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弱者イジメを強化としなければならない日本代表の特殊事情

杉山茂樹スポーツライター

日本が4−0で大勝したイラク戦。テレビのスポーツニュースは、キャスターがニコニコ顔で、その模様を伝えた。ネットの見出しにも踊るような言葉が並んだ。

なぜもっと淡々と伝えられないのか。冷静になれないのか。子供ならまだしも、大人がこの調子ではマズイ。世界観の狭い、世界性に乏しい人。世界のスポーツ、サッカーを伝える役として相応しくない、非サッカー的な人に見えてしまう。僕は、日本サッカーが強くなるための一番の近道は、何よりこの悪い習慣を直すことだと思っている。

中心選手4人が来日できず、時差のためコンディションも悪かった。イラクの監督は試合後の会見で、アウェイのハンディについて切々と語ったが、それはサッカーの世界では立派な言い訳になる。敗因として十分通用する。ともすると負け惜しみに聞こえるが、日本がイラクの立場だったら、ハリルホジッチも同様な発言をしていたに違いない。

相手の立場になって考えてみることができない。想像することができない。日本のメディアに共通する問題点だ。理由は分かりやすい。日本代表が敵地で試合をする機会があまりにも少ないからだ。親善試合といいながら、舞台は8、9割方日本ホーム。計9試合行ったブラジルW杯後に至っては、アウェイ戦はゼロという有様だ。シンガポールで戦ったブラジル戦が、国外で戦った唯一の試合。

世界広しと言えども、ホーム戦とアウェイ戦のバランスが、ここまで偏った国も珍しい。相手国にとって日本は遠い場所にある。彼らは遠路はるばるやってくる。半端ではないアウェイのハンディを抱えながら試合に臨んでいる。

コンディションだけを比べれば、日本有利は最初から見えている。日本が0−2で負けそうな格上相手でも好勝負必至といえるが、そうしたチームがやってくる機会も滅多にない。年に一度がせいぜいだ。親善試合のほとんどが、試合前から勝って当然という甘い設定の中で行われている。弱い相手とばかり親善試合をしているわけだ。

ところが、その自覚がある人は少ない。親善試合を、勝つか負けるか分からない、相手と等しい関係にある対戦だと捉えている人が多くを占める。

そこで問われるのがメディアの役割だ。この偏ったバランスに気を配りながら伝えることがサッカー報道本来の務め。喜びすぎるファンを、ちょっと待ったと落ち着かせる立場でなければならない。少なくとも国民より冷静でなければならないが、実際はむしろその逆。ファンと一緒になって、いやファンを煽るように、必要以上に喜ぼうとする。好景気を演出しようとする。それに水を差す反省や検証は、なおざりにされがちだ。喜び9割、反省1割。先日のイラク戦に至っては10対0ぐらいの関係だった。

まもなく始まるW杯アジア2次予選は、公式戦ながら、日本と同じグループに属するチーム(シンガポール、カンボジア、シリア、アフガニスタン)は、楽勝が予想される弱小ばかりだ。しかも、そこで2位以内に入れば最終予選進出。ハードルは恐ろしく低い。だが、そのことに触れようとする人はほとんどいない。「いよいよW杯予選が始まります」と、メディアは大層なこととして伝えようとする。

強化という視点に立つと、ほとんど役に立たない試合ばかりだ。そうした、勝って当たり前の試合ばかりを多くこなす日本。弱いチームとの対戦を強化としなければならない構造にメスが入らなければ、監督がどれほど優秀でも、強化は進まないのだ。目の前の試合には大抵勝つだろう。最終予選も、アジア枠が4.5もあるので、厳しい戦いはごくわずか。8割の確率で本大会出場を果たすだろう。

ザックジャパンは、予選を突破した瞬間、とても強いチームに見えた。本番での惨敗劇を予想する人は皆無に等しかった。史上最強。メディアはそう称え、ファンもそれにつられるように楽観的なムードに浸った。ザックジャパンはそこから急降下していったのだが、ブラジルW杯後の推移を見ていると、それが教訓として生かされている様子は見られない。今回も同じ過ちを犯しそうな気がしてならない。勝利こそを強化の成果物と捉える癖は、まるで抜けていないのだ。

強化に繋がる試合が少なすぎる。弱いものイジメが多すぎる。この点が改善されない限り、W杯本番での飛躍は望めないと僕は思うが、ハリルホジッチの最近の発言を聞いていると、力が入りすぎているような印象を受ける。思い切り新鮮な気持ちで、これからの3年間に向かおうとしている感じだ。日本が置かれている特殊な事情を理解しないままに。

本番が近づくにつれ失速するパターンにはまり込みやしないか、僕は心配で仕方がない。

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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