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“世界”への道険し 〜チャーリー太田と八王子中屋ジムの挑戦 #1

杉浦大介スポーツライター

2月28日の午後のことーーー。八王子中屋ジムの一生プロモーターからの電話が鳴った瞬間、嫌な予感を感じざるを得なかった。本来ならフォックスウッズ・カジノで行なわれる翌日の興行の計量直前であるはずの時間帯。そんなタイミングで連絡が来たのであれば、良いニュースだとは考えられなかったのだ。

「また、キャンセル?」

挨拶もそこそこに、思わずそう尋ねる。返って来たのは、やはりというべきか、予想通りの最悪の答えだった。

「・・・・・・はい。悪天候が原因で、対戦相手が現地入りできなくなってしまったらしくて・・・・・・」

その後しばらく、まだ呆然としたままの一生プロモーター、代わって電話に出たチャーリー太田と会話にならない会話を続ける。

ニューヨークまでやって来ながら、2週連続で計量当日に試合キャンセル。そんな状況下で、話すべきことがあるはずもない。チャーリーと中屋ジムの2週間強のアメリカ挑戦が、リングに立つことも叶わぬまま終わった瞬間だった。

アメリカでのキャリアを左右する一戦

2月21日にマンハッタンのローズランド・ボールルームで予定されたアベル・ペリー戦は、チャーリーのアメリカでのキャリアを左右する大一番になるはずだった。ペリーが18勝(9KO)6敗という見栄えのしない戦績の中堅選手であることは大きな問題ではない。

元日本スーパーウェルター級王者、現東洋太平洋同級王者といったチャーリーの肩書きはアメリカのリングでは戦ってくれない。世界ランキング高位にランクされていること、黒人の日本王者の里帰りというストーリーはアドバンテージになっても、実際にリング上でのパフォーマンスでファン、関係者を納得させない限りは商品価値は高まらない。

「今回の試合では支配的な形で勝ちたい。これまでの僕は相手のレベルに合わせてしまう傾向があったけど、それを解消したい。昨季にニューヨークで 戦った経験は、今度の試合に間違いなく生きるはず。準備は円滑に進められるはずだし、精神的にもより集中できると思う。プロモーターにアピールするために も、早いラウンドから仕掛けていきたい」

試合前にそう語ったチャーリーも、昨年3月に続いて訪れた今回の一戦の重要度は十分に理解しているようだった。

特にウェルター級、スーパーウェルター級といった階級は群雄割拠だけに、チャンスはそう何度も訪れない。そういった意味で、ペリー戦はチャーリーにとって、圧倒的な勝ち方で本場のファンを魅了するためのもしかしたら最後かもしれないチャンスだったのだ。

Friday Night Fights

しかし、チャーリーと八王子中屋ジムのスタッフは、アメリカ入り後、不測の事態に翻弄され続けることになる。

“ブロードウェイ・ボクシング”と呼ばれる21日の興行前日、身体検査でペリーに異常が発覚。万全に整えて来た自身の身体を体重計の上で誇示することもなく、チャーリーの翌日の試合はキャンセルされてしまった。

ここで一時的に陣営に虚脱感が漂うが、幸いだったのは、中屋ジムとともにチャーリーの共同プロモートを担当するディベラ・エンターテイメントが、その翌週にも別の興行を予定していたこと。

3月1日にコネチカット州のフォックスウッズ・カジノで行なわれる“フライデー・ナイト・ファイト”は、ESPN2で全米生中継される大舞台だった。

ボクシング界参入を目指すヒップホップ界のスーパースター・50セントがプロモーターを務め、メインイベントはその契約選手であるIBF世界フェザー級王者ビリー・ディブのタイトル防衛戦。異色のイベントとしてボクシング界以外からも注目を集めた興行であり、アメリカで名を売りたいボクサーにとっておあつらえ向きのカードと言えただろう。

ペリー戦のキャンセル直後、一生プロモーター以下の中屋ジム陣営はチャーリーの代替ファイト成立に奔走。努力の甲斐あって、首尾良く翌日には3月1日の前座出場が決まり、胸を撫で下ろすことになった。

今度の対戦相手は、WBFというマイナー団体の元全米王者だったブランドン・バウイ。2010年以降は勝ち星はないが、前戦で元WBA世界スーパーウェルター級王者ユーリ・フォアマンと対戦していたことから、特にニューヨークでは関係者間で名前を知られていた選手だった。

こうしてアメリカ進出第2戦は再びセットされ、チャーリー、一生プロモーター、中屋利隆トレーナーは1週間の滞在延長を決意。3月1日の大一番に向けて準備を進めたのだったが・・・・・・

(続く)

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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