Yahoo!ニュース

コンビニの成人向け雑誌に〈目隠しカバー〉は許されるのか(【追記】あり)

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
(写真:アフロ)

■はじめに

報道によると、大阪府堺市がコンビニで売られている成人向け雑誌(いわゆる有害図書)に対して、95万円の予算を計上して半透明の色つきビニール袋で雑誌を覆う取り組みを始めるというこです。

産経WEST 2016.2.17より引用
産経WEST 2016.2.17より引用

コンビニエンスストアに陳列された成人向け雑誌を子供たちが目にする機会を減らすため、堺市は新年度、コンビニに協力を求め、市内店舗で、半透明の色つきビニール袋で雑誌を覆う取り組みを始める。また雑誌棚を子供の目に入りにくい場所に移動してもらうとともに、小さな子供の視線が雑誌に行きにくいよう棚の下側に横長のプラスチック製板を設ける。

市市民協働課によると、こうした取り組みは全国でも珍しいという。府内では府条例で18歳未満の青少年に対し、指定された「有害図書類」の販売・閲覧を禁止しており、コンビニなどでは区分陳列されている。対象となるのはこうした区分陳列された雑誌類。

雑誌を覆うビニール袋の色は未定だが、縦12センチの半透明で、腹巻きのように雑誌の中央部分を覆い、表紙の写真などを見えにくくする。上部の雑誌名の部分と下部は覆わず見えるようにする。十数万枚の購入を予定している。

出典:産経WEST 2016.2.17より

従来から、大阪府の場合、青少年の自由な出入りを物理的に禁止するスペースに有害図書を陳列する場合や、レジの後ろの棚のように、青少年が有害図書を直接手に取って見ることができないような場所に陳列する場合以外では、ビニールやひも掛けによる個別包装が義務付けられてきました。この場合の「ビニール包装」は、透明なビニールで包装されたもので、表紙はそのまま見えていました。ところが、今回、堺市が実施しようとしている方策は、これを一歩進めて、半透明のビニールで雑誌を覆って表紙の一部を隠す方法なのです。

有害図書規制は、出版や表現行為、あるいは知る権利に対する制約ですので、厳格な法的根拠が必要なのですが、今回の堺市の取組みが従来からの有害図書規制の法的枠組みを逸脱していないかどうかが問題となります。

■大阪府における有害図書規制について

大阪府では、青少年健全育成条例(以下「条例」)第15条と同施行規則(以下「規則」)第6条で区分陳列や個別包装などの措置が規定されています。これは、有害図書類の販売やレンタルなどの営業をする者に対して、18才未満の青少年が有害図書類を買ったり、閲覧したりすることを防止するための措置であって、次のいずれかの方法によって、他の図書類と区別して陳列したり、店員の目が届く場所に陳列することを義務づけるものです。

(陳列方法その1)青少年を自由に出入りさせないための間仕切り等で仕切り、内部を容易に見通すことができない措置がとられた場所に陳列する(下図1)。

(陳列方法その2)ビニール包装、ひも掛け、テープによる2点留めにより、容易に閲覧できない状態にした有害図書類を次のイからニの方法により陳列する(下図2)。

(イ)他の陳列棚と60cm以上話して設置した棚に陳列する。

(ロ)10cm以上張り出す仕切り不透明の板を設け、その間に陳列する。

(ハ)床面から150cm以上の高さの位置に背表紙のみが見えるように陳列する。

(ニ)図書類の販売又は貸付けに従事する者が常駐する場所から5mいないにあり、当該者が直接見て監視できる場所に陳列する。

(陳列方法その3)図書類の販売、貸付け、又は閲覧等に従事する者が常駐するカウンターの上、又は内部に図書類を購入等する者が有害図書類に直接触れることができない状態にして陳列する(下図3)。

さらに、設置スペースの問題から(陳列方法その2)によるときは、「ビニール包装」または「ひも掛け」を行うことが必要です。

そして、決められた区分陳列の方法に従っていない場合、その事業者又は有害図書類を管理する者に対して期限を定めて改善の勧告を行い、従わない場合は、従わなかった者の氏名又は名称・勧告内容等が公表され、それでも改善されない場合は大阪府知事が命令を行います。また、公表後1年以内に再度違反した場合は勧告、公表を経ず、命令が行われます。そして、それでも守らない場合に初めて30万円以下の罰金に処せられます。

大阪府のパンフレット「大人の責任」より
大阪府のパンフレット「大人の責任」より

区分陳列の方法等

■堺市の今回の取組みについて

堺市の取組みについては、私は有害図書に対する従来の法的規制を超えるものではないかと思っています。理由は3つあります。

第一に、規則第6条2号は、「ビニール包装」か「ひも掛け」のいずれかによって有害図書類の閲覧が防止されていればよいと規定していることから、規則は表紙までを隠すことは求めていないと解されます。つまり、区分陳列とは、出版物の内容の閲覧を制限する措置であり、表紙は「内容」とは区別されるものであると解されるのです。もちろん、業者自らが表紙も隠して陳列することは構わないと思いますが、行政として公権力がこのような陳列方法を業者に要求することは、従来の有害図書規制を逸脱するものではないかと思います。

第二に、コンビニで区分陳列されている雑誌類は、必ずしもすべてが有害指定されているとは限りません。行政が有害指定せず、法的には「有害図書」ではないものも含まれている可能性があります。だとすると、そのような雑誌に対して行政が表紙を隠すことを要求することも問題だと言えるでしょう。

第三に、堺市の担当者は「日本では成人向け雑誌がむき出しの状態で売られている。子供の教育という観点とともに、訪日外国人も増えており、今回試みることにした」と説明しているとのことです(上記、産経WEST)。有害図書規制の目的・根拠は、「青少年を取り巻く社会環境を整備し、及び青少年をその健全な成長を阻害する行為から保護し、もって青少年の健全な育成を図ること」にあります(条例第1条)。ここには、訪日外国人に対する社会環境の整備といった目的は含まれていません。この点も過剰な規制であると言わざるを得ません。

有害図書規制は、出版・表現の自由に対する制約ですので、条例や規則の解釈は厳格になされなければならないと思います。(了)

【追記】(2016年3月11日)

本日(2016年3月11日)、堺市のホームページに、堺市とファミリーマートとの間で締結される予定の「有害図書類を青少年に見せない環境づくりに関する協定(案)」が公表されました。

「協定(案)」によると、以下のような「表示板」を陳列棚に取り付け、以下のような「フィルム」で包装を行うということです。具体的な作業はファミリーマートが行い、堺市はその表示板やフィルムなどの資材を提供することになっています。

堺市のホームページより
堺市のホームページより
甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

園田寿の最近の記事