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カンプノウ並みの衝撃。吹田スタジアムでサッカー観戦が変わる

杉山茂樹スポーツライター
吹田スタジアム Photo by Shigeki SUGIYAMA

ピッチが近い。おそらく日本で一番。ゆえに観客は臨場感を存分に満喫できる。1階席の前列に陣取れば、選手がボールを蹴る音、タックルする音、息づかいや、ベンチからの指示等々も聞こえてくる。ガンバ大阪の長谷川健太監督は「スタンドが至近距離に迫っているので、サポーターと目が合いやすい」と苦笑いした。

しかし、1階席で観戦するか、上階で観戦するかと問われれば、僕は後者を選択する。半分身を乗り出して、のぞき込むようにして目を凝らす。まさに俯瞰の眺望こそが、吹田サッカースタジアム最大の売りだ。

眺望抜群のスタジアムで想起するのは、バルセロナのカンプノウだ。その正面スタンド最上階に設置された記者席からピッチを見下ろせば、それまで築き上げてきた概念は一変する。サッカーが違うものに見えた記憶があるが、吹田スタジアムでは同種の衝撃を味わうことができる。

碁盤や将棋盤に目を落とす感覚。飛んだり、蹴ったり、跳ねたり……ではないもの。長考が求められる、知的で複雑な競技にサッカーが見えてくる。関ヶ原の戦いのような合戦を、高い位置から見下ろしている感覚といってもいい。

(ルイジ・フェラーリス+アイブロックス)÷2。瞬間、頭をよぎったのは、この2つのスタジアムだ。前者はサンプドリア&ジェノア(イタリア)のホーム。後者はグラスゴー・レンジャーズ(スコットランド)のホームだが、いずれも視角の急なスクエアで反響率の高いスタジアムだ。

吹田スタジアムの正面スタンドを背にして左ゴール裏席に陣取るG大阪の応援は、確かにスタジアムによく響き渡った。応援団のリーダー格は、これまで通り、拡声器を使って統制を図っていた。だがこのスタジアムに拡声器は無用。そう言いたくなるぐらいよく響く。

しかし、試合中のスタンドは比較的落ち着いていた。というか、黙ってピッチの様子に見入っている人の姿が目についた。上階のスタンドに座る観戦者ほどその傾向が強かった。

「カンプノウ」的な静けさなのだ。カンプノウに足を運べば、ファンで埋まったスタンドが、思いのほか静かなことに驚く。だがその静寂は、緊張感の裏返しだ。ピッチには声の代わりに、鋭い視線がレーザービームのごとく投影されている。吹田スタジアムの上階席に漂っていたものはこれ。観衆の”見入っている様子”だ。彼らはピッチに鋭い目線を送っていた。急な視角を保ちながら次なる展開に思いを巡らせているようだった。

パナソニックカップと銘打って行なわれたこけら落としの一戦は、3対1でホームのG大阪が名古屋グランパスに勝利した。名古屋はこれで練習試合3連敗。「小倉隆史新監督大丈夫か?」とのムードが漂い始めているが、吹田スタジアムの最上階から見る限り、内容はさほど悪くなかった。

サッカー界には「いくら内容がよくても、勝たなければどうしようもない」との声がある。まさに現実主義者、結果至上主義者の声だが、この最上階からよく見えるのは、それとは真反対の内容だ。議論の余地があるのはこちらの視点。結果以外のことについて語りたい人にお勧めの観戦ポイントだ。

監督にも不可欠な視点だ。ベンチにいながら、俯瞰の目を兼ね備えているのがいい監督。平面の視点しか持てないのがダメな監督と言われる。だが、吹田スタジアムの上階並みの視点を持つ監督はさすがに少ない。観衆の方が監督より見えた状態にある。記者席に座る記者の方が監督より見えているのだ。

試合後の記者会見で胸を張ったのはG大阪、長谷川監督。小倉監督は終始うつむき加減だった。記者席から俯瞰で見た印象と、それぞれは異なる反応をした。もっと自信を持つべきは小倉監督。もう少し心配すべきは長谷川監督。俯瞰で眺めた僕の見解だ。

35度以上ありそうな傾斜角。日本で最も見やすいスタジアムと断言したくなる。収容人数4万人。総工費はおよそ140億円だ。コストパフォーマンスに優れている点も、このスタジアムの魅力になる。

140億円でこれほどのスタジアムができるのに、新国立競技場の建設にはなぜ1500億円以上もかかるのか。8万人収容なら、140×2=280億円でできるのではないかという声を聞く。だが、その答えは、吹田スタジアムに足を運んでみれば実感できる。「できるにはできるだろうが……」がその答えだ。

率直に言って簡素だ。日本で一番簡素なスタジアムかもしれない。何より頼りなく見えるのは内部施設。建物全体が「薄く」容積がないので、記者会見場などイベント開催に必要なスペースが手狭なのだ。分かりやすいのはトイレの数。ハーフタイムにスタンド下のコンコースを歩いてみれば、各トイレの前には数十メートルの行列ができていた。絶対数が足りない。「薄い」ので、作るべきスペースを確保できないのだ。

長蛇の列。ハーフタイムのトイレ風景
長蛇の列。ハーフタイムのトイレ風景

階段を上り下りする時に響き渡る音も安普請ゆえだ。重厚感ゼロ。格安マンションさながらの高くて軽い音。階段の一部は鉄筋コンクリート製ではない。工事現場に設置されているような金属製がその多くを占める。カンカンと安っぽい音が響き渡るのはそのせいだ。

さらに言えば内装も、新築なのにピカピカ感、高級感に欠ける。仕上げを安く済ませたなとの印象。1クラブの専用スタジアムとしては上々だが、仮にこれで「国立」だとすれば、悲しい建物に見えるだろう。案内表示に至っては、まだこれからという感じ。アクセスを含め「お・も・て・な・し」を云々するレベルには達していない。

眺望抜群、臨場感満点の器ができただけ。スタジアムの評価は、眺望や臨場感だけで決まるものではない。これですべて終了、100%の完成型であってはほしくない。

(集英社 Web Sportiva 2月17日掲載原稿)

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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