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漫画の児童ポルノ禁止を要請されたということですが

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
写真は児童ポルノとは関係ありません。(写真:ロイター/アフロ)

国連(UN)の「子どもの売買、児童売春、児童ポルノ」に関する特別報告者、マオド・ド・ブーアブキッキオ(Maud de Boer-Buquicchio)さんが26日、日本政府に対し、子どもを「極度に」性的に描いた漫画を禁止するよう要請したということです。児童ポルノ禁止法を改正すべきだという趣旨ではないようですが、将来的にはそこにつながる可能性があります。そこで、漫画である〈児童ポルノ〉の刑事規制について考えてみました。

■性に対する規制原理

性に対する刑事規制を考える場合、第一に、刑罰によって保護される利益(法益)は何であり、それに対する侵害行為が明確に規定されているかどうか、第二に、その法益を守るために刑罰を用いることが適切かどうか、といった点を十分に検討する必要があります。その際、重要なことは、刑罰は効果絶大な抗生物質のようなもので、副作用も強烈ですから、使用については慎重であるべきです。これは、「刑法の謙抑性(けんよくせい)の原理」と言われることがありますが、他の方法で可能ならば刑罰は一歩控えるべきだという考えで、現在の刑法学界の共通認識のようなものです。

ところで、人の性癖はさまざまですから、何に性的興奮を覚えるのかもさまざまです。しかも、道徳的・宗教的あるいは教育的な問題は別として、個人が抱くその性的イメージがたとえ背徳的・犯罪的なものであっても、それが個人の内面的世界にとどまる限り、どのような性的イメージを抱こうとも、法的問題としては自由であり、国家は個人に対して好ましくない性的イメージをもつことを禁止することなどできません。

それは、法は具体的な行動として外部に現れたことを規制対象とするべきであって、心の問題(道徳)をコントロールするものではないという、法と道徳の峻別(しゅんべつ)を説く近代法の根本原理でもありますが、何よりも個人が「どのような性をイメージしているか」を確認する術(すべ)が存在しないのです。

ところが、そこに「特定の性的イメージを喚起させる道具」としてのポルノが登場すると、問題が一挙に複雑化してきます。

■性的嗜好の〈情況証拠〉としてのポルノ

まず、ポルノによって特定の性的イメージを抱いていたということが、間接的に証明されることになります。ポルノは、いわば〈個人の性的嗜好の情況証拠〉です。〈児童ポルノ〉も、それを所持していたという事実から、その人は子どもを性的対象としてイメージし、そのことによって性的興奮を覚えていたのではないかということが間接的に証明される〈情況証拠〉となりえます。また、私たちの社会では、一定年齢以下の児童を現実の性的行為の対象とすることについては刑法や児童福祉法、児童買春禁止法などによって犯罪としての否定的評価が下され、厳しく処罰されますので、〈児童ポルノ〉はそのような犯罪的・背徳的なイメージを流布し、犯罪行為につながるかもしれない表現物だとして禁圧すべきだという考えにつながります。

次に、〈児童ポルノ〉の存在によって、現実に子どもに対して性的な虐待が行われたということが証明される場合があります。この場合は、〈児童ポルノ〉は、現実に児童に対して性的な犯罪行為・虐待行為が行われた〈直接証拠〉となります。そして、〈児童ポルノ〉を製造し、流布させることは、被害児童に対する半永久的な虐待となり続けます。現実に被害者となった当該児童に対する侵害の大きさははかりしれません。なお、この場合、私は〈児童ポルノ〉という名称は児童の受けた性被害を緩和し、見る側の視点でのみで議論されるおそれがあるので、〈児童性的虐待記録物〉といった呼び方を用いるべきだと思っています。

このように〈児童ポルノ〉については、2つの見方があって、〈児童ポルノ〉についてどのような観点から規制の体系を組み立てるのかによって、具体的な規制のあり方が大きく異なってくるのです。

■現行の児童ポルノ規制と漫画

現行の児童ポルノ禁止法は、個々の児童に対する現実的な性的搾取・性的虐待の禁止を目指しています。このような法の基本的な立場については、だれも反対することはできません。〈表現の自由〉は、現実の児童に対する性的虐待・搾取を超える利益をもっているとは考えられないからです。児童に対する性的虐待・搾取を記録し、表現する自由などは存在しません。このような観点からは、ブーアブキッキオさんも指摘する、「性的に挑発的なポーズをとった子どもを実写した書籍やビデオ」や「ビキニなど露出度が高い格好をした半裸の子どもの写真」などのいわゆる〈着エロ〉は、現行法で規制されるべきものがあると思います。

しかし、純粋なイメージ、想像の産物である漫画については、性的倫理に反するからといって、単純にそれを禁止すべきかは慎重に議論する必要があります。上で述べましたように、どのような性的イメージをもつかは個人の自由ですし、個人を現実に傷つけていないかぎり、それを表現することも原則的に自由だからです。反倫理的な性表現物と現実の性犯罪との間には因果関係があるのだという主張もなされていますが、いまだそれは論証されていません。

子どもを性的対象として描いている漫画について、不快感や嫌悪感を覚えることは理解できます。問題は、そのような感情を刑罰をもって保護することに合理性があるのかということです。そのような表現物について、それに不快感・嫌悪感を覚える人たちの目に触れないようにする規制方法ではなぜいけないのか、つまり、見たくない人や見せたくない人に見せることを罰するといった規制方法ではなぜ不十分なのかを考えるべきだと思います。(了)

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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