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防犯カメラに映った「万引き犯人」の映像を公開する行為について

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
写真は本文と関係ありません。(写真:ロイター/アフロ)

以前、万引きの被害を受けた中古品販売会社「まんだらけ」が、防犯カメラに写った「犯人」に対して、顔をネットで公開されたくなければ、指定した期限までに盗品を返還せよと警告して大きな問題になり、結局、警察からの要請もあって公開は中止されたことがありました。

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最近また、同じような行為が問題になっています。このような行為の刑法的な問題点を整理してみました。

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■防犯カメラの映像を公開することの法的問題点

窃盗、とくに万引きの件数は膨大で、警察が把握した件数だけでも年間約10万件以上もあり、検挙率は7割ほどです。被害金額も膨大な額になります。警察が犯罪のすべてに同じようなエネルギーを注ぐことはできないのはやむをえませんが、万引きの処理が必ずしも十分になされているとはいいがたい状況であって、被害者としては泣き寝入りせざるをえない面があるのが現状だと思います。

そこで、万引きに業を煮やした業者が、盗んだ商品の返還や、将来の犯罪防止などを目的として、防犯カメラに映った「万引き犯人」の映像を公開し、被害商品の返還を迫ることには確かに同情できる面もあります。

しかし、他方で犯罪の被害者が自ら被害回復を実行していくと、社会に大きな混乱をもたらす可能性もあります。とくに、犯罪捜査については、不当な人権侵害が起こらないように、憲法や刑事訴訟法などにさまざまな厳しい制約が長い歴史の中で作られてきていますので、被害者自らが被害回復を行うことを無制限に認めることには、制度的なパニックを引き起こす危険性すらあります。

刑罰の起源が、被害者や部族の復讐(応報)にあることは定説と言えますが、近代的な国家が形成されてくるにつれ、被害者が持っていた復讐の権利は刑罰という制度の中に吸収され、復讐は逆に犯罪として禁圧されていきます。たとえば、江戸時代に制度化されていた仇討(あだう)ちは、明治になって「決闘(けっとう)罪ニ関スル件」という法律によって犯罪として処罰されるにいたります(この法律は現在も有効です)。犯罪の被害回復も、警察や裁判所に委ねられ、個人がみだりに被害を回復することは原則として違法行為とみなされるようになったのです。

では、今回のように、万引きの被害者が万引き犯人とおぼしき者の映像を「万引き犯人」として公開することには、刑法のどのような条文が問題となるでしょうか。

■真犯人だとしても、名誉毀損の可能性が

防犯カメラに写っている者がかりに真犯人だとしても、その映像を公開することは、名誉毀損罪(刑法230条)になる可能性があります。

(名誉毀損)

第230条 公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。

2 死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない。

名誉毀損とは、公然と具体的な事実を示して、特定個人人の社会的評価を落とすことです(したがって、顔にモザイク処理が施され、どこの誰だか分からない場合は、名誉毀損の問題は生じません)。そして、重要な点は、刑法は、「事実の有無にかかわらず」として、真実を暴露しても名誉毀損罪が成立するとしている点です。たとえ嘘や不当に高い評価であっても、その人が社会から受けている一定の評価は、それはそれとして保護するというのが刑法の立場なのです。

しかし、真実を暴露することが社会のために必要な場合も当然あります。そのような行為を名誉毀損として処罰されるとすれば、憲法が保障する表現の自由を無視することにもなりますので、刑法は一定の条件をつけて例外を認めています。

つまり、公然と示されたその具体的な事実に、

(1)公共性が認められ

(2)公益を図る目的があり

(3)それが真実であれば

名誉毀損とはならないとされています(刑法230条の2)。

そこで、防犯カメラの映像を公開することに、これらの要件がクリアされるかを検討する必要があります。

まず、「公共性」とは、それが社会全般の利益につながる事実だということですが、犯罪の被疑者の場合は無条件に公共性があるとされていますので(刑法230条の2第2項)、「このビデオに映っている人が万引き犯人である」という内容には「公共性」は認められます。

次に、「公益目的」ですが、これは個人的な恨みを晴らすとか、特定個人を貶(おとし)めるといった個人的な動機ではなく、社会全体の利益を図るという目的のことです。防犯カメラの映像を公開することについていえば、その行為によって万引に対して警鐘を鳴らして、少しでも万引きを減らしたいという動機があるかどうかということです。

今回の被害者の行為には、もちろん世間の万引き犯人に警鐘を鳴らすという意味もあるでしょうが、盗品を取り戻すという個人的な目的が強ければ公益性にはとぼしく、名誉毀損行為であるとされる可能性は否定できません。

また、上の要件は、(1)から(3)に順番にクリアされていくことが重要で、「公共性」と「公益性」の要件が満たされて初めて、その事実の「真実性」が問題となります。これは、「公共性」のない事実の「真実性」が先に証明されてしまうと、それはその人の個人的な問題であるのに、それが公になってしまう結果、その人のプライバシーが傷ついてしまうからです。

なお、真実であることを証明することは困難である場合が多いのですが、かりに100%犯人であると証明できなくても、諸般の事情から誰しもが「真実だ」と信じることがやむをえない場合には、証明に失敗しても、その人の名誉を毀損するという故意がなく、罪にならないとされています(最高裁判例)。

■自力救済にはならないのか

警察や裁判所による司法の救済を受ける時間的な余裕がない場合に、自力で被害の回復を図ることを自力救済(じりききゅうさい)といい、万引き犯人を追いかけて商品を奪い返すような場合は、多少の有形力を用いても許されることがあります。

盗品の回収が現実には非常に困難なので、防犯カメラの映像を公開し、犯人に心理的な圧力をかけるような行為は自力救済として許されるのだという考えもありえますが、自力救済は盗まれた直後に暴力的に取り戻すといったような、正当防衛に似た限定的な場面で認められる例外的な場合です。今回は、盗まれてからかなりの時間も経っていますので、自救行為として正当化することも難しいでしょう。

犯罪には社会全体も責任を負っている部分もあるので、犯罪被害者は社会全体で支えあって行くべきだと思っています。万引き対策と被害者をどのように支えていくのかということについて有益な議論を深めていくべきです。また、被害者としても、倫理的にも法的にも妥当で、より合理的な方法を選択すべきではないかと思います。(了)

【追記】

本稿は、拙稿「万引き犯写真公開は中止― まんだらけの行為を法的に整理する」に加筆修正を加えました。

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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