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ハリウッドでの存在感を増すイ・ビョンホン。『ブラック・ファイル 野心の代償』とあの名作リメイク。

杉谷伸子映画ライター

俳優が人種の壁を超えて活躍の場を広げていくのを観るのは嬉しいものだ。日本人のハリウッド進出も珍しくなくなったが、この興奮をたっぷり味わわせてくれているのが『ブラック・ファイル 野心の代償』と『マグニフィセント・セブン』が立て続けに公開されるイ・ビョンホン。この2作で見せる彼の存在感には、ファンならずとも興奮せずにいられない。

作品に陰影をもたらすミステリアスな存在感

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まずは、日系2世のシンタロウ・シモサワ監督の長編デビュー作『ブラック・ファイル 野心の代償』。主演のジョシュ・デュアメルの脇をアル・パチーノやアンソニー・ホプキンスという大物が固めるサスペンスだが、これが思いがけない掘り出し物だ。これだけの豪華キャストの作品に対して、掘り出し物というのも失礼だが、キャストは豪華でも結果B級作品だったということはよくあるし、邦題もそんな匂いを感じさせるじゃありませんか。

実際、カメラワークも編集も巧みだが、ストーリーはかなりB級な展開を見せる。野心家弁護士ベン・ケイヒルは、巨大製薬会社の不正を暴く鍵となる機密ファイルを元恋人のブロンド美女から入手するのだが、それをきっかけにベンの周囲を謎の男が嗅ぎまわりはじめ、やがてベンは窮地に追い込まれていくのです。

裁判に勝つためなら不正な手段も厭わないあたりからして、ベンは弁護士としてアウトなのだが、野心家なうえに妻との間に問題を抱えているなど、もろもろ事情があるとはいえ、元恋人への対応をはじめ、彼の行動の数々はツッコまずにいられないことばかり。しかし、この作品、事件の構造がなかなか見えてこないのがうまい。

その読めないストーリーの鍵でありつつ、謎をさらに深めるのが、イ・ビョンホンが演じる謎の男。裏社会の一匹狼的な匂いを漂わる彼は、いったい誰のために動いているのか? そのミステリアスな空気がサスペンスに大人の色気をもたらすと同時に、謎の男がまとう死生観がこの作品に思いがけない深みを与えているのです。

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しかも、脇を固めるのは天下の名優たちですから。弁護士事務所の代表役のアル・パチーノや製薬会社CEO役のアンソニー・ホプキンスが響かせる格言やシェイクスピアの台詞が、作品の格を上げているとでもいいましょうか。彼らの存在感は、クライマックスで彼らが見せる大芝居とあいまって、豪華キャストであえてB級テイストをやる面白さが狙いなのだと思わせるほど。

ところが、その印象はエピローグで一変。すべての謎が解かれた時に、それまでB級な匂いを漂わせていたサスペンスが一気に、静かな狂気を孕んだサイコホラーの様相を呈すのです。野心の代償の怖さがじわじわと沁みてきて、パズルのピースがハマる以上の興奮を味わわせてくれるのがたまりません。

名作リメイクでも存在感

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『七人の侍』『荒野の七人』のリメイクとして注目が集まるアントン・フークア監督の『マグニフィセント・セブン』。西部の町を牛耳る悪党を倒すために金で集められたアウトロー7人を演じるのは、デンゼル・ワシントン、クリス・プラット、イーサン・ホーク、イ・ビョンホン、ヴィンセント・ドノフリオ、マーティン・センズメアー、マヌエル・ガルシア=ルルフォ。女子的には小難しいこと言わずに、男気溢れる野郎どもの生き様にも死に様も痺れたいところですが、“イカす男”揃いの中でも、またビョンホンがひと際かっこいい。

早撃ちガンマン、スナイパー、弓の名手ら、さまざまな凄腕の男たちのなか、ビョンホンが演じるのは、ナイフの達人ビリー・ロックス。『ブラック・ファイル 野心の代償』ではミステリアスな佇まいに惚れぼれさせた彼は、ここでは寡黙さの中に「達観」を感じさせる存在。ナイフ裁きの鮮やかさで魅せるのはもちろん、南北戦争のPTSDに苦しむ相棒グッドナイト(イーサン・ホーク)との阿吽の呼吸と男の友情もグッときます。

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クエンティン・タランティーノ作品のおかげで黒人ガンマンへの違和感は薄れたとはいえ、7人のリーダーである治安官をデンゼル・ワシントンが演じるあたりに覗く現代性をはじめ、7人のうち4人がアフリカ系、アジア系、メキシコ系、ネイティブアメリカンという設定には、ハリウッド的な人種バランスも感じさせます。けれども、そんな時代が背景にあるとはいえ、ビョンホンのハリウッドでの活躍は、彼のスター性と実力があればこそ。

これまでは、ハリウッドデビュー作『G.I.ジョー』以来、話題作に出演するということ自体で興奮させてくれた感がありましたが、『ブラック・ファイル 野心の代償』と『マグニフィセント・セブン』ではしっかり芝居場を楽しませてくれる。イ・ビョンホンの本当のハリウッド進出が始まっています。

『ブラック・ファイル 野心の代償』は新宿ピカデリーほかで全国公開中

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【提供】カルチュア・パブリッシャーズ【配給】松竹メディア事業部

『マグニフィセント・セブン』は1月27日より丸の内ピカデリーほか全国公開

映画ライター

映画レビューやコラム、インタビューを中心に、『anan』『25ans』はじめ、女性誌・情報誌に執筆。インタビュー対象は、ふなっしーからマーティン・スコセッシまで多岐にわたる。日本映画ペンクラブ会員。

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