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王朝に陰りが見えたか 〜WBA、IBF、WBO世界ヘビー級タイトル戦 クリチコ対ジェニングス戦より

杉浦大介スポーツライター

Photo By Kotaro Ohashi

4月25日 ニューヨーク 

マディソン・スクウェア・ガーデン

WBA、IBF、WBO世界ヘビー級タイトル戦

ウラディミール・クリチコ(ウクライナ/64勝(54KO)3敗)

3−0判定(116-111、116-11、118-109)

ブライアント・ジェニングス(アメリカ/19勝(10KO)1敗)

王者がやや手こずりながらも勝利

2008年以来の米リング登場となったクリチコは、ジャブと右ストレートのシンプルなコンビネーションで主導権を掌握する。30歳の無敗挑戦者のムーブメントと連打に中盤はやや苦しみ、10ラウンドにはホールディングで減点も受けたが、ヒット数で大きく上回り、判定自体は問題がなかった。

身長約10cm、体重約7kmの対格差を上手くいかした形の39歳のクリチコは、WBAは8度目、IBFは18度目、WBOは14度目の防衛に成功。試合後は「ジェニングスはとても良いチャレンジャーだった。(自分以外の)多くのトップヘビー級選手に勝てるだろう」と余裕のコメントを残している。

一方、ジェニングスはこれが初黒星。圧倒的不利の予想の中でも健闘し、試合後は米メディアの中でも好意的な評価が多かった。それでも本人は「打ちに行くたびにホールドされてしまった。判定はもっと競っているべきだ」と悔しさを隠さなかった。

クリチコの衰えゆえに好試合に?

「7年のブランクを経てここに戻って来れて嬉しい。世界中のファンもザ・ガーデンで試合が観れて喜んでいるはずだ。素晴らしい経験だったよ」

試合後のクリチコはそう語ったが、17056人の大観衆もある程度は満足して家路に付いたのではないか。

王者が最後にマディソン・スクウェア・ガーデン(MSG)で試合を行なったのは約7年前のサルタン・イブラギモフとの統一戦。この一戦は親につれられて来た子供が泣き出すほどの大凡戦となり、以降しばらくはMSGがボクシング興行に消極的になるという悲惨な結果となった。その一戦と比べ、今戦は勝敗自体は明白だったとしても、最後までファンを飽きさせない内容ではあった。

機動力を駆使したジェニングスの頑張りが最大の要因。それと同時に、特に中盤以降のクリチコがやや精彩に欠け、おかげで挑戦者のファンに希望を持たせ続けたのも事実である。クリンチが多いのはいつものことではあるが、ホールディング減点まで受けた姿はいわゆる“絶対王者”には見えず、少々印象が悪かった。

「エマニュエル・スチュワート亡き後のクリチコは停滞している。テクニック面で以前ほどシャープではない」「年齢的なものか、フィジカル面で後退しているように思える」

試合後のリングサイドでそんな声も飛び交っていた。ジョー・ルイス(25度)、ラリー・ホームズ(20度)に迫るほどの防衛回数を積み重ねて来たウクライナの巨人も39歳を迎え、体力的に全盛期を過ぎていても不思議はない。ワンツーからホールディングというサイズを利した戦法を極めて来た王者だが、フィジカルが衰えれば付け入るスキも出て来る。

興行の呼び物であるはずの王者が、絶対的な状態ではなかった。それがファイトの盛り上がりに繋がったとすれば、少々皮肉な話。ただ、主役がやや下り坂であるがゆえに試合がよりエキサイティングになることはボクシングではよくある話である(今週末のフロイド・メイウェザー対マニー・パッキャオ戦も同様の事態になることも考えられる)。

次はフューリー、そしてワイルダー?

いずれにしても、こうしてクリチコのアメリカ帰還戦が興行的に成功したことで、今後のヘビー級戦線はより興味深いものになった感がある。

「タイソン・フューリーが次の相手になるようだ。欧州で行なわれるべきファイトだ。王者だったら世界中のどこにでも行かなければいけない。ドイツになるかイギリスになるかをこれから見極めることになる」

クリチコ本人の言葉通り、次期防衛戦の相手はWBOの指名挑戦者であるフューリー(24戦全勝(18KO))が濃厚だ。

身長206cm、リーチ216cmとクリチコ以上に恵まれた体躯を誇るイギリスの雄は侮れない相手である。以前はパワーとサイズだけの選手と思われていたが、最近はアウトボクシングに意外な上手さを見せている。スキルと経験に勝る王者優位は動かないが、26歳のフューリーは今がピークだけに、クリチコの衰えが本当ならば面白くなる。特にイギリスの熱狂的なファンの前で実現させれば、世界的に注目を集める興行となるに違いない。

そして、この一戦の勝者がWBC王者デオンテイ・ワイルダーと激突すれば、現代ヘビー級戦線は1つのピークを迎える。

「ベルトがもう1本欠けている。以前はクリチコ家にあったが(注/兄ビタリィが2013年までWBC王座を保持)、私自身はWBC王座を保持したことはない。ワイルダー相手の統一戦はファンタスティックなものになるだろう。まずはデオンテイも防衛戦をこなさなければならないから、次に対戦というわけにはいかない。来年の始めがメドになる」

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歴史的偉業と言えるヘビー級4団体統一にクリチコはやる気満々だが、マッチメークは容易ではない。最近はHBOが再びクリチコの売り出しに意欲を示しているが、ワイルダーはそのメガケーブル局と対抗関係にあるアル・ヘイモン傘下。もっとも、クリチコとHBOの3戦契約はあともう1戦で切れるだけに、その後であれば実現は不可能でないかもしれない。

アメリカでは決して人気選手とは言えなかったクリチコだが、フューリー、ワイルダーとの2試合は幅広い層から興味を持たれるはずだ。メイウェザー対パッキャオの実現、ヘイモンの地上波進出で話題を呼ぶ米ボクシング界に、ヘビー級戦戦も新たなエネルギーを注ぎ込むことになるのか。最重量級の盛り上がりに向けて、これから1年くらいの動きが鍵になりそうである。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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