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ダンスパートナーを探せ 〜WBO世界Lヘビー級タイトル戦、セルゲイ・コバレフ対セドリック・アグニュウ

杉浦大介スポーツライター

3月29日 ニュージャージー州アトランティックシティ ボードウォーク・ホール

WBO世界ライトヘビー級タイトル戦

セルゲイ・コバレフ(ロシア/24勝(22KO)無敗1分) 

7ラウンド58秒KO

セドリック・アグニュウ(アメリカ/26勝(13KO)1敗)

無名の相手に圧勝

事前から予想された通り、セルゲイ・“クラッシャー(Krusher)”・コバレフの圧勝劇だった。

これまで無名ばかりを相手にして来たとはいえ、相手のアグニュウも全勝街道を走って来た選手である。しかしその黒人サウスポーから2、6ラウンドにダウンを奪ったコバレフは、最後は第7ラウンドに左ボディブローで完全KO勝利。結局はすべてのラウンドを制したコバレフの迫力、盤石の強さが目立った。

「2カ所もカットしたこともあって、簡単な試合じゃなかった。ただ、12ラウンド戦うつもりで準備はしてあった。アウトボクシングするつもりだったけど、相手のボディに鍵(狙い目)を見つけたんだ」

そんな言葉通り、安定感に溢れるコバレフの戦い方は単なる大味なスラッガーからは一線を画するものである。

ガードを固め、相手の打ち終わりにカウンターを狙うアグニュウの作戦も理に叶ってはいたが、冷静なロシア人には通用しない。フィニッシュを焦らないコバレフは、無理をせず、確実にアグニュウを追い詰めていった。

コバレフはこれで8戦連続KO勝利。過去22KOのうちの20が4ラウンド以内に仕留めたものであり、そのパワーばかりが特筆されがちだが、決して破壊力だけの選手ではない。

スキル、ディフェンス意識も備えたトータル・パッケージ。辛抱強く上下に打ち分けて無敗挑戦者を袋小路に追いやった最新の一戦は、そのスキのない強さをアピールするのに十分だった。

”東のラスベガス”の新たな目玉へ?

メインイベンツ社のキャシー・デュバ・プロモーターは、「コバレフをアトランティックシティの新たな呼び物にして行きたい」と希望を述べる。

ニュージャージーに拠点を置くメインイベンツにとって、アトランティックシティはいわばお膝元。かつてはアーツロ・ガッティがボードウォーク・ホールを主戦場とし、毎戦のように1万人前後のファンを集めたが、最近は“東のカジノタウン”の目玉となる選手が不在だった。豪快KOを連発して米国内での知名度を上げ続けるコバレフが、その後釜になれるかどうか。

「5月にはロシアで一戦させるつもりだったけど、カットのおかげでそれは難しいでしょう。夏頃にロシアかアトランティックシティで試合をすることになるかもしれない。いつかセルゲイはボードウォーク・ホールのメインアリーナを満員にできると信じています」

デュバは今後のプランをそう語る。

実際にエキサイティングなスタイルはお墨付きだし、アトランティックシティは巨大なロシアンタウンを有するニューヨークからそれほど遠くない。今後に魅力的な対戦相手との試合を組めれば、観客動員も徐々に増えていくだろう。

アグニュウ戦で使用された小ホール(キャパ3000人程度/29日の観衆は2416人)ではなく、将来的には大ホールに5000人以上のファンを導入することも不可能ではないはずだ。

重要なのは、ファンを惹き付ける魅力的なカードを今後に組んでいけるかどうか。アグニュウ戦のようなショウケース・ファイトもときに悪くないが、これから先にはそれ以上のマッチメイクが求められて来る。

スティーブンソンとのドリームマッチは消滅へ

しかし・・・・・・コバレフにとっての最大の問題は、当面のライバルと言える選手が不在なことである。

本来であれば、現在のライトヘビー級で評価を二分するWBC王者アドニス・スティーブンソンとの統一戦がコバレフの標的となるはずだった。実際に昨秋の時点で、両陣営が今秋の直接対決に一度は合意したと伝えられる。

ところが今年2月になって、スティーブンソンは強力アドバイザーのアル・ヘイモンと電撃的に契約。ヘイモン傘下の選手はShowtimeで試合を行なうのが通常で、スティーブンソンが5月24日にアンドリュー・フォンファラを相手に予定する次戦もShowtimeの生中継が決定した。これによって、HBOと独占契約を結ぶコバレフとの対戦はすでに現実的ではなくなってしまった。

一旦は合意した後にビッグマネーファイトを奪われたコバレフは怒り心頭。アグニュウ戦後のリング上では、放送禁止用語混じりでライバルを糾弾するシーンもあった。

もっとも、スティーブンソンはもともとリスクの大きいロシアンパンチャーとの統一戦には積極的には思えなかったのも事実。30代半ばでようやくブレイクした遅咲きだけに、負けのリスクも大きい一戦より、ここで他の選手相手に一稼ぎしたいと考えても無理のないところかもしれない。

ビッグファイトの相手は?

このWBC王者以外にも、コバレフには主立ったダンスパートナーが存在しないのが現実だ。IBF王座のバーナード・ホプキンス、WBA王座のベイブット・シュメノフはともにゴールデンボーイ・プロモーションズとShowtimeの契約下にあり、2人は4月19日にワシントンDCで統一戦予定となっている。

いまだ興行価値の高いWBCダイアモンド王者のジャン・パスカルは今年1月にHBOで試合を行なったばかりだが、プロモーターがスティーブンソンと同じだけに、今後はコバレフとの交渉も難しくなるはずだ。

スーパーミドル級をほぼ一掃したアンドレ・ウォードが階級を上げて来れば、コバレフ戦はスリリングなマッチアップになる。同じHBO契約選手だけに、テレビ面でも支障はない。ただ、肝心のウォードが現在はプロモーター相手に訴訟を行なっており、リング復帰のメドが立っておらず、転級、ビッグファイトの準備が整うまでにはかなりの時間が必要な気配である。

このようなほとんど八方ふさがりの状況で、メインイベンツ社とHBOがどんな方向性を模索していくかに注目が集まる。

5月31日にジョージ・グローブスとの再戦を控えるカール・フロッチが上がって来るのを期待するのも1つの可能性。それも叶わなかった場合には、今回のアグニュウのような選手との防衛戦を地道にこなし、ビッグファイトの機会を辛抱強く待つことを余儀なくされるのだろう。

「(対戦相手選びは)自分の仕事ではない。どんな相手だろうと大丈夫だ。交渉はメインイベンツ社とキャシー・デュバ・プロモーターに任せてある。イージーな試合じゃなく、タフなファイトをこなしていきたいんだ」

コバレフが絶大な信頼を寄せるメインイベンツ社は、自慢のスター候補に相応しいお相手を見つけてあげられるかどうか。

ライバルプロモーター、テレビ局間の“冷戦”が続く中で、選択の余地は極めて乏しい。そんな現状下では、この対戦相手探しの方が、リング上のコバレフのどんなファイトよりも難しい戦いになったとしても不思議はなさそうである。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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