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米ボクシングが地上波テレビに復帰、壮大なミステリーの始まり

杉浦大介スポーツライター

Photo By Premier Boxing Championship

3月7日ラスベガス 

MGMグランドガーデン・アリーナ

WBA世界ウェルター級タイトル戦

キース・サーマン(アメリカ/25勝(21KO))

判定(120-107, 118-109, 118-108)

ロバート・ゲレーロ(アメリカ/32勝(18KO)3敗1分)

スーパーライト級12回戦

エイドリアン・ブローナー(アメリカ/30勝(22KO)1敗)

判定(120-108, 120-108, 118-110)

ジョン・モリーナ(アメリカ/27勝(22KO)6敗)

終盤に盛り上がったメインイベント

記念すべきボクシングの地上波テレビ復帰興行は、ゲレーロの9ラウンド以降の頑張りに救われたと言っても大げさではなかったかもしれない。

セミファイナルのブローナー対モリーナが予想外の大凡戦に終わり、MGMグランドガーデン・アリーナに集まった10106人の観客も沈黙。メインイベントの攻防はより上質ではあったが、サーマンが痛烈なダウンを奪った9ラウンドまでは完全なワンサイドファイトだった。このままKOで終わっていれば、サーマンの充実振りこそ目立っても、久々にボクシングを目にした多くのテレビ視聴者に強烈な印象を残すことはなかったはずだ。

しかし、ストップ負け寸前に追い込まれながら、10ラウンド後もゲレーロは諦めることなく奮闘する。単にサバイブを狙うのではなく、挑戦者が逆転を狙って前に出たことで終盤戦は引き締まった。一部で叫ばれた“年間最高試合候補”は大げさにしても、カジュアルなスポーツファンに「ボクシングをまた見てみるのも良いかな」と思わせるのには十分なファイトだったのではないか。

「素晴らしい試合だったし、僕にとっても良い経験になった」

試合後のサーマンのそんな言葉に嘘はなかっただろう。抜群の身体能力で知られた王者は、過去最強の相手とフルラウンド戦うことで、心身両面のスタミナを証明してみせた。

地上波登場で多くの視聴者にその名をアピールし、これでスターダムにまた一歩近づいた。今後にマルコス・マイダナあたりとのテストマッチが実現すれば、フロリダ出身の26歳はさらに大きな注目を集めることになりそうだ。

興行の評判は

1985年にラリー・ホームズがカール・ウィリアムスを下したIBF世界ヘビー級王座防衛戦以来、30年振りにNBCがボクシングをプライムタイムに生中継した今回の興行。超強力アドバイザーであり、一級のフィクサー、アル・ヘイモンの陣頭指揮による「プレミア・ボクシング・チャンピオンズ(PBC)」は、通常のボクシングの枠を超えた形で全米的な話題を呼んだ。

設営は「まるで五輪開会式のよう」と言われたほどにグレードアップ。テレビ放送の実況にはマーブ・アルバート、解説にはシュガー・レイ・レナード、レポーターにはレイラ・アリ(モハメド・アリの娘)といったビッグネームを起用し、豪華さを煽った。

興行中にもオリジナルな工夫が幾つもこらされ、リングアナウンサー、ラウンドカードガール、選手の入場曲といった従来の演出はすべてなし。27台のカメラを駆使し、これまでのボクシング中継とは一線を画す雰囲気を作り出した。

普段は傍若無人なブローナーも、今回ばかりは不遜な振る舞いを避けるように忠告されたとも伝えられている。そのような方向性は、新たなブランドとしてPBCに高級感を出したいヘイモンとNBCの希望なのだろう。

ただ・・・・・・こういった新たな演出のすべてが好評だったわけではない。

選手の自己表現の一部である入場音楽が排され、クラシックが流れる中、トレーナーを始めとする取り巻きなしに選手が1人でリングに向かう入場シーンは少々味気なかった。試合前のハイライトであるリングアナウンサーのパフォーマンス不在にも、物足りなさを禁じ得なかった。また、筆者は現場にいたがゆえに中継は見ていないが、大多数のテレビ視聴者が73歳になったアルバートの実況を不満に思ったようである。

興行全体を振り返って、”創り物”感が強かったのは事実。「リアリティ番組のような印象を受けた」という多くのファンの声は理解できなくもない。まだ様々な意味で試行錯誤の感もあり、ショウケース的な趣もあった今回のイベントがどう改善されていくか、ヘイモン、NBCの腕前とフレキシビリティが今後に問われることになる。

PBCの今後

多くの不満の声もあったものの、NBCの新シリーズ初興行は平均視聴者340万という悪くない数字を叩きだした。ボクシング番組としては1998年のFOXの中継以来最高の視聴率であり、白熱したサーマン対ゲレーロの後半ラウンドには最大420万に達したという。

昨年の全ボクシング中継の中で最多視聴者数は、HBOが放送した3月1日のフリオ・セサール・チャベス対ブライアン・ベラ戦の平均139万人。今回はその約3倍であり、米国内で1億1600万世帯が視聴できる地上波の影響力を改めて印象づけた形である(HBOの契約件数は約3000万世帯)。

鳴り物入りのシリーズ第1回は往々にして好数値が出るものだが、それでも特に鍵となる18〜49歳の層からまずまずの数字を引き出したのは大きい。一般的に「55歳以上のスポーツ」と考えられているボクシングにとって、今後もより若年層の興味を惹き付けられるかが焦点となるはず。ともあれこうして及第点の視聴率が出たことは、PBCの広告集めという意味では大きな意味を持って来るだろう。

もっとも、例えそうだとしても、今シリーズにかかる莫大な経費をどう賄い、どうやって利益を出していくのかという部分に対する疑問は消えない。

どう儲けるのか

ヘイモンとNBCの契約はすべてヘイモン側が放送枠を買う形のいわゆる「タイムバイ」であり、NBCからは金は出ていない。NBCとの契約料にヘイモン側は年間約2000万ドルを支払い、さらに金額不明ながら、CBS、NBC SN、CBS SN(スポーツネット)、Bounce TVともタイムバイの契約を結んだ。現時点でESPN、Telemundoとも交渉中で(Showtimeでの興行はタイムバイではなく、これまで通り放映権料での興行)、最終的にテレビの枠代だけで相当な金額になるはずである。

そして、今回のファイトマネーはサーマンが150万ドル、ゲレーロ122.5万ドル、ブローナー125万ドル、モリーナ45万ドル。NBC SN中継で試合を行なったアブナー・マレスは50万ドル、アルツロ・サントス・レイエスも2万ドルを受け取っており、選手の報酬だけで総額は約500万ドルに達する。

端的に言って総経費はHBOのボクシング中継の約2倍であり、これではどうやりくりしても大赤字は確実。今後により多くの広告費、スポンサー収入、入場料が入ってもカバーできるとは思えず、タイムバイである限りは赤字を出し続けるに違いない。

複数の興行シリーズを続けていくために、投資家からのバックアップを受けたヘイモンは総額1億5000万ドルの資金を有しているという。例えそうだとしても、これだけの莫大な経費を長期間はカバーできるものではないだろう。

ミステリーは続く

「儲けるためにはまず費やさなければいけない」というのはビジネスの鉄則ではある。そして、用意周到なヘイモンが一か八かの大ギャンブルを打つとも思えず、そもそもある程度の勝算がなければ投資家たちから巨額が引き出せるはずがない。だとすれば、ヘイモン陣営は何らかの計画に沿って動いていると考えるべきに違いない。

しかし、いったいどうやって、どのタイミングで儲けようとしているのか。超強力アドバイザーは投資家たちをどう説得したのか。その部分が周囲の我々には不透明で、壮大なプランは謎に包まれている。

地上波復帰計画が明るみに出た当初は、2011年にFOXがUFCと1億ドルの放映契約を締結したようなシナリオを目論んでいるのかと思われた。しかし、今後も確実に視聴率を取り続けられるとは限らず、大金を引き出せる保証もなく、そこに至るまでの投資額と範囲の広げ方を考えれば少々リスクが大き過ぎる。だとすれば・・・・・・?

新たな説も

「地上波での放送は抱える選手たちの知名度を高めるための手段に過ぎない。スターたちのステイタスを確立し、PBCのブランドを大きくしたところで、ヘイモンはネット上に新たな媒体を立ち上げて加入料を募ろうとしている」

先週末のラスベガスで、複数の情報源からもたらされたというそんな説を耳に挟んだ。

どれだけの信憑性があるのかは微妙だが、興味深いセオリーではある。他にも多くの選択肢を抱える地上波テレビからの大金をあてにするより、地力で左右できるこのプランの方が遥かにリアリティも旨味もあるのかもしれない。

いずれにしても、多くの期待を不安を背負い、ボクシング界を根底から揺さぶるシリーズは始まった。PBC開始は新時代の幕開け。今後、どこに向かっていこうとしているのか、ヘイモンとその投資家以外にはただ推測することしかできない。

ハーバード大卒の敏腕フィクサーの新シリーズは、過去30年でこの業界にもたらされた最大の衝撃であり、先の見えない超一級のミステリーでもある。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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