ボブ・アラムはなぜマニー・パッキャオ対ワシル・ロマチェンコ戦を組みたいのか
Photos Courtesy Mikey WIlliams / TopRank
11月26日 ラスベガス コズモポリタン・カジノ
WBO世界スーパーフェザー級タイトル戦
王者
ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ/28歳/7勝(5KO)1敗)
7ラウンド終了TKO
挑戦者
ニコラス・ウォータース(ジャマイカ/30歳/26勝(21KO)1敗1分)
今年度終盤屈指のカードはロマチェンコの圧勝
ある程度は予想されていた通りの展開、結果だったが、それでもウォータース戦でロマチェンコの技巧に改めて惚れ惚れしたファンは多かったのではないか。
第1〜2ラウンドの時点でスキルレベルの違いは明らかだった。ウクライナの至宝はフットワークと上体の動きを止めず、上質なコンビネショーションを稀有なハンドスピードで繰り出してくる。アマ通算396勝1敗、2008、2012年に五輪、2009、2011年に世界選手権をそれぞれ連覇という実績はやはり半端なものではない。
第7ラウンド終了後、明白なダメージはなかったにも関わらず、米リングではご法度の“試合投げ”をやらかしたウォータースの商品価値は暴落必至だろう。
スーパーフェザー級昇級後のこの選手の価値に、HBOはもともと懐疑的だった。それだけに、30歳のジャマイカ人にしばらく同局から声はかからないかもしれない。
ただ、超人的な技量を誇るロマチェンコに対し、あのまま続けてもウォータースに万に一つの勝ち目もなかった。だとすれば、“ノー・マス”には同情の余地もなくはない。今戦に限っては、一か八かの勝負にすら出られなかったパンチャーを過剰に責めるより、降参に追い込んだウクライナの達人の方を賞賛するべきだろうか。
本人はスーパーフェザー級王者との統一戦希望
こうして米国内での評価をさらに上げた後で、ロマチェンコが今後にどんな方向に向かっていくかが気になるところではある。
トップランク社のボブ・アラムは、ロマチェンコが覚醒前のデヴュー2戦目に苦杯を喫したオルランド・サリド(メキシコ)との再戦を組みたい様子。ただ、ロマチェンコ本人はフランシスコ・バルガス(メキシコ)、ジャスレル・コラレス(パナマ)といったタイトルホルダーとの統一戦の方が希望のようだ。
今の米リングではベルトはそこまで大きな価値を持たず、コラレスあたりとの統一戦より、例え無冠でもサリド再戦の方がビッグビジネスになる。しかし、日本のファン、選手同様、ウクライナ出身のロマチェンコも依然としてWBA、WBCといったアルファベットタイトルに大きな価値を見出しているということだろう。
また、このような現実的な標的以外に、ウォータース戦を前後して、アラムは近未来のマニー・パッキャオ(フィリピン)対ロマチェンコ戦を盛んに煽っていた。
「ロマチェンコは大きな伸びしろを持っている。たった7試合で2階級を制覇した男だ。階級を上げるにつれて、さらに多くの世界タイトルを手にするはず。来年中にパッキャオと戦うことだって不可能じゃない」
11月5日のパッキャオ対ジェシー・バルガス(アメリカ)戦時から、アラムはこの新旧対決の売り出しに必死だった。
147パウンドリミットのウェルター級で戦うパッキャオ、130パウンドのスーパーフェザー級で王座初防衛を果たしたばかりのロマチェンコ。その2人に歩み寄らせ、138パウンドあたりのキャッチウェイトで対決させるというのがアラムのプランだという。一見すると荒唐無稽にも思えるが、だいたい1年後あたりに実現する可能性がないとは思わない。その背後に、近未来に向け、パッキャオに次ぐドル箱スターが欲しいというトップランク社の事情があるからだ。
パッキャオ戦のリアリティは?
かつてはPPVでコンスタントに100万件以上を売ったパッキャオだが、昨年5月のフロイド・メイウェザー戦(アメリカ)を除き、最近はだいたい30万件程度に停滞している。その輝かしいキャリアが終盤を迎えているのは明白だ。
そんな状況下でも、噂に上がっているメイウェザーとの再戦が行われば、その一戦でパッキャオとトップランクは再び巨額を手に入れることはできる。しかしトップランクとアラムはそれよりも将来を長い目で考えているはずだ。まだパッキャオが商品価値を残しているうちに、後継者を作るために、トップランク傘下の選手への橋渡しを目論んでいることは容易に想像できる。
パッキャオ、ティモシー・ブラッドリー(アメリカ)、ノニト・ドネア(フィリピン)といった世代の後、トップランクの屋台骨は誰が背負っていくのか。オスカル・バルデス(メキシコ)、ヒルベルト・ラミレス(メキシコ)、ジェシー・マグダレノ(アメリカ)、フェリックス・ヴェルデホ(プエルトリコ)といった若き王者、コンテンダーたちも候補になるが、現状で最も準備が整っているのは、テレンス・クロフォード(アメリカ)、ロマチェンコに違いない。
そして、この2人の一般的な知名度を挙げるのに、ボクシングの範疇を超えた知名度を誇るパッキャオとの対戦は最善のオプションと言える。
オスカー・デラホーヤ(アメリカ)は1996、1998年にフリオ・セサール・チャベス(メキシコ)を下し、真の意味で“本物”と呼ばれるようになった。メイウェザーは2007年に、パッキャオは2008年にデラホーヤに勝ち、全国区のスターダムに躍り出た。業界のドル箱の座は、Bサイドの立場の選手がメインアトラクション(あくまで興行価値での格付け。実力上位という意味ではない)を下すことで引き継がれてきたのである。
歴史は繰り返すのか
特にパッキャオがライト級から飛び級し、一時はミドル級でも戦ったデラホーヤをウェルター級リミットで下した2008年のファイトのインパクトは大きかった。時は流れ、今のアラムの頭に、ロマチェンコとパッキャオを早いタイミングで対戦させ、デラホーヤ対パッキャオの衝撃の再現を狙おうという考えがあるのだろう。
もちろんこのシナリオがスムーズに運ぶ保証はどこにもない。危険なクロフォードとの対戦には積極的ではないように思えるパッキャオ陣営(本人ではなくチーム)が、体重を落としてのロマチェンコ戦をどう受け止める。メイウェザーの一存次第で比較的容易にまとまる“世紀の再戦”はどうなるのか。また、敗戦のリスクも小さくない急激な昇級後のパッキャオ戦を、ロマチェンコが本当に良しとするかどうか。
ただ、それらのすべてを考慮した上でも、“階級を超えたスーパーファイト”には少なからずのリアリティがある。
ロマチェンコ対ウォータース戦はマニア必見の好カードではあったが、大きな注目度は望めないアメリカ感謝祭の週末にひっそりと開催された。会場もキャパ2000人程度の小アリーナ。ロマチェンコの能力には疑いの余地はないが、英語が母国語でもない中量級選手をアメリカで売り出すことの難しさを証明するようなイベントでもあった。ウォータース戦で再び見事なスキルを誇示した後でも、ロマチェンコの一般的な知名度はほとんど変化していないはずである。
そんなウクライナ人の興行価値をジャンプアップさせるために・・・・・・・少々強引なやり方でも、パッキャオと戦い、印象的な形で下す以上に効果的な方法は見当たらない。過去通算2000の興行を打ってきた大ベテランプロモーターはもちろんそれに気づいている。アラムの頭には、すでにかなり具体的なシナリオが描かれているように思えてならないのである。