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霧散した“アメリカの夢” 〜WBO世界クルーザー級タイトル戦  マルコ・フック対クジシトフ・グロワキ

杉浦大介スポーツライター

Photo By Lucas Noonen/PBC

8月14日 ニュージャージー州ニューアーク

プルデンシャルセンター

WBO世界クルーザー級タイトル戦

同級1位

クジシトフ・グロワキ(ポーランド/25勝(16KO))

11ラウンド2分39秒TKO

王者

マルコ・フック(ドイツ/38勝(26KO)3敗1分)

10年越しの悲願を叶えたが

「PBC(プレミア・ボクシング・チャンピオンズ)の素晴らしさの1つは、より多くの魅力的なマッチアップが楽しめるようになっただけでなく、これまでアメリカで目にする機会がなかったスター選手を観れるようになったことだ」

今回の興行のプロモーターを務めたルー・ディベラがそう語っていたように、アル・ヘイモン主催のPBC開始以降は海外の強豪選手たちが頻繁にアメリカのリングに登場するようになった。ジェームス・デゲール、カール・フランプトン、ジェイミー・マクドネル、リッキー・バーンズ、亀田和毅・・・・・・・。

ボクシングは真の意味で国際的と言える数少ないスポーツだが、その中でもやはりアメリカが本場という意識は世界中に浸透している。ラスベガスを始めとする大舞台の華やかな雰囲気は、母国で実績を残した王者たちも惹きつけて止まない。

「キャリアの中でできることはすべて成し遂げ、こうしてアメリカでデヴューできることになった。この機会を10年以上も待っていたんだ」

そう語って14日の試合に臨んだセルビア出身、ドイツ育ちのフックも、“アメリカの夢”を追いかけた一人である。

指名挑戦者のグロワキに勝てば、通算14度目の防衛となり、ジョニー・ネルソンの持つクルーザー級の王座防衛記録を塗り替える。全米中継される興行で印象的な姿を見せれば、現役にこだわるロイ・ジョーンズとのアメリカでの防衛戦も見えて来る。それもクリアすれば、2012年のアレクサンダー・ポヴェトキン戦に続いてヘビー級に上げ、統一王者ウラディミール・クリチコへの挑戦も不可能ではない。

30歳になった安定王者のアメリカでのデヴュー戦は、様々な意味でさらなるスターダムに繋がる大事な一戦だった。しかし・・・・・・・

激闘の果てに

第1ラウンド後半にポーランド人挑戦者の右フックを浴びてフックがぐらついた姿を見て、早くも王者にとって簡単なファイトにならないことを予感したファンは少なくなかったのではないか。

ポーランド系の多いニューアークに陣取った多くのファンの大歓声を浴びながら、グロワキは序盤から攻勢。左ストレート、右フックで機先を制していく。約1年ぶりのリング登場になった王者に息つく暇を与えない。

それでもパワーに勝るフックは中盤からペースを取り戻し、第5ラウンドには3発の右ストレートをヒット。続く第6ラウンドには左フックを挑戦者のテンプルに決めて、ここでストップかと思われるほど強烈なダウンを奪った。

しかし、ここでのKO勝利を逃したフックは、その後もグロワキの頑張りに手を焼き続ける。第10ラウンドまでポイント上は96-93が2人、95-94が1人とリード。まずは無難な判定勝利のペースではあったが、波瀾の空気も消えずに残っていた。そして迎えた11ラウンド、破局が訪れる。

「トレーナーにはペース配分しろと言われたが、耳を貸さなかった。ファイトの後半は自分の思い通りに進んでいなかったから、勝負をかけたんだ。自分が負けるなんて一秒たりとも思わなかったよ。人生最大の夜だったからね」

後にそう振り返った通り、最後まで精力的な動きは衰えなかったグロワキが残り約45秒のところで左フックから右を放つと、ショートフック気味の右が王者のアゴにもろにヒット。このパンチでロープ際に弾き飛ばされたフックは、キャリア初となるノックダウンを喫する。その後にグロワキの追い打ちを受け、精魂尽き果てたように再びロープ上に崩れ落ちると、ここでレフェリーがついにストップした。

失われた夢

「最後の瞬間までフックの方が目立っていた。テレビ向きのファイトだった。素晴らしいエンターテイメントだったよ」

ディベラ・プロモーターがそう語った通り、“年間最高試合候補”の声も挙がるほどのエキサイティングなファイトではあった。もともと面白い試合をすることで定評があったフックを、ヘイモンは今後もPBCに起用することをためらわないだろう。それでも、フックが失ったものは余りにも大きい。

2009年から守り続けた王座から転落し、防衛記録更新して歴史に名を刻むことも叶わなかった。今後はグロワキとのリマッチが目標になるのだろうが、激しいダメージを受けただけに、少なからず休養も必要のはず。何より、無名選手相手にKO負けを喫した後で、本場で“本格派”としての評価を取り戻すのは簡単ではない。

「とても残念に思う。1年ぶりの試合で、敵地で、アンダーカード扱い。そしてこの結果だ。間違った人たち、適切でないトレーナー(と組んでいる)」

今年3月にハックが袂を分かったザウアーランド・イベントは、公式ツイッターアカウントでそんなつぶやきを残していた。もちろん“元身内”の言葉をすべて額面通りには捉えられないが、的を得ている部分もあるに違いない。

慣れない場所で戦うことの難しさ

ポーランド人挑戦者が相手の場合のプルデンシャルセンターは、フックにとって完全にアウェー。目を見張るスキルは持たないグロワキだが、序盤からファンのエネルギーに後押しされて勢いをつけた印象もあった。無敗挑戦者の頑張りにケチをつける気は毛頭ないが、少なくとも、当日のアリーナの異様な熱気はグロワキに味方した気がしてならない。

慣れ親しんだ環境とは大きく違う異国での防衛戦は簡単ではない。日本人を含む一部の王者が海外での防衛戦はリスキーと考える理由の1つがそこにあり、逆に言えば、それゆえに海外進出の成功には大きな価値があるのだろう。

欧州ではスーパースターの地位を築いたドイツの雄が、10年以上も温めていたというアメリカへの想いは叶わなかった。

年間最高試合だけでなく、最大番狂わせ、最高KO候補の声も挙がる痛烈な結末。そのドラマチックなKO劇は、言葉にするのは簡単な“アメリカン・ドリーム”を、実際に成就することの難しさを改めて教えてくれているようでもあった。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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