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【特殊詐欺】「だまされたふり作戦」発動で「受け子」はなぜ無罪になったのか【追記】

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
(提供:アフロ)

■はじめに

先日(9月12日)、福岡地裁でたいへん興味深い判決が言い渡されました。

いわゆる振り込め詐欺の被害が深刻になっていますが、警察は被害者がだまされたふりをして、犯人をおびき寄せる「だまされたふり作戦」を発動し、犯人逮捕につなげています。この事件でも「だまされたふり作戦」が発動されたのですが、裁判所は、被害金を受け取る役目を依頼された「受け子」を無罪としたのでした。無罪という判決は、警察の今後の捜査手法に影響を与えることが予想されますので、本件がどのような事案であり、またどのような論理から裁判所は無罪にしたのかを検証したいと思います。

まず、時系列にしたがって事実関係を整理します。

【事実の概要】

  1. 平成27年2月下旬■ X(氏名不詳)は、被害者A(当時84歳)を「ロト6」に当選するなどと言葉たくみにだました。
  2. 3月16日■ Xは、「ロト6」の当選に必要だとAに150万円を要求したところ、心配になったAは東京に住む息子に相談し、息子から詐欺だと言われた。
  3. 3月21日■ Aは、警察署に行き、相談したところ、警察が詐欺であることを確認し、Aも自分がだまされていることを認識した。そして、警察はAに対して、「犯人を捕まえるために、だまされたふりをしてほしい」と依頼し、Aも承知した。
  4. 3月24日午前10時半頃■ XがAに電話してきたので、Aはだまされたふりをして、「何とか120万円は用意できた」と告げたところ、Xは、送付先の住所、宛名は「Y」、品名は「本」として、現金を入れて宅配便で送るように伝えた。その後、Aは、箱に不要な本を詰め、現金は入れずに、午後0時半頃、近所のコンビニから発送した。
  5. 3月25日午後1時頃■ 宅配便の配達員を装った警察官が、上記荷物をもって上記の住所に行き、出てきた被告人に「Yさんですか?」と聞いたところ、「そうだ」と答え、荷物を受け取ったので、Yは、詐欺未遂の現行犯として逮捕された。

【Yが「受け子」として荷物を受け取るに至った経緯】

  1. Yは、本件以前にも、本件と同様に荷物を受取るだけで5000円から1万円の報酬を受け取ったことが3~4回あった。
  2. XとYとの間に、事前に役割分担が決められていたわけではなく、一定のマニュアルのようなものもない。
  3. YがXから本件荷物の受け取りを依頼されたのは、(「だまされたふり作戦」発動後の)3月24日であり、3月24日以前にXとYとの間で本件詐欺についての共謀があったという事実は認定できない。

■裁判所の判断(福岡地裁平成28年9月12日判決)

以上のような事実関係のもとで、裁判所は次のように判断しました。

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  1. Aが警察に相談した3月21日の段階で、Aはだまされたことに気づいたわけだから、これ以降はXの詐欺行為は客観的には既遂に至る危険性はなくなっている
  2. そして、XがYに荷物の受け取りを依頼したのは3月24日だから、Yはすでに危険性のなくなったXの詐欺行為に加担したのであり、その時にXとYが共謀しても(Yは依頼された仕事の内容から、受け取る荷物が詐欺の被害金かもしれないという程度の認識はあった)、荷物を受取るYは詐欺行為に加担したとはいえない。

裁判所はおおむねこのように考えて、Yを無罪としたのでした。

■解説

詐欺罪は、犯人がまずだます行為(欺もう行為)を行い、それによって被害者がだまされ(錯誤)、その錯誤にもとづいて自ら現金を渡すという行為(交付行為)を行い、現金が犯人の手元に渡るという経過をたどることが必要です。被害者がだまされた後で別の者が受け取り行為に関与しても、その者が被害者がだまされた状態を知りながら、それを利用して犯行に加わったならば、詐欺罪の共同正犯(あるいは幇助犯)の成立は肯定できるでしょう。

しかし、本件では、被害者が途中でだまされたことに気づいていますので、すでにその段階で詐欺行為が既遂にまで進展する危険性はなくなっており、本件の詐欺行為は終了しているのではないか、そしてさらに、共犯者は別の者が行った犯罪行為の危険性を高めたことについて処罰されるのに、Yは既遂に至る危険性のなくなったXの行為に関与しているのであるから、Yには処罰の理由そのものがなくなるのではないかというのが裁判所の問題提起です。

本件の中心的な論点はこの危険性をどう考えるのかという点にあります。

確かに、Aがだまされたことに気づいた段階でXらの犯罪計画は客観的には失敗したといえるでしょう。しかし、警察によって「だまされたふり作戦」が発動されたことは少数の関係者しか知らない事実ですから、Xはあくまでも詐欺が成功すると信じて被害金の受け取りをYに依頼し、Yもまた被害金を受け取るという意思のもとにXの犯行に関与しています。また、そのような状況を一般の人が見ても同じように詐欺によって現金が奪われるという危険性を感じたことでしょう。

たとえば、かなり前の事件ですが、警察官のピストルを奪って殺害に用いたところ、弾丸が空であったという事件がありました。このときは裁判所は、勤務中の警察官のピストルには通常は弾丸が入っているものだとして殺人未遂を認めています(福岡高裁昭和28年11月10日判決)。もしもこのときの被告人が、そのピストルの引き金を引くときになって、たまたま通りかかった友人に手伝ってくれといって被害者を押さえつけてもらっていた場合、その友人は殺人未遂の共同正犯となったでしょう。

さらに、次のような判例もあります。

被告人がフィリピンから日本に大麻を密輸入しようとしましたが、税関で発見されてしまいました。そこで、警察はこれに〈コントロールド・デリバリー〉(泳がせ捜査)を実施することとし、宅配業者が捜査当局と打ち合わせのうえ、この貨物を受け取って宛先の住所に配達したという事案で、禁制品輸入罪の未遂ではなく、既遂を認めています(最高裁平成9年10月30日決定)[注]。

ピストルの事案は最初から結果の不発生が決まっていたのに対して、本件は途中から結果の不発生が決まったという違いはありますが、本件でも客観的には詐欺が既遂に至ることはないという点では同じであり、XもYも(一般の人も)そのような事情を知らない以上、詐欺の危険性は継続していると判断すべきではないでしょうか。また、大麻密輸入の事案では、被告人と宅配業者との間の運送契約の有効性が前提になっていますが、コントロールド・デリバリーの実施で行為の危険性がなくなるのではなく、危険性は継続しているという評価がなされているのだと思います。その点では、本件も同じではないでしょうか。

なお、Yはわずかな報酬で受け子を引き受けたのであり、Xの詐欺計画に主体的に関与したとはいえないようですので、(詐欺未遂の)共同正犯ではなく、幇助犯となる可能性はあると思います。(了)

[注]関税法上の輸入とは、外国から本邦に到着した貨物を本邦に引き取ることを意味しますが、この事件のように保税地域を経由するものについては、保税地域を経て本邦に引き取ることをいいます。そして、最高裁では多数意見は既遂としましたが、遠藤裁判官のみが未遂とされたのでした。

【追記】

最高裁(第3小法廷)は、2017年12月11日に、被告人は本件詐欺を完成させる上で本件詐欺行為と一体のものとして予定されていた本件受領行為に関与したのであるから、だまされたふり作戦の開始いかんにかかわらず、被告人はその加功前の詐欺行為の点を含めた本件詐欺全体について詐欺未遂罪の共同正犯としての責任を負うとして、被告人の上告を棄却しました。これで、懲役3年、執行猶予5年とした第二審判決(福岡高裁平成29年5月31日判決)が確定しました。

最高裁、だまされたふりも罪成立

<特殊詐欺>だまされたふり作戦にお墨付き 最高裁初判断

「だまされたふり作戦」で詐欺未遂罪成立 最高裁初判断

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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