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ストーカー規制法とはどんな法律なのか

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士

「ストーク(stalk)」とは、もともと「忍び寄る」「(疫病や死が)まん延する」「いばって歩く」といった意味をもつ言葉ですが、一般には「相手に不安を与える異常なつきまとい」として使用されています。無言電話を何度もかけたり、しつこく尾行するといった事案は前からありましたが、1990年代後半に「異常なつきまとい」が殺人にまでエスカレートした悲惨な事件が現実に何件か起こり、闇の向こうに潜む新たな恐怖の実態を「ストーカー」という言葉が照らし出して、ストーカー被害の深刻化が社会問題となりました。2000年に法律ができましたが、この法律によって、現実には多種多様な個別の事例として処理されていた不気味な社会現象に、一つの共通項があることが認識されたのでした。

ストーカー行為等の規制等に関する法律(全文)

■ストーカー行為の特徴

法律制定のきっかけになったいくつかの事件がありますが、有名なのは、桶川ストーカー殺人事件(1999年10月)です。

埼玉県桶川市で、21歳の女子大学生が胸などを刺されて殺害され、元交際相手の実兄ら4人が殺人容疑で逮捕されました。元交際相手も、女性を中傷するビラを被害者の自宅周辺などにまくように仲間に指示したとして名誉毀損容疑で指名手配されましたが、2000年1月に北海道屈斜路湖畔で入水(じゅすい)自殺したのが発見されました。他の殺人事件とは異なったこの殺人事件の特徴は、何よりも殺害に先行するつきまといの異常な「反復継続」と「行為の増幅」でした。

ストーカー事件では、個々の行為を取り上げれば、明確に犯罪として把握することが難しいものがあります。街角で被害者をただ見つめるだけの行為、女性が帰宅し、灯りをつけたとたんにいつも電話が鳴る、自分が出したゴミだけが持ち去られているなど、それらの繰り返しが被害者を絶望的な不安に陥れていくような行為は無数にあります。しかし、個別に取りだせばその多くが犯罪ではありません。しかしその反復継続が、被害者の平穏な生活を決定的に狂わせていきます。軽犯罪法に若干のストーキング的な行為は規定されていましたが、罰則が軽く、また何よりも反復継続されることによる被害者の不安の深さ、精神の失調は予定されていませんでした。当時、ストーカー行為は「軽犯罪法以上、刑法未満」といわれていましたが、それはこのような点でした。法律はこの点を反省して、最悪、殺人にまで至るような異常な行為を、できるだけ早い段階で阻止しようとする目的でつくられたのでした。

■ストーカー規制法の概要

法律は、ストーカー行為を、特定の人に対しする恋愛や好意の感情、あるいはそれが拒絶された場合の怨みを晴らす目的で、被害者や家族らに対して「つきまとい等」を反復することと定義しています。具体的には、恋愛感情等の目的で、(1)つきまといや待ち伏せ、(2)監視していると告げること、(3)面会、交際の要求、(4)著しく乱暴な言動、(5)無言電話や連続メールなど、(6)汚物などの送付、(7)名誉を害することを告げること、(8)性的嫌がらせなどの行為を2回以上繰り返すと規制の対象となります(第2条)。

では、法律は、現実に被害者をどのように守ってくれるのでしょうか。

まず、被害者が最寄の警察署に行って被害を訴え、援助を要請すると、警察は必要な支援を行ってくれます(第7条)。

また、警察署長がストーカーに対して「ストーカー行為を止めなさい」と「警告」を発してくれます(第4条)。この「警告」でストーカー行為が終われば、刑事事件にはなりません。しかし、「警告」が出されたにもかかわらずストーカー行為が続くようなら、公安委員会が、ストーカーから直接事情を聴いて、ストーカー行為を止めるよう「禁止命令」を出し(第5条)、この「禁止命令」が無視されたならば、警察が被害者からの告訴を受けて刑事事件として初めて捜査を開始します。裁判で有罪となれば、1年以下の懲役または100万円以下の罰金です(第14条)。

ストーキングの被害救済に急を要すると判断される場合は、相手に弁明の機会を与えなくても、ストーカー行為を止めるよう「仮の命令」を出すことも可能です(第6条)。

このようなルートとは別に、被害者が警察に「ストーカーを処罰してほしい」と直接告訴すれば、警察が、「警告」や「禁止命令」ではなく直ちに捜査に入ることもできます。この場合は、裁判で有罪になれば、6月以下の懲役または50万円以下の罰金となっています(第13条)。

■問題点

法律ができて、一定の効果はあったと思われますが、無理心中覚悟でストーカー行為を繰り返す者や確信犯的に処罰覚悟でストーカー行為を繰り返す、自暴自棄になった者などには、警告や禁止命令、刑罰に対してすらも抑止効果はほとんど期待できません。いつの段階で、公的な機関が介入するかは問題が残りますが、少なくとも禁止命令の段階で、ストーカーに対する専門家による治療やカウンセリングの義務化の仕組みを設けるべきではないかと思われます。

なお、警察は、ストーカーやDVなどについての相談先として、「警視庁総合相談センター」(「#9110」または「03-3501-0110」(平日の8:30~17:15))を設けています。

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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