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ウェールズ4強入り。痛快劇を生んだベルギーの愚

杉山茂樹スポーツライター

前評判で4番人気に推されていたベルギーが、当初、アウトサイダーと目されていたウェールズに敗れる波乱が起きた。

イングランドを抑え、グループリーグを首位通過したウェールズ。とはいえ、戦いの舞台となったリールは、フランスとベルギーの国境の街だ。地理的に、ベルギー側に出っ張った場所に位置する、ベルギー色の強い土地柄。ウェールズにとっては、ほぼ完全アウェーだ。ウェールズの快進撃もここまでか。そう考えるのが一般的だった。

ウェールズの健闘とベルギーの苦闘。この一戦で、それぞれの明暗はハッキリと分かれた。ウェールズサイドから見れば、これ以上の痛快劇はない。名前の知れた選手が数多くいる強者が、そうではない弱者に敗れる様は、第3者にもエンタメ性の高いものとして映った。

逆に、ベルギーのサッカーは最悪に見えた。ベルギーが地元で赤っ恥を掻いた一戦といっても過言ではない。原因は、言うまでもなく監督の力の差。記者席に備え付けられたモニター画面に再三、映し出されるヴィルモッツ監督の表情が、こちらにはとても哀れに映った。

前評判で4番人気に推された一番の理由は、選手の知名度だ。アザール、デブライネ、ルカク、フェライーニ等々、欧州のクラブサッカーで活躍する選手を多く含む代表チーム。とりわけ、中盤から前の方に好選手は多く存在するが、いかんせんバランスが悪い。前後、左右がひどく歪んで見える。

後半頭から、右ウイングで先発したカラスコに代わり、フェライーニが投入されると、その傾向はより顕著になった。4−2−3−1の3の右の選手をベンチに下げ、真ん中で構える選手を投入したわけだが、これは右サイドのアタッカーが不在になったことを意味した。

もともとカラスコの逆側、4−2−3−1の3の左に位置するはずのアザールは、よく言えば縦横無尽に、悪く言えば、勝手に動き回る選手なので、左の高い位置も人が不在な時間が多い。ベルギーは、両サイドバック以外のフィールドプレイヤー8人がピッチの中央に固まるサッカーに陥った。

展開のないサッカー。左右のないサッカーだ。つまりボールを奪われる位置も真ん中が増える。好ましくない場所で、頻繁にターンオーバーが起きることになる。

最終ラインに掛かる負担は必然、増す。だが、ベルギーの後ろの選手は前の選手に比べ、選手の質が低い。フェルトンゲンが欠場したこの日はその傾向に拍車が掛かっていた。

強力とされる攻撃陣が、よくないボールを奪われ方をし、強力ではないとされる守備陣に負担を掛けるサッカーだ。

一方、ウェールズは3バックのチームだ。今大会ではイタリアとウェールズしか3バックは存在しないが、イタリアの3バックより断然、攻撃的だ。3−5−2の5の両サイドが、高い位置を保ちやすいサッカー。言い換えれば、5バックになりにくいサッカーだ。ウイングバックではなく、ウイングハーフを維持しやすいサッカーと言ってもいいが、それを可能にしているのは「5」の真ん中の3人と、2トップの一角で、下がり気味に構えるベイルだ。

この4人が真ん中に固まらず、ピッチにバランスよく散るので、ウイングバック(ウイングハーフ)が孤立せずに済むのだ。日本でよく見かける3バックとの違いでもある。守備的にならないような工夫が十分に施されている。

一方のベルギーの両サイドが前述の通り、両サイドバック各1人になるので、ウェールズは両サイドで「数的有利」な状況になる。

3バックは両サイドを突かれやすいので、5バックと紙一重と言われる。その警戒を怠ると、守備的サッカーに陥るが、ベルギーにはウェールズの弱点を突こうという意図が皆無だった。逆に、布陣的には攻撃的だと言われる4−2−3−1を採用しておきながら、そこをウェールズに突かれてしまうという愚を犯した。

この試合のボール試合率は、次のような関係だった。ベルギー52%対ウェールズ48%。選手のネームバリューを考えれば、そして4−2−3−1対3−5−2という布陣の関係を考えれば、60対40を大きく越えてもおかしくないにもかかわらず、両者ほぼ互角だった。

ベルギーは最終ラインが強力なら、もう少しなんとかなったような気もするが、サッカーの質でウェールズに大きく劣っていたことは疑いようのない事実。頭の悪いサッカー。ベンチの力、監督の力が疑われるサッカー。悪いサッカーの見本そのものを見た気がした。

地元で最悪のサッカーをして、伏兵ウェールズに惨敗したベルギー。千載一遇のチャンスを逃した。僕にはそう見えて仕方がない。

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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