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小倉新監督よ、下を向くな。ベンゲル時代を想起させるグランパス

杉山茂樹スポーツライター

現役引退後、監督ライセンス取得を目指しながら、一方でテレビの世界でも活躍していた小倉隆史。持ち前の人を惹きつける力、喋りのセンスを生かし、解説者、評論家としてだけでなくタレントとしても非凡な才能を発揮していた当時の彼に、監督として采配を振るう姿はまるで想像できなかった。

それが今季から、GM兼任の監督に就任。しかも名古屋グランパスだ。予算規模はJの中でもトップクラスながら成績は不安定。決していい流れにあるクラブではない。小倉新監督で大丈夫なのか? 監督経験がまったくない新人を登用したケースは、今季のJ1リーグの中では小倉のみ。懐疑的な目で見る人は少なくない。

吹田スタジアムのこけら落としを兼ねた先日のガンバ大阪戦は1−3。プレシーズンマッチの成績も、これで3連敗だ。新監督は終始うつむき加減で試合後の監督会見に臨んだ。しかし、目に飛び込んできたサッカーに、悪いイメージを抱くことはなかった。新人監督としてはむしろ上々。「スジのよさ」さえ感じさせるほどだった。

その中盤フラット型の4−4−2を俯瞰して想起したのは、いまから20年前の名古屋だ。そのとき監督を務めていたのはアーセン・ベンゲル。小倉はそこでドラガン・ストイコビッチと2トップを組んでいた。この布陣は当時のJリーグにあってきわめて画期的だった。欧州では普通に存在していたが、日本ではほぼ一切、お目にかかることができなかった。

欧州ではプレッシングの定番布陣として通っていた中盤フラット型の4−4−2。だが当時、日本にその文化は入ってきていなかった。同じ頃、代表チームの監督を務めていた加茂周氏が採用していた布陣は中盤ボックス型の4−4−2。4分割表記にすれば4−2−2−2。ブラジル式の非プレッシングスタイルで、プレッシングサッカーに臨もうとしていた。

その矛盾を一目瞭然にしたのがベンゲルのサッカーだった。「プレス!」と監督が大声で叫んでも掛かりの悪い日本代表と、監督が何も叫ばずとも自ずと掛かる仕組みになっていた名古屋。当時の名古屋は、それほど進歩的なサッカーをしていた。

それから20年経つが、日本のサッカー界でプレッシングをきちっと決めるチームは少ない。Jクラブ、代表チームともに、だ。5バックで引いて守ろうとする割合がここまで高い国も珍しい。オーソドックスな4バックを採用するチームでも、気がつけば4−2−2−2的になっている。

ポジションをカバーする概念が低いことが、その最大の原因だ。流動的という名のもとに、選手は勝手に動き回ってしまう。集団性の低いサッカーに陥りがちだが、小倉新監督率いる名古屋に、そうした日本の悪しき風習は見られない。集団性の高いサッカーで、プレッシングを追求しようとしている様子が目に止まる。集団美さえ感じさせるほどだ。

その中心として機能しているのが、4−4−2上でセンターハーフを担当している主将の田口泰士だ。

褒めすぎを承知で言えば、ベンゲル時代のデュリックス。そのパスセンスは明らかに代表クラスだ。実際、田口は代表としてアギーレ監督時代に3試合に出場した経験がある。遠藤保仁、今野泰幸、長谷部誠の復帰とともに、外れることになったが、ハリルホジッチ体制下では一度も招集されていない。

その守備的MFでいま代表のスタメン候補と言えるのは、まず長谷部、次に山口蛍。U―23の遠藤航にも注目が集まっている。流れから少し外れた場所に置かれている田口だが、力的には十分足りている。まとめて倒す潜在能力を備えている。

出身は沖縄だ、と言われて思い出すのは20年前、ベンゲル監督から高い評価を得ていたMF喜名哲裕だ。その後、地元沖縄で指導者に転じた彼曰く、「沖縄出身の選手は、本土の選手より身体能力が総じて高い」そうだ。それが田口のプレーとどう関係しているのか、定かではないが、何より目を引くのはボディバランスだ。それにステップワークと視野の広さ。さらにボールを奪う力も増している。

山口蛍よりプレーがいい意味で重く、遠藤航より視野が広くパスセンスが高いとは、僕の見立てである。名古屋のチームリーダーである彼が、代表チームの中心で活躍するくらいでなければ、名古屋の前途は暗いと思う。

それ以上に気に掛かるのは、新監督の小倉が思いのほか真面目、常識人だということだ。練習試合で3連敗すると、内容が悪くなくても下を向いてしまう。敗因を「自分と相手の監督との力の差だ」と、素直に述べてしまう。図々しくないのだ。さらに言えば、現役時代に人気者だったがゆえに、他人から批判されることに慣れていない。監督として逆境に強いタイプとは言い難い。

浮沈のカギを握る人物は、アシスタントコーチ兼スポーツダイレクターとして招かれたステンリー・ブラート氏だ。彼が裏の監督として小倉監督と、ストイコビッチとボシュコ・ジュロブスキ、フランク・ライカールトとテンカーテのような関係に至ることができれば、大きな間違いは起きなそうな気がする。

(集英社 Web Sportiva 2月24日掲載原稿)

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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