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EL3連覇。セビージャがリバプールを一蹴した「攻撃は最大の防御」

杉山茂樹スポーツライター

ヨーロッパリーグ(EL)決勝。後半25分、コケのゴールが決まりスコアは3対1に。セビージャはリバプールに対し2点リードの状況で、残り20分+ロスタイムを戦うことになった。

逃げ切りは成功するか否か。それこそがこういう場合の一般的な見どころだ。マラソンで言えば35キロ付近。野球で言えば7回裏。しかも試合は決勝戦だ。リードしている側は逃げようとする。多くのスポーツではそれが常識だ。しかし、セビージャは前に出た。3連覇がかかるディフェンディングチャンピオンは、後ろを気にせず追加点を狙いにいった。

相手のリバプールは、精神性の高いクラブとして知られる。ツボにはまると実力以上の力を発揮する神がかり的なところがある。実際、ドルトムントと対戦した準々決勝では通算スコア1対3の状況から、試合をひっくり返すことに成功した。

リバプールの魅力を語る時、毎度引き合いに出されるのが、04~05のチャンピオンズリーグ(CL)決勝だ。0−3から3−3に追いつき、延長PKでミランを下したイスタンブールの一戦だが、ドルトムント戦もこれに通底する、リバプールらしさを全開にした痛快なる逆転劇だった。

チェルシー、マンチェスター・ユナイテッド、マンチェスター・シティ、アーセナルにはない魅力。イングランドの最近の4強は、いずれも無心になれない弱みがある。100の力を100以上発揮しにくいチーム。挑戦者になりきれない高慢なキャラだ。バルセロナ、レアル・マドリードに太刀打ちできなくなった大きな理由のひとつだが、かつて4強の一角を形成していたリバプールは、それが普通にできるチームだ。簡単にガックリしたり、へこたれたりしない、いい意味で鈍感な、大人っぽくないところがある。

2対1から3対1に差を広げても、セビージャは少しも油断できなかったはずだ。ウナイ・エメリ監督はしかし、そこで、後ろに下がって守る逃げ切り作戦を採用しなかった。セビージャが、よく見かける一般的なコンセプトで臨まなかったことが、リバプールには誤算だった。

リバプールが準決勝で対戦したビジャレアルは、セビージャとは異なる方法論で迫ってきた。第1戦を終えて1−0。アンフィールドで行なわれた第2戦では、頭から用心深い戦いをした。普段は中盤フラット型4−4−2から、高い位置でプレスを掛け、ボールを奪取することを信条とするビジャレアル。だが、第1戦でリードを奪うと引いて守ってしまった。それがリバプールの眠っていた力を呼び覚ます結果になった。ビジャレアルが決勝進出を逃した原因、EL決勝対決がCL同様、スペイン同士にならなかった原因だと言える。

決勝戦。試合への入りがよかったのはセビージャだが、先制点を奪ったのはリバプール。前半35分、ダニエル・スタリッジが決めた左足のアウトフロントキックは、いったん、枠外方向に飛び出しながら、スライスが掛かりサイドネットに収まるという、右利きの人間にはフック弾道に見える画期的かつ芸術的な弧を描いた。スタリッジに対峙していたブラジル人SB、マリアーノ・フェレイラは、マークについていながら、なすすべもなくやられた。スタリッジに技巧を発揮された。

ブラジル人選手にとってマタ抜きされることほど屈辱的なことはないと聞く。技巧派選手は、目の前で自分以上の技巧を発揮されると穏やかではいられないそうだが、その闘争心は後半開始直後、同点ゴールのアシストとして発揮された。マリアーノ・フェレイラは、相手2人に囲まれながらも縦突破を決め、マイナスの折り返しに成功。フランス人FWケビン・ガメイロに同点ゴールをもたらしたのだ。

リバプールはそこで前を向けなかった。攻撃的になれなかった。逃げ切りを図っていた矢先に失点を喫し、セビージャに攻勢を許した。急に欲が出てしまったという感じだ。来季のCL本選出場。EL優勝チームに与えられる大きなご褒美が目の前にちらついてしまった。そう言っていい。

それは監督を務めるユルゲン・クロップの欲でもある。リバプールの今季のプレミアにおける順位は8位。プレミア内の力関係では、来季の欧州戦線への出場は閉ざされていた。狙うはこの勝利のみ。前回の優勝枠だ。かつてドルトムントで高評価を得たドイツ人監督にとって、欧州戦線への復帰は、自身に課したノルマであったはず。後半、受けて立ってしまった原因のひとつと思われる。後手を踏む采配をしてしまった。ウナイ・エメリは逆に、チームを蘇らせることに成功。EL3連覇の偉業をも達成した。

とはいえ、これは一風変わった偉業だ。セビージャの国内リーグでの成績は7位。CL出場圏内(4位以内)まで12ポイントも離れている。早い話、スペインではたいしたチームではない。にもかかわらずEL3連覇。この違和感はELそのものの立ち位置と大きな関係がある。

CLを欧州の上位32チームで争う欧州1部リーグとするなら、ELは48チームで争われる欧州2部リーグ。セビージャはその優勝チームにすぎない。

だがスペインは1部(CL)でも2部(EL)でも、上位を独占した状態にある。28日に迫ったCL決勝は、13~14シーズンに続くマドリード・ダービーだ。今回、準々決勝で本命バルセロナを退けた相手も、自国のアトレティコ・マドリードだった。

数値で見ればスペイン優勢はより鮮明になる。今季スペイン勢が欧州戦線で獲得したポイントは、23.641という数字になるが、これは欧州サッカーにポイント制が導入されて以来、最高の値。過去5年の数値の合計で順位化する欧州リーグランキング(カントリーランキング)においても、2位ドイツにかつてない差をつけている。

スペインがこのランキングで首位に立ったのは2000年。08~12年までイングランドにその座を譲っていたが、13年に奪還するや、2位との差をグイグイ広げ、現在ではひとり勝ちの状態にある。

なぜか。それは20世紀末から、欧州に一気に浸透していった攻撃的サッカーの旗振り役を、スペインが担っていたことと大きな関係がある。対立軸であったイタリアサッカーは大きく衰退。後ろに引いて構える守備的サッカーでは勝てない。欧州でそれは、スペインの興隆とセットで語られている話だ。

引いたら危ない。セビージャがリバプールに対して示した姿勢がまさにそれだった。3対1になっても引かず、キチンと攻める。これこそが最大の防御であることを、あらためて知らしめた一戦。近年の欧州サッカー史の流れに限りなく沿った一戦。今回のEL決勝は、現代サッカーそのものとして僕の目に映った。

(初出・集英社/Web Sportiva5月19日掲載)

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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