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新たな“ブギーマン”の今後 〜WBA世界ヘビー級暫定王者ルイス・オルティスは商品価値をどう上げるか

杉浦大介スポーツライター

Photo By Alex Menendez- HoganPhotos/Golden Boy Promotions

3月5日 ワシントンDC DCアーモリー

ヘビー級12回戦

WBA世界ヘビー級暫定王者

ルイス・オルティス(キューバ/36歳/24勝全勝(21KO))

トニー・トンプソン(アメリカ/44歳/40勝(27KO)6敗)

対戦を避けられる選手

ボクシング界では”ブギーマン(boogey man)”という言葉がたまに使われる。

もともと“伝説的な恐ろしい幽霊”といったような意味で、サム・ライミ製作の同名のハリウッド映画を覚えている人もいるはず。ボクシングの世界では、“恐れられて対戦相手の見つからない選手”を形容する言葉になっている。

近年では、全盛期のアントニオ・マルガリート(メキシコ)、セルヒオ・マルチネス(アルゼンチン)、現代のゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)あたりがブギーマンにあたるのだろう。そして、現在のヘビー級ではWBA暫定王者のオルティスがそう呼ばれる存在になり始めている。

36歳のサウスポーは、スキル、タフネスを兼備し、通算343勝19敗とアマチュア経験も豊富。昨年12月19日にはHBOで中継された興行で、実力者のブライアント・ジェニングス(アメリカ)を7ラウンド2分41秒で痛烈にTKOしてみせた。同年4月に時の統一王者ウラディミール・クリチコ(ウズベキスタン)もKOできなかったベテランを苦もなく下したことで、評価を大きく上げることになったのだった。

最近ではヘビー級に力を入れ始めているHBOは、3月5日に再びオルティスをメインイベントに据えた興行を放送することを決断。しかし、時期的なタイミングの悪さもあって、その対戦者探しは難航を極めた。

トンプソン戦も圧勝が濃厚

アンディ・ルイース、バーメイン・スティバーン(ともにアメリカ)、デレック・チソラ(イギリス)、サミュエル・ピーター(ナイジェリア)といった著名どころの名前が挙がったが、揃って拒否。一時はアレクサンダー・ディミトレンコに決まりかけたものの、ロシアンコンテンダーが寸前に多額の報酬を要求したがゆえに結局は破断になった。

「信じられないよ。何人かのヘビー級コンテンダーは、(オルティスの)名前すら聴きたがらないくらいだったからね」

オルティスの所属するゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)のマッチメーカー、エリック・ゴメスはそう嘆く。

最終的にクリチコに2度挑戦経験のあるトンプソンが対戦相手として発表されたのは、興行まで1ヶ月を切った2月8日のことだった。

2012年7月のクリチコとの再戦(6ラウンドTKO負け)を含め、トンプソンは過去8戦で4勝4敗。その4勝はデビッド・プライス(イギリス)、オドラニエル・ソリス(キューバ)という強豪をそれぞれ2度に渡って下したもので、しかも今回は地元ワシントンDCでの試合とあって、侮れない存在ではあるのかもしれない。ただ、44歳となったベテランに多くを望むのは酷。予想はやはり圧倒的にオルティスに傾いている。

ともあれ、こうしてようやく次の相手が見つかり、“ヘビー級戦線のダークホース”と目されるようになったオルティスは今後どこに向かっていくのか。

容易ではないビッグファイト実現

現在のWBAは増えすぎたタイトルホルダーの削減製作を打ち出している。トンプソン戦後、オルティスには6月までにアレクサンダー・ウスティノフ(ロシア)との指名戦が義務付けられる予定。その後にWBA(&WBO)スーパー王座を持つタイソン・フューリー(イギリス)対クリチコ再戦の勝者との同団体内統一戦が組まれる手筈という。

ただ、この青写真通りに進むかどうかは実に疑わしいところではある。

クリチコが王座奪還した場合はともかく、欧州ですでに莫大な商品価値を確立したフューリーが前王者への返り討ちを果たしたとして、その後にリスキーで、それでいてカネにならないオルティスとの対戦を早い時期に望むかどうか。

同国人のアンソニー・ジョシュア、デビッド・ヘイ、あるいはアメリカで知名度を高めるデオンテイ・ワイルダーと戦った方が、ビジネス的にフューリーには遥かに美味しいことは間違いあるまい。

「ブギーマン(boogey man)」の真実ーーー。「俺は避けられている」「誰も戦ってくれない」というのは、大抵は商品価値が低い選手の言うこと。

オルティスも例外ではなく、地味で、外国人で、英語も苦手と三拍子揃ったボクサーを売り出すのは簡単ではない。ハイリスク・ローリターンの典型のようなキューバ人との対戦を望まなかったとして、“逃げた”などと言われたら、フューリーやワイルダーもたまらないだろう。

ゴロフキンに続け

そんなオルティスとGBPにとって、今後はできる限り早く商品価値を上げていくことが当面の大目標になる。31歳でプロデヴューし、すでに36歳だけに、残された時間は多いとは言えない。

それを理解しているのか、昨年10月以降でトンプソン戦が3度目のリング登場とハイペース。HBOのバックアップを受けているのは好材料だが、テレビマネーにこだわり過ぎるべきでもない。一時期のゴロフキン同様、相手、場所は問わず、できる限り派手な内容で勝ち続ける必要がある。

2013~14年にところ構わず7試合を行って知名度を高め、今では人気者のサウル・“カネロ”・アルバレス(メキシコ)を対戦拒否が難しいところまで追い込んだゴロフキンの戦略は参考になるはずだ。

来月のトンプソン戦も、ただ勝つだけでは事足りない。ジェニングス戦同様、“またこの選手の試合が観たい”と思わせる内容と結末が必須になる。負ける危険は少なくとも、綺麗に勝つのが容易ではない相手に、それを成し遂げられるかどうか。

もう決して若くはない新たな“ブギーマン”。やや遅れて米リングに現れた元アマスターにとって、今年、来年が大勝負の時間になることは言うまでもあるまい。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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