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2016年最大の好カード、セルゲイ・コバレフ対アンドレ・ウォード戦を見逃すな

杉浦大介スポーツライター

Photo Credit: Khristopher Sandifer/Roc Nation Sports

11月19日 ラスベガス T-モバイルアリーナ

WBA、IBF、WBO世界ライトヘビー級タイトルマッチ

王者

セルゲイ・コバレフ(ロシア/33歳/30勝(26KO)1分)

元世界スーパーミドル級統一王者

アンドレ・ウォード(アメリカ/32歳/30戦全勝(15KO))

展開、勝敗の予想が難しいマッチアップ

「11月19日に何が起こるかわかっているという人がいたら、その人は嘘をついているよ。誰にもわかりはしないのだから」

HBOスポーツ部のトップ、ピーター・ネルソンのそんな言葉を聴いて、多くの人は納得するのではないか。

かなりトップレベルのファイトでも、戦前にだいたい勝者が読めるのがボクシングの世界。そんな中で、11月19日の一戦でどちらが勝ち残るのかの予想は極めて難しい。“50/50のファイト”ーーー。9月6日、ニューヨークで行われた会見中、多くの関係者がこの正真正銘の強豪対決をそう形容した。

「リング誌がパウンド・フォー・パウンド・ランキングを始めて以降、トップ5に入る無敗選手同士が直接対決した例は2度しかありません。1994年のメルドリック・テイラー(アメリカ)対フリオ・セサール・チャベス(メキシコ)戦、1999年のオスカー・デラホーヤ(アメリカ)対フェリックス・トリニダード(プエルトリコ)戦だけ。21世紀に入ってからではこれが初めてになります」

コバレフを抱えるメインイベンツ社のキャシー・デュバ・プロモーターがそんな”歴史”を明かしても、ボクシングファンは特に驚きもしないはずだ。

強敵と戦わなくても大金が稼げるシステムが確立されてしまったがゆえ、賞品価値の高い選手同士のピーク時の直接対決は往々にして実現しない。マニアはその状況に慣れてしまった感がある。このマッチメークの物足りなさが、ボクシングが新しいファンを惹きつける妨げになっているのは紛れもない事実だろう。

最高のダンスパートナー

コバレフ対ウォードがこの時点で実現した背景に、両者がまだ全米レベルの呼び物ではない点が関連していることは否定できない。

スーパーウェルター級トーナメント「スーパー6」を制してスターダムに躍り出たウォードだが、その後にプロモーターとのトラブルで試合枯れに陥った。ファイトの内容で魅せるタイプの選手ではないだけに、全盛期にコンスタントにリングに立てなかったのは余計に痛恨だった。

元五輪金メダリスト、プロでもスーパーミドル級の統一王者に君臨、現在はJay-Zのロックネイション・スポーツ所属とエリート街道を歩みながら、ウォードは依然として全国区のアスリートとは言えない。

一方、現役屈指のデストロイヤーとして恐れられるコバレフも、英語が母国語ではないこともあり、アメリカ国内に巨大なファンベースを持っているわけではない。パーソナリティ的にはやや地味な印象もある両者がキャリアをさらに飛躍させるために、適切なダンスパートナーが不可欠。そんな彼らにとって、この米露対決は願ってもないイベントなのだろう。

筆者の取材を受けるデュバ・プロモーター Photo By Gemini Keez
筆者の取材を受けるデュバ・プロモーター Photo By Gemini Keez

エキサイティングな試合が必要

最大2万人収容できるT-モバイルアリーナのキャパは大きすぎるかとも思えたが、チケット発売開始直後の36時間で17500枚中の9500枚を売り上げと伝えられる。熱心なマニアはこんなマッチアップを待望していたのだ。ファイト直前にはESPNなどでも取り上げられ、スポーツファンの間でも話題になるのではないか。

だからこそ、ぜひともリング上で好ファイトを展開して、一般層にもアピールして欲しいところだ。ウォードの戦い方次第で凡戦の可能性も十分にあるが、ここで試合内容でも魅せることには、2人のボクサーにとって、業界全体にとっても、極めて大きな意味がある。

「最強の選手同士が戦った時代のように・・・・・・この試合が始まりになることを願いましょう。次のビッグイベントまでに17年もかかるべきではない。ここに座っている2人の偉大な選手たちの後に、若物たちが続いてくれることを願っています」

デュバの言葉通り、“メイウェザー以降”の時代が始まった今は、近年とは違う潮流を生み出すのに適した時期なのかもしれない。

ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)、ローマン・ゴンサレス(ニカラグア)、テレンス・クロフォード(アメリカ)、ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)といった現代のスターたちはビッグファイトの機会を求めている。最近ではアル・ヘイモンのPBCですらも、少しずつ傘下選手の潰し合いに動く気配を見せている。

そんな良い流れを推し進めるべく、コバレフ対ウォード戦がボクシング界の“新たな希望”になることを望みたいところである。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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