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ニューヨークの2週連続ボクシング興行(コット対マルチネス、プロポドニコフ対アルジェリ)から見えたこと

杉浦大介スポーツライター

Photo By Shane Sims

輝きを取り戻したコット

6月7日 ニューヨーク/マディソン・スクウェア・ガーデン(観衆21090人)

WBC世界ミドル級タイトル戦

挑戦者

ミゲール・コット(プエルトリコ/39勝(32KO)4敗)

10ラウンドTKO

王者

セルヒオ・マルチネス(アルゼンチン/51勝(28KO)3敗2分)

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イベントの規模としては今年度有数のものとなったマルチネス対コット戦は、試合前は体格に勝るマルチネス有利という声が多かった。

昨年10月のデビン・ロドリゲス戦では良い動きをみせたコットではあったが、サイズ、スピード、(ミドル級での)パワーでは王者が上回る。33歳となったプエルトリコ人にチャンスがあるとすれば、早い回からボディを攻め、後半勝負に持ち込んだときというのが大方の予想だった。

しかし、蓋を開けてみれば、誰もが驚くコットの完全勝利。第1ラウンドに最初にヒットした左フックでマルチネスは大きなダメージを受け、結果的にはその瞬間に勝負が決まったも同然だった。この第1ラウンドに3度のダウンを奪ったコットは、第9ラウンドにもダウンを追加。9〜10ラウンドのインターバルの間にマルチネス側のセコンドが試合をストップし、ミドル級タイトルはアルゼンチンからプエルトリコに移動した。

「プロのファイターとしての私の成熟度を示せたと思う。ワイルドになり過ぎないように気を配った。マルチネスは右のガードを下げるから、左フックの標的になる。(狙い通り)私の左フックが勝因になった」

その言葉通り、左フックを高確率でヒットしたコットの充実振りが光った。前戦よりコンビを組んだフレディ・ローチ・トレーナーとの相性が良いのか、ミドル級が身体に合うのか。膝の手術後のマルチネスの出来の悪さ、衰えを差し引いても、この勝利でコットは商品価値を大きく回復させたことは間違いない。

プエルトリコ人初の4階級制覇を達成し、次戦は12月の予定。7月12日にエリスランディ・ララに勝った場合には、サウル・“カネロ”・アルバレスが対戦相手候補として浮上することになりそう。メキシコ対プエルトリコのライバル対決という意味でも話題豊富なアルバレス対コット戦は、実現すれば大きな話題を呼ぶことは間違いない。また、小柄な王者を相手に6階級制覇が狙えるだけに、フロイド・メイウェザーにとってもコットは再び魅力的な対戦相手候補となった。

トップ選手にしては珍しくFAということもあって、いずれにしても、少なくとももう一度はビッグマネーが稼げる。そう言った意味で、マルチネス戦はコットにとって文字通り“値千金”の勝利だった。

パッキャオの対戦相手候補が商品価値を喪失

6月14日 ブルックリン/バークレイズセンター(観衆6218人)

WBO世界スーパーライト級タイトル戦

挑戦者

クリス・アルジェリ(アメリカ/20戦全勝(8KO))

判定 (114-112, 114-112, 109-117)

王者

ルスラン・プロポドニコフ(ロシア/23勝(16KO)3敗)

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コット対マルチネス戦の翌週にブルックリンで行なわれたスーパーライト級タイトル戦は、第1ラウンドの2度のダウンを挽回し、中盤以降にアウトボクシングに冴えを見せたアルジェリが判定勝ちで王座を奪取した。

戦前は“ミスマッチ”とまで呼ばれたタイトル戦での、意外な番狂わせ。1週間前の一戦ほどのインパクトはなかったものの、それでもこの結果は業界にとって少なからずの意味を持って来そうである。

WBO世界ウェルター級王者のマニー・パッキャオは11月に試合を予定しているが、対戦相手候補は限られている。プロモーター、テレビ局の関係ゆえに選択の余地は乏しく、宿敵ファン・マヌエル・マルケス以外に、可能性がある数少ない1人と目されていたのがプロポドニコフだった。

パッキャオ、プロポドニコフともにローチ・トレーナーの指導を受けているが、それでもプロポドニコフは”同門対決”は問題なしと事前に明言。11月の興行はトップランク社がマカオ開催を希望していること、マルケスがアメリカ、メキシコ以外での試合を受け入れるとは思えないことなどから、筆者を含む多くの関係者はパッキャオ対プロポドニコフの実現を予想していた。

しかし・・・・・・アルジェリのまさかの勝利によって、パッキャオにとって貴重な相手候補の商品価値は急落。アルジェリはさっそく”フィリピンの雄”への挑戦希望を語っているが、さすがにまだ希求力に乏しい。

そうなるとマルケスが唯一絶対の本命だが、他に候補がいない現実ゆえ、交渉時にマルケス側は法外な報酬、条件を要求して来ることは確実。真偽は不明だが、ローチ・トレーナーは「マルケスが2000万ドルのファイトマネーを望んでいる」と語っている。その額はふっかけにしても、開催地まで含め、様々な意味で難しい交渉となることは必至だろう。

さて、パッキャオは11月に誰と戦うのか。相手の要求を可能な限り聞き入れ、開催地もラスベガスに変更し、興行的な成功が約束されたマルケス戦を挙行するか。それとも?

ここに来てゴールデンボーイ・プロモーションズが分裂状態であり、オスカー・デラホーヤとアラムは提携の意思を見せている。おかげで一時はパッキャオ対カネロ・アルバレス戦の噂も持ち上がったことすらあった。

体重差ゆえにアルバレス戦のリアリティは乏しいが、同じくGBP傘下で試合を行なって来たダニー・ガルシアあたりは将来的に候補になってくる可能性はなくはない。しかし、それも今年の11月にとなると、時期的にあまりにも厳しいだろう。

プロポドニコフ対アルジェリ戦の結果によって、最も損を被ったのはパッキャオかもしれない。マルケス戦挙行、アルジェリ戦敢行、あるいは負けた後でもプロポドニコフ戦強行・・・・・・どの路線を行くとしても、パッキャオの取り分が少なからず減ってしまうことは確実だからだ。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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