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誰の人生もサスペンス、11分後のことさえわからない。『イレブン・ミニッツ』

杉谷伸子映画ライター

『出発』でのベルリン国際映画祭金熊賞など、カンヌ、ベネチアとあわせた三大映画祭すべてで受賞しているポーランドの巨匠と聞くと、難解な映画を撮りそうなイメージを抱かれそうなイエジー・スコリモフスキ。けれども、『マーズ・アタック!』の科学者役や、『アベンジャーズ』冒頭のナターシャ拷問シーンにいるロシア人役などハリウッドメジャーから、『イースタン・プロミス』『夜になるまえに』といった玄人好みの作品まで、俳優としても幅広いジャンルの作品に出演していると知ると、ひときわ興味が湧く存在でもあります。その御年78歳の大監督の5年ぶりの新作『イレブン・ミニッツ』は、大都市に暮らす人々の午後5時から5時11分までの11分間を描くリアルタイム・サスペンス。

予告編はこちら。

モジュラージャックから抜かれる電話コード、橋から飛び降りる男、街中を駆け抜ける救急車、空に何か見たという人々、ビルのすぐそばを飛ぶ旅客機、横転するバス…。驚きのラストが待ち受けているという触れ込みとあいまって、何か良からぬことが起きそうな不安を掻き立てられずにいられません。オープニングに響く ゆっくりと時を刻むような音がよりいっそうの不安を煽るなか、ワケありげな人々の物語が繰り広げられる世界には息を詰めて見つめずにいられない緊迫感が張り詰めまくり。

いかにも下心ありそうな映画監督(一瞬にして観客に警戒心を抱かせるリチャード・ドーマー、お見事なり)、女優とその夫、救急隊員、広場の屋台の男などなど、さまざまな人々の11分間がモザイクのように交錯させながら綴られていきますが、登場人物たちの背景についての詳しい説明はありません。けれども、彼らの置かれた状況は、タイトル前に映し出される携帯電話やパソコンのカメラ、監視カメラなど、現代社会のどこにでもあるカメラがとらえた姿から察することができるのです。さらに、会話の断片からそれぞれの背景をうかがわせる洗練の脚本。ある時は俯瞰、ある時は超ローアングルとさまざまな構図で、都市の風景を切り取っていく映像センスもまた洗練されていると同時に、なんとも刺激的。やっぱり違うね、三大映画祭受賞の巨匠は!(と、ミーハーに興奮)

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そうして描かれる登場人物たちの人生が一つに収束していくのが、群像劇のお約束です。けれども、それぞれの物語はわずか11分間だというのに、なかなかそんな気配は生まれません。時間の経過とともに、登場人物たちがニアミスしたり関わりあったり、関係が明かされたりもするものの、空に何やら見たという人々の言葉から現実離れした方向へなだれこむのかなと思わせたり…。それぞれの11分間がモザイクのように描かれる81分は、リアルタイム・サスペンスを観ているというよりは、重層のショートフィルムを観ているよう。

ですが、三大映画祭受賞の監督は群像劇の常套手段は使わないのかなと思いかけたところで、一気に登場人物たちの人生が収束していくのです。このラストはまさに衝撃的。そのきっかけは「そんなことで!」と思わずにいられないことですが、現実も想像を絶する事態を招くきっかけは 些細な出来事や不運な偶然の積み重ねだったりします。このラストの衝撃には呆然とせずにいられないのですが、その衝撃の後にじわじわと襲ってくるのです。あたりまえの日常はほんの一瞬にして奪われる危険をはらんでいるのだという怖さが。

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なぜ、「11分」なのか。

5時を迎える前の出来事も描かれていますし、厳密に言えば、きっちり11分間のドラマではありません。とはいえ、なぜ、描かれるドラマは10分でもなく15分でもなく、11分間なのか。プレスシートには、スコリモフスキの「純粋に美学的な水準で、どういうわけか11という数字の対称性と単純さに魅せられた」という言葉がありますが、ビルのそばを旅客機が飛ぶ都市の風景から、セプテンバー11を連想するのは私だけではないでしょう。そう、『イレブン・ミニッツ』が描き出すのは、人は突然全てが失われてしまう可能性の中に生きているということなのです。そして、何か恐ろしいことが起こるのではという不安を掻き立てられながら 息を詰めて見つめずにいられない 彼らの11分間は、普段は自分の身に何かが起こるとは考えもしない私たちの頭の片隅にある不安を呼び覚まさずにいないのです。

登場する広場にはワルシャワのグジボフスキ広場が使われているものの、舞台がどの街と特定されることもなく、女優とその夫と映画監督の名前は会話からわかるとはいえ、登場人物たちは役名ではなく職業や設定がクレジットされています。そのへんもまた、物語により普遍性を与えている狙いがありそうです(映画監督がリチャードと名乗るのも、俳優自身の名前を使っただけなのかもしれません)。

さて、この驚きのラスト。個人的には、観終わった後、ある人物があらぬ疑いをかけられるのではないかと、本題とは関係ない心配をせずにいられなかったのですが…。衝撃のラストをもたらした原因も、部屋に置かれたビデオカメラにきっと収められていることでしょう。

(c)2015 SKOPIA FILM, ELEMENT PICTURES, HBO, ORANGE POLSKA S.A., TVP S.A., TUMULT

『イレブン・ミニッツ』は8月20日(土) ヒューマントラストシネマ渋谷、シューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開

映画ライター

映画レビューやコラム、インタビューを中心に、『anan』『25ans』はじめ、女性誌・情報誌に執筆。インタビュー対象は、ふなっしーからマーティン・スコセッシまで多岐にわたる。日本映画ペンクラブ会員。

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