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クロフォードがポストルとの技術戦に快勝、パッキャオと新旧対決実現か

杉浦大介スポーツライター

Photo By Mikey Williams, Top Rank

7月23日 ラスベガス MGMグランドガーデン・アリーナ

WBC & WBO世界スーパーライト級タイトルマッチ

WBO王者

テレンス・クロフォード(アメリカ/28歳/29勝全勝(20KO)

3-0判定(118-107、118-107、117-108)

WBC王者

ビクトル・ポストル(ウクライナ/32歳/28勝(12KO)1敗)

目立ったクロフォードの適応能力

実力伯仲の好カードと目されたスーパーライト級の無敗王者同士の統一戦ーーー。MGMグランドガーデンに7027人のファンを集めて行われた注目のファイトは、展開、結末が読めないことでは今年屈指のカードと評された。しかし、終わってみれば、クロフォードの奥行きの深さばかりが改めて目立つ結果となった。

“ややスロースターターの傾向がある”と評されるクロフォードだが、その形容は必ずしも適切ではないのだろう。確かに序盤に相手に多少の攻勢を許すことは珍しくなく、この日も同じだった。しかし、数ラウンドの間に対戦相手の間合い、距離を見切ると、中盤に相手を突き放すのがお決まりのパターンになっている。

ポストル戦は序盤は極めてテクニカルなハイレベルの攻防。最初の4ラウンド終了時点では、リングサイドでも2ラウンドずつを分け合ったと見た記者が大半だった。それでもクロフォード本人の言葉によると、第4ラウンドあたりには恒例の“探り”は終わったのだという。

「(4ラウンドには)何をすれば良いのかがわかった。そこでリズムを掴み、最後までやるべきことが見えた。(ポストルは)足を地につけなければパンチが出せないから、もともと絶えず自分の足を動かすのがプランだった。それを貫くことで相手のバランスを崩させ、手数を少なくさせたんだ」

そんな言葉通り、この日のクロフォードは第1ラウンド中に早くもサウスポーにスイッチして目先を変え、中盤以降は特にフットワークを多用し続けた。

第5ラウンドに左右のカウンターで2度のダウンを奪うと、ポイント的には均衡を抜け出す。その後は丁寧に足を使い、最初の数ラウンドで察知した“相手のパンチが届かないディスタンス”に身を置き続けた。その距離の内側にポストルが張り込もうとすると、強烈な左右のカウンターで迎え撃ち。この作業を繰り返すことによって、長身のウクライナ人を袋小路に追い込んでいった。

”退屈なファイト”の声も

「2人のテクニシャンの間の好試合だったが、彼は私よりも素早かった。彼は世界最高のファイターの中の一人。私には彼に対する答えはなかった」 

試合後、ポストルはそう語り、素直に完敗を認めた。

ポイントを大きくリードされているのはわかっていても、強引に出ればカウンターを受けてしまう。クロフォードの言葉通り、体勢が整う中間距離でしかパンチが出ないウクライナ人に追撃の策はなく、28歳のアメリカ人王者との総合力の違いを思い知らされる結果になった。

リング上の緊張感は最後まで消えなかったが、それでもリングサイドに座っていた記者たちの目には、ラウンドを追うごとにクロフォードの表情に余裕が感じられるようになった。だとすれば、もう一ヤマ作って欲しいと願った者が大半だったはず。特にこの試合はPPVで放送されていただけに、それはなおさらである。

終盤、クロフォードのフットワークが逆に加速するのを見て、MGMからは何度となくブーイングも沸き起こった。“安全運転”と呼びたくなるファイトぶりに、同じアリーナを長く主戦場にしたフロイド・メイウェザーの典型的な勝ちパターンを思い起こしたファンも多かったのではないか。

パッキャオとの世代交代戦は実現するのか

ただ、適応能力と引き出しの多さがクロフォードの長所であり、この日に関しては実力者のポストル相手に安全な距離を出るリスクを冒さなかったのは理解できる。長身とスキルを兼備したポストルは、今後も誰にとっても綺麗には勝てない選手であり続けるはず。典型的な「“Win tonight; look good tomorrow(この試合はとにかく勝って、魅せるのは次戦)"」という種類のファイトだった。

過去3連続KOのクロフォードは状況に応じてキラーインスティンクトを誇示してきた。ポストル戦のランゲームだけでスタイルに辛辣な評価を下すのは早計すぎる(もちろんこのスタイルが定着するようなことがあれば周囲の意見も変わるが)。

そういった意味でも、すでに話題に登り始めているマニー・パッキャオとの新旧戦が実現すれば、これは実に楽しみな試合になる。

4月に微妙な形で引退を表明したフィリピンの雄だったが、ボブ・アラム・コーナーはすでに11月5日にその復帰戦を開催すると明言。対戦相手候補として、WBO世界ウェルター級王者ジェシー・バルガスとともに、クロフォード対ポストル戦の勝者も挙がっているのだ。

「ボブ・アラムと僕のコーチ陣がその試合を望むなら、これから話し合うことになる。僕はファイターだから、誰とでも戦うよ。ただ、(パッキャオ戦は)やるとすれば140パウンド(スーパーライト級)だけどね」

クールなパーソナリティそのままに、クロフォードはパッキャオ戦を熱望するような言葉は残さなかった。

しかし、過去最高の報酬(ポストル戦のファイトマネー130万ドル)は確実な上に、自分の知名度を一気に跳ね上げるビッグイベント挙行に異存はないだろう。パッキャオが1階級下げたスーパーライト級のタイトル戦を承諾すれば、興味深い新旧ファイトが日の目を見ることになる。

勝敗だけでなく、この試合でどんな戦い方を選択するかで、現時点でのクロフォードの一般的なイメージもある程度は確固たるものになる。無敗の快進撃を続ける米国期待のライジングスターにとって、今後への試金石の一戦である。

パッキャオをも乗り越えればその実力を疑うものはもうほとんどいなくなる。特にポストルよりも好戦的な元ヒーローをより印象的な形で仕留められれば、インパクトは余計に大きい。簡単ではないが、その2つが叶えば、クロフォードはスターダムへ大きな一歩を踏み出すことになるはずである。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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