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暴力団員であることを隠して口座を開設、詐欺罪か?

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
最高裁判所

先日、暴力団員が身分を隠してゴルフし、詐欺罪になったケースを紹介しましたが(「暴力団ゴルフは詐欺罪か?」)、最近また暴力団員が身分を隠して銀行口座を開設した行為に対して、最高裁が、通帳とキャッシュカードをだまし取ったとして、詐欺罪を認めました。

■金融機関の反社会的勢力排除の取組み

銀行口座がマネーロンダリング(犯罪行為によって得た資金を、金融機関等を利用して浄化し、その起源をごまかして合法的な資金に偽装するプロセス)や振り込め詐欺などに悪用されるケースが増え、政府は数年前より、企業の社会的責任や企業防衛の観点から、「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」などを策定していました。これを受けて、銀行は、反社会的勢力との関係遮断に向けた取組みを推進してきました。

ゆうちょ銀行も、平成22年以降、取引の申し込みの際に暴力団員であるかどうかを確認し、暴力団員であることが分かれば取引を拒否していましたが、「反社会的勢力ではないと確約する」との申込書にサインしてゆうちょ銀行に口座を開設し、通帳およびキャッシュカードを入手した暴力団員の行為が詐欺罪に当たるのかどうかが争われていました。

このような事実に対して、最高裁は、暴力団排除の社会的な流れを受けて、銀行が取引の申し込み時に暴力団員であるかどうか確認していた点を重視して、銀行側は、被告が暴力団員だと分かっていれば、口座の開設や通帳およびキャッシュカードの交付には応じなかったと指摘し、次のように判示しました。

以上のような事実関係の下においては、総合口座の開設並びにこれに伴う総合口座通帳及びキャッシュカードの交付を申し込む者が暴力団員を含む反社会的勢力であるかどうかは、本件局員らにおいてその交付の判断の基礎となる重要な事項であるというべきであるから、暴力団員である者が、自己が暴力団員でないことを表明、確約して上記申込みを行う行為は、詐欺罪にいう人を欺く行為に当たり、これにより総合口座通帳及びキャッシュカードの交付を受けた行為が刑法246条1項の詐欺罪を構成することは明らかである。

出典:最高裁第2小法廷平成26年4月7日決定

■本件における財産的被害とは何か?

今回の決定は、今までの最高裁の判例から当然予測されたことでした。

たとえば、他人名義で預金口座を開設した事案最高裁平成14年10月21日決定〉や、第三者に譲渡する目的を隠して自己名義の預金口座を開設した事案最高裁平成19年7月17日決定〉などでは、銀行員をだまし、そしてだまされた銀行員が預金通帳を被告人に対して交付したとして、詐欺罪の成立が認められています。しかし、だまされて預金通帳などを交付することが、どのような意味において財産的損害なのかは具体的に説明されていませんでした。本件もそうで、だまされた銀行がだました者に通帳などを交付したことが、どのような意味で財産的損害なのかは述べられていません。

確かに、厳格な本人確認が法律上も要求され、名義人以外の者が使用するならば通帳を交付しないということが銀行の口座開設業務における重要な目的ですし、この目的の遂行がだまされたことによって妨害されたとは言えます。また、銀行が開設した口座が不正に利用されることによる社会的な信用低下などのリスクは、銀行の一般的な経済的損失といえるでしょう。しかし、このような経済的損失は、だまして口座を開設し、通帳などを不正に入手した者が得た利益と同じものではありません。さらに、厳格に本人確認が行われるのは、振り込め詐欺やマネーロンダリング等の不正防止が目的であって、銀行の経済的利益のために行われることではありません。暴力団員であることを隠して口座開設を申請することも、それが銀行にとって通帳を交付する判断の基礎となる重要な事項であるとしても、それだけで財産的損害が生じたということにはなりません。

実質的な経済的被害がなくても詐欺罪の成立を肯定していくことは、詐欺罪を社会的、国家的な利益を追求するための道具として使うことであって、何度も言いますが、スジ違いの法適用ではないでしょうか。暴力団に限らず、社会的に好ましくない者を排斥する手段に広く詐欺罪が使われていく可能性があるのではないかを懸念する次第です。

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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