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鉄道会社のあやふやな態度が"撮り鉄"の迷惑行為を助長する

杉山淳一鉄道ライター

鉄道趣味の特長は、趣味人が趣味の対象となる鉄道会社にお金を使わないことです。逆に見ますと、鉄道会社は、趣味者に向けた商売をしていません。これが、鉄道ファンとゲーム・アニメ・アイドルのファンの違いです。ゲーム会社にとってゲームファンはすべてお客様。アニメ制作会社にとってもアニメファンはすべてお客様。アイドルもそうです。でも、鉄道会社にとって鉄道ファンは「大勢のお客様のうちのホンの一部」です。鉄道会社にとって大事なお客様は、通勤・通学・通院・その他用務と観光客です。

趣味の対象と趣味人が相互依存関係にないという分野は、鉄道だけではありません。航空分野など乗り物系、建築系の趣味もそうです。実は、釣りや天文、登山など、自然を対象とする趣味もそうです。釣り人は海に直接お金を払いませんし、海も釣り人のために便宜を図ってくれません。空も山もそうです。海や空や山は趣味人の営みをすべて受け入れてくれます。しかし、鉄道の場合は自然ではなく、企業、つまり人の営みです。感情があります。何事にも耐えてくれる存在ではなく、好意を寄せられれば悪い気はしませんし、行き過ぎた行為は迷惑だと感じます。

では、鉄道会社にとって鉄道ファンはすべて邪魔かというと、そうでもないですね。少ないとはいえお客様です。先に挙げた観光という部分で、最近は鉄道趣味者を対象とした企画も増えてきました。しかし市場としては小さいわけです。鉄道会社の本業は旅客・貨物輸送であって、趣味需要はわずかです。だから鉄道会社にとって鉄道ファンはさほど重要ではありません。しかし、鉄道に限らず、企業は好意を持ってくれる人を尊重します。ときどきファン向けの趣味的な企画も開催します。鉄道趣味人から見ますと、鉄道はツンデレな存在といえます。

私はこういう状況を踏まえて撮り鉄問題を捉え、「鉄道ファンは鉄道会社にとっていいお客さんではない」「鉄道ファンはそこを踏まえて行動しなくちゃダメ」と思っています。純粋に鉄道を愛し、鉄道を理解している鉄道ファンにとっては共感できるはずです。1年前にそんな記事を書いたところ、最近になって撮り鉄の素行が問題になり、全国紙からインタビューされました

私は撮り鉄評論家ではなく、純粋な鉄道ファンの一人ですし、なるべく鉄道に関する楽しい話題を発信したいわけです。でも、この問題に苦言を呈する人が他にいないようで、こういう役回りになってしまいました。

撮り鉄問題のインタビューでしたから、鉄道ファンの話題として認知されています。しかし、この問題の本質は鉄道ファンだけではありません。どんな分野でもある話です。おそらくアニメやゲームなど他の分野でも、迷惑なファンは存在しているでしょう。でも、鉄道のは多くの一般の人々が利用しますから、社会問題になってしまいました。一部の鉄道ファンのお陰で、多くの純粋な鉄道ファンが偏見にさらされています。これは珍走団(暴走族)のおかげで多くの二輪ユーザーが困惑してきた事例と同じです。

鉄道趣味の場合は、純粋なファンと迷惑なファンとの境界が曖昧です。二輪の場合は道路交通法や迷惑条例などが境界を決めています。航空分野はセキュリティエリアが明確で、ファンも一般利用者も飛行機の運航を妨げられません。鉄道だって本当は運送約款などで迷惑行為を禁じていますし、刑法124条から129条において"交通の往来を妨害する罪"が境界となるはずです。

でも、鉄道会社は鉄道ファンの迷惑行為に対して直接行動を取りません。2010年にJR西日本は鉄道ファンの線路進入で運行を妨げられたと被害届を出しました。これが大きく報じられました。いままで寛容だった鉄道会社としては異例という論調でした。このほど私にインタビューした記者さんから「鉄道会社からコメントを取れない」と聞きました。鉄道ファンを批判したくないという気持ちがあるようです。多勢に無勢ですから、下手なことを言うと炎上します。企業イメージを損なうリスクもあるでしょう。

しかし、そんな態度が悪質な鉄道ファンを助長し、純粋な鉄道ファンまで偏見を持たれる事態を招いたと私は考えます。悪質な鉄道ファンが放任され、その結果、現場の職員は困惑し、純粋な鉄道ファンだけではなく、鉄道会社の本来のお客様である一般利用客まで迷惑を被っているのです。

そもそも、"交通の往来を妨害する罪"に該当するような輩を「鉄道ファン」と一緒にしないでいただけませんか。彼らはもはやファンではありません。ただの「往来妨害者」です。もともと大したお客さんでもないし、切り捨てても経営に影響はありません。

たしかに企業イメージは大切です。好きだと言ってくれる人にムチを打つような行為はしたくないでしょう。誰だって「好き」といってくれる人に悪い気はしません。しかし、好きが嵩じてストーカーになってしまったらどうしますか。好きだからこそ対象に危害を与えるという状況となったら、やっぱり警察に被害届を出すべきです。

往来妨害者に対して厳然とした態度を示す。これこそが、一般の利用者が快適に利用できる鉄道です。純粋な鉄道ファンにとって居心地の良い鉄道会社の姿です。鉄道趣味を健全にするためにも、不法行為に対しては被害者がしかるべき措置をとる。これが大切です。往来妨害者を放置すると、好意的な鉄道ファンだけではなく、大切にすべき一般のお客様も失ってしまいますよ。

鉄道ライター

東京都生まれ。信州大学経済学部卒。信州大学大学院工学系研究科博士前期課程修了。出版社でパソコン雑誌・ゲーム雑誌の広告営業を担当したのち、1996年にフリーライターとなる。IT、PCゲーム、Eスポーツ、フリーウェア、ゲームアプリなどの分野を渡り歩き、現在は鉄道分野を主に執筆。鉄道趣味歴半世紀超。2021年4月、日本の旅客鉄道路線完乗を達成。基本的に、列車に乗ってぼーっとしているオッサンでございます。

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