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51歳が臨むラスト・ファイト 史上最年長王者バーナード・ホプキンスは本当に引退するのか

杉浦大介スポーツライター

Photo By Tom Hogan Photos/Golden Boy Promotions

12月17日 カリフォルニア州 ザ・フォーラム

ライトヘビー級12回戦

史上最年長王者

バーナード・ホプキンス(アメリカ/51歳/55勝(32KO)7敗2分2NC)

WBC世界ライトヘビー級2位

ジョー・スミス・ジュニア(アメリカ/27歳/22勝(18KO)1敗)

老雄のワンマンショウ

12月5日、ホプキンスの地元であるフィラデルフィアのジョー・ハンド・ジムで行われた公開練習の際ーーー。

51歳になった主役は、午後3時、偽の口髭を着用し、杖をついてジムの裏口から登場した。自らの年齢を逆手に取ったジョークの後、約20分に渡って集まった故郷のメディアの質問に答え続ける。サービス精神旺盛なイベントは、これまで長きに渡って展開してきた“ホプキンス劇場”そのものだった。

「ある方向でスタートしたからといって、本が同じ形で終わるとは限らない。ほとんどの人が始まりよりも結末を記憶する。その本が話題になるためには、結末が記憶に残らなければいけない。私はその地点にいるんだ」

この日も独特の言い回しで自身のフィロソフィを披露し続けた老雄は、まもなくキャリア最後の一戦を迎える。

来週、2年1ヶ月ぶりにリングに立つホプキンスは、このファイトを最後に28年のキャリアに幕を下ろすと明言している。かといってエキジビションのようなカードを用意したわけではなく、相手のスミスは6月にアンドルー・フォンファラ(ポーランド)を1ラウンドTKOで下したパンチャーだ。

一部の関係者からは、親子ほど年の離れた若武者のパンチを浴びた際のホプキンスのダメージを危惧する声も少なからずある。

「これまでで最高のホプキンスを目撃することになると信じている。ジョー・スミスは強く、若く、前に出てくる選手。しかしホプキンスはどういうわけか、常に相手を見切ってしまうんだ」

ゴールデンボーイ・プロモーションズのオスカー・デラホーヤのそんな言葉通り、結局はホプキンスが無難に判定勝利を飾ると見るメディアが大半である。それでも一般的にリスキーと思えるパンチャーと引退興行で対戦するあたりが、規格外のキャリアを積み上げてきたこの選手らしいと言えるのだろう。

まだ戦える?

ボクサーの“引退”ほどあてにならないものはない。最近ではマニー・パッキャオ(フィリピン)が今年4月に一度は引退表明しながら、その7ヶ月後という通常通りの間隔で再びリングに立った。

英語のRetirementには日本語の“引退”ほどの重さはないようにも思え、ボクシングに限らず、“Retire”と“Comeback”を繰り返すアスリートはアメリカではそれほど珍しくない。MLBのロジャー・クレメンス、NFLのブレッド・ファーブあたりが代表格。盛大な引退イベントを行った選手の直後の復帰はさすがに身勝手にも思えるが、歴史的な実績を積み重ねたスターであれば比較的あっさりと許容される。

ホプキンスもまた殿堂入り確実のレジェンドだけに、来年1月に52歳になった後の現役続行もあるいはあり得るのだろうか。

「あと60日で52歳になるけど、25歳の身体を保っているよ」

公開練習時、ホプキンス本人もそう語ってコンディションへの自信を語っていた。もちろんスミス戦の出来次第だが、実際にその身体や動きを見る限り、相手を選べばまだまだやれるのかもしれない。

ただ・・・・・・その後のホプキンスの言葉を聴く限り、この選手に限っては、これ以上の現役続行はないようにも思えてくる。

「これまでどれだけの人が私を笑ってきただろう?その嘲笑がモチベーションだったけど、もう笑う人はいなくなった。誰にも笑われなくなったというのが、“引退の時が来た”と感じた理由なんだ」

世界ミドル級タイトルを20度に渡って防衛したホプキンスだが、戴冠当初から一般的に高い評価を受けてきたわけではなかった。若さも面白みもないボクシングで勝ち続けても、なかなか人気と評価は上がらなかった。2001年にニューヨークでフェリック・トリニダード(プエルトリコ)をストップし、36歳にしてようやくブレイクしたといっても大げさではなかったかもしれない。

その後、それぞれ対戦時には絶対不利と言われながら、41歳でアントニオ・ターバー(アメリカ)に、43歳でケリー・パブリック(アメリカ)に完勝。さらに46歳にして世界タイトルを奪取して史上最年長王座奪取記録を作ると、自らが持つレコードを48、49歳と更新し、業界全体からのリスペクトを勝ち得ていった。

最高の引き際

華やかさに欠けるボクシングスタイルは、万人受けするものではなかった。試合前のやりすぎの演説、リング外のパフォーマンスにも辟易とさせられた。筆者も含め、ビッグファイトのたびに、“今度こそはっきりと負けてほしい”と願ったボクシングファンは多かったに違いない。

しかし、これほど長期に渡ってコンディションを保ち、一回りも二回りも若いファイターを空転させる選手を尊敬しないわけにはいかない。そして、本人の言葉通り、彼のスタイルやフィロソフィを嘲笑するものはいつしかいなくなった。

2011年10月にはチャド・ドーソン(アメリカ)に、2014年11月にはセルゲイ・コバレフ(ロシア)に明白な形で敗れたが、それでも挑戦を止めなかった。自らのやり方を貫いた仕事師は、結果を出し、リングに立ち続けることで、世代を超え、世界中のファンにその存在価値を認めさせたのである。

「タイミングがすべてで、私は自身の計算通りに進んでいる。多くの人が間違っていると証明してきた。もうやり残したことはないし、振り返れば、やりたかったことはすべて成し遂げてきたんだ」

そんな言葉通り、ホプキンスはスミス戦後についに身を引くのだろう。

簡単に身を滅ぼしがちな多くの元ボクサーと違い、ホプキンスは経済面では問題ないとされる。HBOでの解説は評判も良く、今後もコメンテーターとして仕事はあるはず。また、それ以外の形でも名声を生かせるのではないか。

筆者は米国内のフライトでホプキンスの近くに座った経験があるが、リング上とは違い、謙虚な態度で周囲の人々に接しているのを見て感心した記憶が残っている。そんな姿勢を保てば、これから先も様々な分野で活躍できるに違いない。

「polarizing figure」(評価、好き嫌いが二分する)。長くそう評されてきたホプキンスだったが、本人の言葉通り、業界内での立ち位置はすでに大きく変わった。だとすれば、今こそが最高の引き際。スミス戦で勝っても、負けても、ファンは最後に老雄に盛大な拍手を送るはずである。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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