Yahoo!ニュース

【遠藤疑惑】50年前の〈大阪タクシー汚職事件〉と比べてみる

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
(写真:ロイター/アフロ)

■はじめに

遠藤大臣について、外国語指導助手(ALT)活用・拡大に関して不正があったのではないかという疑惑が起こっています。

毎日新聞 2016年2月4日付け 東京朝刊より
毎日新聞 2016年2月4日付け 東京朝刊より

【問題とされている事実】

  1. まず、ALT派遣会社が遠藤氏に対してALT活用拡大に向けた予算化などを要望し、遠藤氏からパーティ券を購入、
  2. その後、遠藤氏は文科省に対してALT活用の拡大を求め、文科省が(ALTの授業関与はただちに違法ではないとする)「通知」を出し、
  3. そして、ALT派遣会社の経済的な評価が高まり、その創業者がALT派遣会社から新しい株式の30%の割当てを受け、莫大な利益を手にし、創業者が遠藤氏に対して955万円(個人献金とパーティ券の購入)の政治献金を行った。

このような事実を前提に刑法上の問題点を考えると、次のような論点が考えられます。

【刑法上の問題点】

  1. 遠藤氏が、文科省に対してALT活用の拡大を求めることは、遠藤氏の国会議員としての「職務権限」あるいはそれと「密接に関連する行為」なのか。
  2. ALT派遣会社が遠藤氏の政治資金管理団体からパーティ券を購入したり、その会社の創業者が約1000万円もの個人献金を行ったりすることは、遠藤氏の職務に関連した「対価」なのか。
  3. ALT派遣会社から遠藤氏に対して、具体的な要請(請託)があったのか。

そして、本件に関する報道を見ていると、それが50年前に起こった〈大阪タクシー汚職事件〉と、その構図が驚くほど似ていることに気づきます。

〈大阪タクシー汚職事件〉とはいったいどのような事件だったのでしょうか。

■〈大阪タクシー汚職事件〉とは

【事実の概要】

高度経済成長と言われた昭和30年代、ガソリンに代わって液化石油ガス(LPG)が急速に自動車用燃料として普及してきたことから、これに新しい税金をかけようとの動きが、昭和38年頃から当時の大蔵省や自治省の間に強まってきました。これに対しては、都市部でLPG使用車への転換を図ってきたタクシー業界に課税反対の強い動きが生じました。

そこで、大阪タクシー協会理事らが、すでに石油ガス課税法案が国会に提出され、衆議院大蔵委員会に付託され審議中であった昭和40年夏に、衆議院議員のAとBにそれぞれ現金100万円を渡して、同法案が廃案になるか、あるいはせめて税率の軽減がなされるなど、タクシー業者に有利に修正されるように、同法案の審議や表決に当たってその旨の意見表明し、さらに他の議員に対しても説得工作をしてくれるように依頼しました。

同法案は、その後廃案になりましたが、再提出され、結局暫定軽減税率の適用、課税実施時期の繰り下げ等、業界に有利な修正がなされて可決成立したのでした。

このような事実関係のもとで、

  1. AとBは、当時法案を審査していた大蔵委員会ではなく衆議院運輸委員会に所属していた委員であったので、同法案に対する意見表明や同僚議員に対する説得は「職務権限」とは無関係なのではないか
  2. だとすると、渡された100万円は、国会議員としての職務に対する見返りという性質、つまり「賄賂」ではなく、本人たちが主張していたように単なる「政治献金」ではないのか

といった点が争点になりました。

【裁判所の判断1】(国会議員の職務権限について)

まず、第一審(大阪地裁昭和54年9月20日判決)は、議員としての意思は最終的には本会議の議によるものであり、議員は所属しない委員会であってもその議案については一般的な職務権限をもっており、また、他の議員に対する説得等はこの職務権限に密接に関連する行為であるとして〈職務に関して〉現金の授受があったことを認めました。

第ニ審(大阪高裁昭和58年2月10日判決)も、第一審と同じように、議員は自己が所属しない委員会の所管事項にまで権限を及ぼすことができ、これらの権限もまた贈収賄罪の成立要件としての〈職務権限〉にあたるし、議員が議場外において、法律案等の議案につき相互に協議し勧誘説得し合うことは、議員の権限行使の当然の前提であるとしました。

そして、最高裁(昭和63年4月11日決定)も、衆議院議員に対し、同院大蔵委員会で審査中の法律案につき、関係業者の利益のため廃案・修正になるよう、同院における審議、表決に当って自らその旨の意思を表明すること及び同委員会委員を含む他の議員に対してその旨説得勧誘することを請託して金員を供与したときは、当該議員が同委員会委員でなくても贈賄罪が成立する、としたのでした。

【裁判所の判断2】(政治献金の賄賂性について

AとBは、受け取った100万円について、それはあくまでも政治献金であって、賄賂ではないと主張したのですが、これについても裁判所は次のように判断して、賄賂性を肯定しました。

本件における100万円は、昭和40年8月10日、衆議院第一議員会館等を訪れた理事らの手から、直接AとBに手渡されたものであり、Bについては、後援会に入金された形跡が全くなく、Aについては、受け取った100万円は、8月12日頃ひそかに秘書を通じて大阪タクシー協会に戻され、本件法案が可決成立した後の昭和41年1月18日に改めてAの後援会「M会」の銀行預金口座に同協会から振込入金させるという工作がなされている。確かに、「M会」で昭和41年1月に同協会から100万円の寄付があった旨政治資金規正法に基づく報告はなされているが、本件100万円は後援会に渡されたものでなく、A・B個人に供与されたものであって、またその供与の趣旨は、単にタクシー業者側の利益にかなう政治活動を一般的に期待するにとどまらず、石油ガス税法案に関する具体的な請託を伴ったものである。

―コメント―

以上が、〈大阪タクシー汚職事件〉の顛末です。この事件によって確認されたことは、次の2点です。

第一に、本件では、国会議員の職務権限、賄賂罪の成立する範囲が広くとらえられています

国会議員は、本会議や自己が所属する委員会だけではなく、他の委員会における審議・表決のいずれについても贈収賄罪の成立要件となる程度の〈職務権限〉をもっており、他の議員を説得勧誘することも〈職務行為ないしは職務密接関連行為〉となるとされました。なお、他の議員への説得勧誘については、国会議員の職務そのものであるという理解もあります。

第二に、そもそも政治献金は、献金者に対する何らかの利益の見返りを期待してなされるもので、献金者の利益にかなう政治活動を一般的に期待してなされたと認められる限り、その資金の贈与は、政治家が公務員として有する職務権限の行使に関する行為と対価関係に立たないものとして、賄賂性は否定されることになります。しかし、職務行為との対価性があれば、いかに政治献金であっても賄賂になりうると判断されました

その点、本件は、議員に対して職務行為(あるいはこれと密接に関連する行為)に関する具体的な依頼(請託)をしたことが明らかに認められる賄賂性の強い請託贈収賄の事案であったといえるでしょう。

■まとめ

改めて遠藤氏の問題に目を転じますと、今後解明されるべき論点は2つあります。

第一は、文科省に対してALT活用拡大を求め、具体的に働きかけることが、国会議員としての職務に含まれるかどうかということです。

遠藤氏は、長く自民党教育再生実行本部長を努め、英語教育の充実、ALT利用の拡大という政策に携わってきた方ですから、国会議員という立場を広くとらえた場合、文科省に対してALT拡大について具体的に働きかけるという行為も議員としての活動(職務)の中に含まれるかどうかが問題となるでしょう。

第二は、ALT派遣会社およびその創業者からの献金の事実をどのように評価するかです。

職務行為との対価性をもった、文科省に対する具体的な依頼のお礼(その場合は、賄賂性の疑いが強くなります)という意味なのか、それとも遠藤氏の政策に共鳴し、遠藤氏の人格・見識の高さを尊敬し、遠藤氏の政治家としての行動力・政治活動を応援するという一般的な趣旨のものであったのかどうかが問題となるでしょう。(了)

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

園田寿の最近の記事