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新怪物か、作られたスター候補か 〜WBC世界ヘビー級タイトルマッチ スタイバーン対ワイルダー戦展望

杉浦大介スポーツライター

Photo By Kotaro Ohashi

1月17日 MGMグランドガーデン・アリーナ

WBC世界ヘビー級タイトルマッチ

王者

バーメイン・スタイバーン(カナダ/24勝(21KO)1敗1分)

対 

指名挑戦者

デオンテイ・ワイルダー(アメリカ/32戦32勝32KO)

ホリフィールド対タイソン以来最大のヘビー級戦

新年の声を聴いて以来、ボクシング界が実に騒がしい。

Jay-Z率いるロックネイション・スポーツがアンドレ・ウォード(アメリカ)と契約し、超強力アドバイザーのアル・ヘイモンが地上波NBCと組んだ新シリーズが発表され、フロイド・メイウェザー(アメリカ)対マニー・パッキャオ(フィリピン)の対戦交渉がついに本格化していると報道され・・・・・・数々の興味深いニュースが飛び交い、2015年は波乱の年になりそうな予感が早くも濃厚に漂い始めている。

もっとも、どれだけリング外が騒がしくとも、肝心の試合がヒートアップしなければ真の盛り上がりはない。そういった意味で、“2015年の火付け役”として17日に予定される今年最初のビッグファイトは興味深い。

北京五輪のヘビー級銅メダリストで、身長200cm、リーチ211cmという恵まれた体格を誇り、プロでも全勝全KO。漫画、映画の登場人物じみた絵に描いたようなバックグラウンドを誇る29歳のワイルダーが、アメリカヘビー級低迷脱出の期待を背負ってWBC王者スタイバーンに挑む。

「1997年のイベンダー・ホリフィールド対マイク・タイソン以来、アメリカ国内では最大のヘビー級タイトル戦」

ニューヨーク・ポスト紙がそんな見出しで伝えたのを始め、実際に近年のヘビー級のタイトル戦としては久々に注目を集める一戦となっている。

ワイルダーが勝てば、2007年にシャノン・ブリッグスが王座を失って以来のアメリカ人ヘビー級タイトルホルダーの誕生となる。そんなシナリオが現実となれば、べガスのリングが新春から沸き返ることは間違いない。

ワイルダーの真の実力に疑問符も

抜群のパワーだけでなく、喋りも上手く、カリスマ性も感じさせるワイルダーが、次期スター候補であるのは事実だろう。スタイバーン戦の試合内容次第では、ブリッグスどころか、1980年代にマイク・タイソンが台頭した当時を彷彿とさせるような騒ぎになる可能性もゼロではない。

もっとも、その一方で、この黒人パンチャーの真の実力はベールに包まれている。これまで実績ある選手との対戦はほとんどなく、戦績の中ではせいぜいマリク・スコット(アメリカ)、セルゲイ・リャコビッチ(ベラルーシ)をどちらも1ラウンドKOで撃破した星が目立つくらい。

32KOのうちの18は第1ラウンドで倒したもので、1試合ずつの平均ラウンドは1.8でしかない。スポーツ界には「まだ試されていない選手」という形容はあるが、このワイルダーほど試されないまま、ビッグファイトのメッカであるMGMのメインイベンターにまで辿り着いた選手も珍しいのではないか。

やはり王者有利は否めないが

「ボクサーになりたがっているバスケットボール選手」

スタイバーンのトレーナーであるドン・ハウスはワイルダーをそんな風に評していたが、単なるライバルのこき下ろしだとは思わない。

実際に高校まではバスケ、フットボールをプレーしていたワイルダーは、ファイトスタイル的にも実にシンプルでオーソドックス。経験に裏打ちされた重みはまだ感じられず、アゴの強さ、スタミナなども未知数でしかない。そして、ファイトウィーク中の会見、計量といったイベントの間も興奮して嬉しそうに喋り続ける姿からは、“Happy to be here(ここにいれるだけで幸せ)”の兆候もかいま見えた。

そんな“青さ”を残しながら、五輪でメダルを獲得し、プロでもKOでも積み上げて来たことをポテンシャルの高さと見るか。あるいは“作られたモンスター”でしかないのか。答えを出すのが初のタイトル戦というのは酷だが、こんな流れこそがアル・ヘイモン契約選手の常套路線になりつつある。

予想をするなら、やはりスタイバーン有利は動かし難しい(注/ワイルダーへの期待度からか、公式オッズは挑戦者優位と出ている)。クリス・アレオーラ(ウクライナ)との2戦で能力を証明した36歳は、シャープなコンビネーションと標準以上のパワーを備えた実力派。序盤はワイルダーのリーチに苦しんでも、カウンターをきっかけに徐々にペースを掌握する可能性は高いのではないか。

挑戦者の怪物性に期待の声も

「この試合が4ラウンドより先に進むことはない。試合後にはワイルダーの名前なんて誰も聴かなくなるよ」というスタイバーンの言葉通り、アメリカ人挑戦者のタフネス次第で、王者が早々と試合を終わらせてしまっても特に驚かない。

しかし・・・・・・時代の変わり目はときに唐突に訪れるものである。

ESPNで解説者を務めるテディ・アトラスは大胆にも1ラウンドKOでワイルダーの勝利を予想したが、挑戦者の右強打は確かに常識を超越した怪物性も感じさせる。そして、この選手の耐久力、粘り強さといった部分が周囲の想像以上だった場合には、私たちはべガスで新時代の開始を目撃できるかもしれない。

Showtimeのエスピノザ氏を始め、ワイルダーはTV関係者にも興味深いタレント
Showtimeのエスピノザ氏を始め、ワイルダーはTV関係者にも興味深いタレント

よりタレント性に秀でたワイルダーが勝った方が、業界全体が盛り上がると多くの人が考えているのも紛れもない真実である。

ここでスタイバーンを下し、WBA、WBO、IBF王者ウラディミール・クリチコ(ウクライナ)との対戦までこぎ着けるようなことがあれば、4団体統一戦は歴史的ビッグファイトとなる。長身の破壊的パンチャーは、ボクシングファンを興奮させるそんなストーリーの主役になれるかどうか。

スタイバーン戦はワイルダーにとって自己初のテストマッチであり、あるいはキャリアのターニングポイント。舞台となるのは、人生を賭けるには相応しい砂漠のカジノタウン。遅くともスタイバーン戦の序盤の数ラウンドが終わる頃には、“アメリカの切り札”が33戦目にして挑んだギャンブルの成否が、ほぼはっきりと見えて来ているはずである。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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