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サウル・”カネロ”・アルバレス対アミア・カーン戦は“禁断のカード”なのか 

杉浦大介スポーツライター

Photo By Hogan Photos/Golden Boy Promotions

5月7日 ラスベガス T-モバイルアリーナ

WBC世界ミドル級タイトル戦(155パウンド契約ウェイト)

王者

サウル・“カネロ”・アルバレス(メキシコ/25歳/46勝(32KO)1敗1分)

挑戦者

アミア・カーン(イギリス/29歳/31勝(19KO)3敗)

物議を醸すミドル級タイトル戦

2月2日に電撃的に発表された今戦の最大の話題が、両者のもともとの階級差であることは言うまでもない。元スーパーライト級王者、近年はウェルター級で戦っていたカーンが、一気に2階級を上げてのミドル級挑戦。かなり強引なマッチメークであり、ビッグネーム同士のカードを無理やり絞り出した感は否めない。

3月1日にマンハッタンで行われた会見時も、カーンへの質問は当然のようにウェイトの話に集中。もともとスピーチの得意なイギリスの雄は、持ち前のマシンガントークで“階級を超えた一戦”のメリットを説明し続けた。

「最近の僕は147パウンドに落とすために、おそらくオーバーワークをしてしまっていた。このライトミドル級(スーパーウェルター級)こそが今では理想のウェイトかもしれない」

身長では実はカネロを1インチ上回るカーンは、普段はだいたい165パウンドで過ごしているという。年齢を重ねるにつれ、147パウンドの身体を作る過程で、筋肉をすり減らすようになっていたという話は嘘ではないだろう。

「効いてしまったり、終盤に疲れてしまったりするのには減量が影響する。147パウンドに上げてからの僕はダウンはしていないはずだ」

台頭期には打たれ脆さで有名だったカーンだったが、確かに最近は以前ほどの不安定さはなくなった。特にウェルター級に昇級以降、ルイス・コラーゾ、デボン・アレクサンダー、クリス・アルジェリ(すべてアメリカ)という著名どころにすべて判定で3連勝を飾っている。

カネロ戦はミドル級タイトル戦とはいえ、契約ウェイトはスーパーウェルター級を1パウンド上回るのみの155パウンド。キャッチウェイトならず“カネロウェイト”などと揶揄される体重は批判の的だが、下の階級出身のカーンも155パウンドは望むところだろう。

興行的な成功は必至

ここまで読んで頂ければお気づきかもしれないないが、筆者は今回の強引なマッチメークに一部のファンほどの拒絶反応は示していない。

事実上はカーンが1階級(+1パウンド)を上げて行うスーパーウェルター級戦。もちろん1階級違うだけで多くが変わるのがボクシングだが、もともと軽量級選手のイメージだったマニー・パッキャオ(フィリピン)が急激に飛び級し、オスカー・デラホーヤ(アメリカ)に挑んだ時のような“禁断のカード”という印象はない。

ミドル級タイトルがかけられ、スーパーウェルター級以上での実績のないカーンが挑戦者となるのが引っかかる人も多いのだろう。ただ、以前も書いたが、筆者はアルファベットタイトルの行方にはもう固執していない。エキジビション感が漂っているのは事実であっても、ボクシング界において、スター性を重視した理に叶わないマッチメークは今に始まったことではない。

せっかくのシンコデマヨに、カネロ対ガブリエル・ロサド(アメリカ)、ウィリー・モンロー(アメリカ)といった凡庸なカードを見せられては退屈。カリスマ性のあるメキシコ、イギリスのスターが、2万人収容のT-モバイルアリーナでの初興行をどう盛り上げてくれるかが楽しみではある。

案の定、ロンドン、アメリカの東西海岸を巡った会見ツアーはそれなりの盛況だった。体重に話を戻せば、フェイスオフ時も両者に懸念されたほどの体格差は感じられなかった。サイズに押し潰されないとすれば、カーンが持ち前のハンドスピードを武器にカネロを意外に苦しめることもあるかもしれない。

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やはりカネロ圧倒的有利

ただ・・・・・・すべての後で、カーンに現実的な勝利のチャンスがあるとはやはり筆者も考えてはいない。

カネロは過去4戦連続で155パウンドの“カネロウェイト”で戦っており、この階級での経験の違いは歴然としている。世界的な注目を集めるファイトで、2013年のアルフレッド・アングロ(メキシコ)戦のように計量後に170パウンド以上に膨れ上がり、シャープネスを失うこともないだろう。

また、カーンの最大の武器はご存知の通りにスピードだが、ウェルター級転級後はかつてのような電光石火の速さは感じられない。155パウンドに上げて耐久力が増すのが本人の言葉通りだとしても、体重を増やすことで、スピードはさらに減退するのではないか(少なくとも新階級に慣れるまでは)。

カネロは追い足に乏しいだけに、序盤戦は激しく動き回ることでカーンがポイントは奪えるかもしれない。ただ、カーンのKO勝ちはあり得ないのは周知の事実。そして、ファイト中に注意力散漫になりがちなイギリス人挑戦者が、1試合を通じて集中力を保ち、試合時点で10〜15パウンドは体重の重い相手から、12ラウンド中7ラウンド以上を奪う姿も想像し難い。カーンの足が鈍り始めた中盤以降、左フックかボディブローを発端にカネロがフィニッシュに持ち込む流れが最も有力に思える。

カーンに“カネロウェイト”で戦う準備が整ってなかった場合には、完全に一方的な内容になってしまうことももちろん考えられる。その可能性が少なくなく思えるところに、このマッチメイクの無理はある。

スーパーウェルター級時代のカネロが小柄なホセシト・ロペス(アメリカ)を叩き潰したときのような展開、結末になれば、見た目は極めて悪い。その時には、多くのファンは「そら見たことか」と罵り、ゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)、HBO、カネロ、そして許容した私たちメディアも激しく糾弾されるに違いない。

今興行の成否を左右するのはイギリスの雄

前述通り、筆者はイベント性の高いこのファイトを基本的には好意的に受け入れているが、難色を示すファンの気持ちも理解出来る。

スター性重視のマッチメークの対価として、関係する人々が大金を受け取る典型的な“金儲け興行”。もともとボクシングとはそういう競技だが、筋を通さないカードで良い結果が出なかった際、風当たりが強くなるのは仕方がない。

それを覚悟した上で、GBPとHBOは試合挙行に踏み切った。ギャンブル性の高い一戦は、いったいどんな内容、結末になるのだろうか。

特にカネロは、あまり派手にKO勝ちしても、逆に苦戦しても、いずれにしても批判される。賞賛されるのは、カーンの健闘でエキサイティングなファイトになった末、カネロが後半にストップに持ち込む展開くらいだろう。

様々な形で物議を醸す5月7日の一戦ーーー。“クリエイティブなイベント”として記憶されるかもしれない一方で、安易に階級を超えて作られた“禁断の一戦”と揶揄され続ける可能性は十分ある。そして、その鍵を握るのはカネロではない。

ビッグファイトを待望してきたイギリスの雄に、ついに巡ってきた一世一代の大勝負。ここでカーンがどれだけの身体を作り、どんなパフォーマンスを見せてくれるかに、興行の成否はかかってくるに違いない。

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スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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