。昨シーズンのカープは、4連敗の後に4連勝するなど、不安定な戦いが続いた。強さに波があったのだ。しかし、今シーズンは、まだ一度も3連敗をしていない。現在も続いている7連勝までは、「強い」というよりも「弱くない」という印象だった。

この安定感は、選手の成熟によってもたらされている。カープは、2013年に16年ぶりのAクラスになり、翌14年も3位を維持したが、それは若手選手の勢いによって成し遂げられた結果だ。具体的には、菊池涼介と丸佳浩を中心に、田中広輔や野村祐輔、大瀬良大地、一岡竜司など、20代前半の選手が中心だった。

そんな彼らが20代後半にさしかかり、今年は非常に安定した成績をおさめている。中でも好調な打線を支える、田中・菊池・丸の1~3番は、他チームにとって大きな脅威となっている。とくに出塁率が.405(リーグ4位)の田中が1番に定着したのは大きい。投手陣は、前田健太の抜けた穴をここ2年ほど不調だった野村祐輔がしっかりと埋めた。現在まで8勝(リーグトップ)、防御率2.41(同3位)は堂々たる成績だ。この4人に共通するのは、ともに1989年度生まれの同学年ということだ。今年26~27歳の彼らは数年前と異なり、若さに加えて安定感が生まれている。

さらに、新たな若手の躍進も著しい。もちろんその筆頭格は、鈴木誠也だ。高卒4年目、まだ21歳の鈴木誠也は、完全にライトのポジションを奪取した。もともとその潜在能力はファンの間でも高く評価されていたが、ついに花開いたという印象だ。ファンの間では、その成長の勢いは「山田哲人曲線」と言われるほどだ。

加えて、これまで下積みをしてきた選手もやっと活躍しつつある。それが、野手の安部友裕や下水流昂、投手の戸田隆矢だ。89年生まれの安部は、ルナの離脱中にしっかりとサードのポジションを埋める活躍をした。ここ数年、中継ぎで結果を出していた高卒5年目の戸田は、やっと先発陣の一角に定着しつつある。

投手は即戦力、野手は育成

こうしたカープの戦力は、希望入団枠制度が廃止された2007年以降のドラフト指名の成果だ。その特徴は、ドラフト1位では大卒の即戦力型投手を指名し続けていることにある。12年と14年も1位指名投手のクジに外れて、野手を指名した。最初から野手を1位指名したのは、08年の岩本貴裕が最後だ。

近年のドラフト1位投手は、そのほとんどが十分な戦力となっている。今村猛(09年)、福井優也(10年)、野村祐輔(11年)、大瀬良大地(13年)、そして岡田明丈(15年)がそうだ。ここ3年は2位で指名した九里亜蓮(13年)、薮田和樹(14年)、横山弘樹(15年)も、ルーキーイヤーに一時期ローテーションを担ったほどだ。

野手は、2位以下で素材型の選手を獲得する傾向がある。田中広輔は13年3位指名、鈴木誠也は12年2位指名、菊池涼介は11年2位指名、丸佳浩は07年の高校ドラフト3位指名だ。ここ数年は不振の堂林翔太も09年の2位指名だ。現在の1軍登録選手でも、野手のドラフト1位選手は、分離ドラフト時代の07年に高校ドラフト1位の安部友裕しかいない。

投手は即戦力、野手は育成する──この方針が徹底しているのである。

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若手ばかりでなく、ベテラン勢も十分な存在感がある。言うまでもなく黒田博樹を筆頭に、今年2000本安打を達成した新井貴浩、巧みなキャッチングの石原慶幸、そして、エルドレッドがそうだ。

投手陣は、黒田が若手投手に良い影響を与えている。たとえば大瀬良は黒田直伝のツーシームを習得し、九里は自主トレーニングを黒田とともにアメリカで行なった。野手陣では、新井だけでなく現在は怪我で離脱中のエルドレッドの存在が大きい。日本語のリスニングはほぼマスターしており、野手のリーダー的存在であるという。

また、カープはこの10年ほど、獲得した外国人選手がかなり高い確率で活躍する。獲得資金が他球団と比べて乏しい中、それは驚異的な成果だ。特に投手は、コルビー・ルイス、シュルツ、サファテ、バリントン、ミコライオと、現在も日米の一線で活躍している選手が目立つ。今シーズンは、昨年の最優秀防御率にも輝いたジョンソンをはじめ、新加入のジャクソンとヘーゲンズが盤石のリリーフを務めている。これらは、在米スカウト・シュールストロムの功績だ。

こうした外国人選手の特徴は、昔と比べて日本の生活にとても馴染んでいることだ。タフィ・ローズ(元近鉄)やアレックス・ラミレス(現DeNA監督)のように、カープに限らずプロ野球界では長く日本で活躍する選手も増えた。カープでは、エルドレッドは今年の春から小学生の娘を日本の公立学校に入れ、ジョンソンはシーズン中に来年からの3年契約を結んだ。ふたりとも広島で選手生活を終える勢いだ。

そんなジョンソンの日々の生活は、妻のカーリーさんのブログ"ChopstixChic"に綴られている。広島だけでなく、遠征ついでに日本中のさまざまな観光地に赴いて楽しんでいる様子がとてもよく伝わってくる。このまま日本に永住しそうでもある。

44勝27敗ペース

さて、カープがこのまま優勝する可能性はどれほどあるのだろうか? 143試合中72試合(6月24日まで)を終えた段階で、カープの勝率は.586だが、それはどれほどのアドバンテージなのか。

そこで過去10年のセ・リーグ優勝チームの平均勝率を計算すると、.594となった。年によってバラつきはあるが、交流戦でカープ以外の5球団が負け越したことを考えると、.590~.600ほどで優勝できる可能性が高い。

つまり、前半の勢いをちょっと増せば、おそらく優勝できる。具体的には、85勝56敗2分(.603)が目標ラインとなる。残り71試合を44勝27敗ペースだ。簡単ではないが、決して不可能な数字でもない。それはいまのカープには、特段の欠点が見つからないからだ。

とくに、交流戦から投手陣の調子が上がっている。3・4月は3.69、5月は3.56だった防御率は、6月に入って2.89まで良くなった。一方、打線は春先の勢いが弱まっている。3・4月は.283、5月は.260だった打率は、6月は.250まで落ちている。エルドレッドの離脱は確実にダメージとなっている。

ただ、それでも大きな不安がないのは、いつの間にかカープは層が厚くなっているからだ。エルドレッドの代わりに1軍に戻ってきたルナは、守備のマイナスはあるが安定してヒットを放ち、下水流もプロ初ホームランを放った。堂林翔太は1軍と2軍を行き来しているものの、他チームではレギュラークラスの実力だ。守備と走塁が売りの2年目の野間峻祥は、2軍で3割4本塁打といつ1軍に戻ってきてもおかしくない成績だ。また天性のスラッガーである岩本貴裕も、お尻に火がついたのか今年は2軍で.289の成績を残している。

投手陣も、怪我で出遅れていた大瀬良が2軍で投げ始め、2軍調整中の福井優也も状態が上向きだ。先発陣は、さらに若い薮田和樹と横山弘樹が調整を続けている。コマは十分揃っており、調子がいい順番で入れ替えるといった具合だ。

ただ、カープには代わりが見つからない唯一のポジションがある。それがセカンドだ。毎試合、1、2本のヒットをアウトにする守備力を誇る菊池涼介は、今年は打線の軸にもなっている。菊池がこのまま離脱しないことが、カープ優勝の条件かもしれない。

1996年の苦い記憶

カープファンには、優勝をめぐって苦い記憶がある。1996年のシーズンのことだ。野村謙二郎、江藤智、金本知憲、前田智徳、ロペス、緒方孝市が並ぶ史上最強打線で7月上旬には貯金が20を超えるほどの快進撃を続けた。しかし、投手陣の崩壊でそこから負け続け、猛追してきた長嶋茂雄監督率いる巨人にかわされたのである。そう、「メークドラマ」と呼ばれたあの年である。カープファンには「トラウマドラマ」だ。

ただ、今年はあのときのような心配はない。投打のバランスは良く、層も厚い。若手選手は経験を積み、鈴木誠也という4番候補の中心選手も生まれた。昨年戻ってきたふたりのベテランを中心にチームはまとまり、他チームでも優勝経験がほとんどないふたりに優勝を贈りたいはずだ。

首位を走るカープに隙はない。25年ぶりの優勝まで、もうひと踏ん張りだ──。

ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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