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完黙の殺人被疑者、〈殺意〉の認定は? ー大阪中1死体遺棄事件ー

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
(写真:アフロ)

大阪中1死体遺棄事件は、完全黙秘している被疑者が殺人罪で再逮捕されたことから、新たな局面を迎えました。完全黙秘していることから、証拠が乏しい事件であり、警察や検察に難しい判断が要求されますが、本稿では、殺意と証拠の一般的な関係についてまとめてみました。

■殺意の認定

殺意がなければ、殺人罪には問えないことは当たり前のことですが、「殺すつもりだった」というのは、犯人の心の状態ですから、殺意を直接証明する証拠は犯人の自白以外にはないということになります。しかし、計画的で冷静に殺人を行った場合はともかく、

ー 頭が真っ白になって、気がついたら相手が死んでいた

とか、

ー 刺したが、殺すつもりはなかった

と供述する場合も現実の殺人事件では少なくありません。

殺人というきわめて異常な事態に直面したときに、人は犯行時の心理状態を正確に把握し、あとでそれを言葉で的確に説明し、表現するということはたいへん難しいことです。したがって、実際には、犯人が「殺すつもりでした」とか「殺すつもりはありませんでした」といった供述ですべてが決まるのではなく、犯人の供述を前提に、客観的な状況(情況証拠)にもとづいて「殺意」が認定されることになります。

あえて言えば、犯人が殺意を認めているから殺意があったのではなく、殺意があったとの評価を裏付ける客観的な証拠がある場合に「殺意があった」ということになります。

■直接証拠と間接証拠(情況証拠)

証拠の種類

犯罪が犯されれば、必ずその痕跡が残ります。刑事裁判とは、この残された痕跡(証拠)を手がかりに、過去の事実(犯罪)を推論によって法廷で再現する過程です。証拠には、直接証拠間接証拠情況証拠)の2種類があります。

被告人が犯行を自供しており、その自供が拷問などで引き出されたものでなく、信用できるものであって、さらにその自供内容を補強する別の証拠がある場合、有罪が認定されるのはもちろんですが、多くの人が見ている目の前で犯罪が行われたとか、あるいは被告人が実行している犯行の一部始終が防犯カメラに鮮明に記録されていたといったような場合も、目撃者の証言や防犯カメラの映像から犯罪が行われた事実が直接証明されています(直接証拠)。このような場合、犯罪事実を認定することはそれほど難しいことではありません。

ところが、多くの犯罪は秘密裏に行われるため、指紋とか足跡、犯人の血痕や体液など、犯罪と被告人とが結びつく可能性のある間接的な証拠(情況証拠)しかない場合が多いのです。とくに被告人が犯行を否認し、無実であると主張している事件や完全に黙秘している事件では、この情況証拠の扱いが問題となってきます。その場合、さまざまな情況証拠を積み上げていって、犯罪事実を証明していくしかありません。

たとえばBが背後から鋭利なナイフで刺されて、死亡したという事実があるとします。被疑者としてAが逮捕されたが、Aは黙秘している。AにB殺害の事実を直接裏付けるような証拠がない場合、Aの妻がBと不倫関係にあり、そのことでAはBともめていたとか、犯行日の前日に購入したナイフが事件後なくなっているとか、犯行現場にAの指紋が残されているとか、事件前、Aは親しい友人に妻の不倫を相談し、相手に復讐したいと言っていたとか、事件後、Aは携帯の履歴やメールをすべて消去しているとか、自分の洋服を庭で燃やしていたとか、その他もろもろの犯罪に結びつくような周辺的な事実を積み上げていくのです。実際、過去には、情況証拠だけで殺意を認定し、有罪とした事件もあります。

えん罪の危険性

ただ、その場合に気をつけなければならないのは、証明された周辺的な事実から犯罪事実を証明する過程で、必ず両者を結びつける推論が行われるということです(「~という事実が証明されるので、彼がやったに違いない」)。情況証拠しかない場合は、そこに不合理な判断あるいは無理な推論(有罪の推定)が紛れ込みやすく、えん罪を生む危険性があります。とくに、被告人が犯人だとする思い込みが強ければ強いほど、その危険性も大きくなっていきます。

その危険性を回避するためには、情況証拠に偏りがなく、それが多方面にわたっていることが必要です。また、犯罪が犯された時点を基準として、

# 過去の事実(予見的事実)に関する証拠

# 同時的な事実に関する証拠

# 犯罪後の事実(回顧的事実)に関する証拠

といったように、証拠が時系列的にも、内容的にも散らばっていることも大切なことです。

■まとめ

本件では、今後、情況証拠をさらに幅広くさまざまな方面から収集して、分析する作業が行われることでしょう。

殺人事件では、(a)どのような道具(凶器)を、(b)人体のどの部分に、(c)どのように使用して、(d)どの程度の傷を与えたのかといった点が重要です。本件の場合は、死因が窒息死であることは判明しているようですので、被害者の顔面に巻かれていたガムテープの分析、購入先、被疑者の行動、犯行の時間帯に被疑者以外の第三者が関与する可能性があったのかどうかなどが特に重要であると思われます。

なお、「犯罪の証明があった」というのは、数学の証明のように、一分の曇りもなく、百パーセント完璧に矛盾なく説明された状態ではなく、普通の人ならばだれでも疑いを持たない程度に真実らしいという確信を得た状態のことを言います。これを「合理的な疑いを入れない証明」と呼んでいます。言葉は難しいですが、要するに法廷に出された証拠を常識的に判断して、裁判官や裁判員が被告人が犯人だと確信できるような心の状態になったということです。ひょっとして被告人は犯人ではないかもしれないという疑いが、それなりの根拠をもって生じた場合には、被告人を犯人だとする証明はなされていないことになり、無罪が言い渡されます。(了)

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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