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石井監督を讃えよう。レアルも驚く鹿島の「攻めながら守る」サッカー

杉山茂樹スポーツライター
写真:岸本勉/PICSPORT(本文中も)

試合の興味をどこまでつなぎ止めてくれるか。鹿島アントラーズの健闘を期待したこちらにとって、カリム・ベンゼマが挙げた前半9分のゴールは、現実を知るには早すぎる痛い失点だった。観衆の反応も同様。瞬間、スタジアムに湧いた大きな溜息に、試合は決したも同然の空気を感じ取ることができた。

しかし試合は、レアル・マドリードのひとり舞台にはならなかった。小笠原満男がその1分後に放った、ゴールマウスをかすめるようなミドルシュート。この一撃が、スタジアム内に緊張感を呼び戻すことになった。

試合を早く終わらせ、タイトルを手にして帰りたい。そんな声が聞こえてきそうな、雑で淡泊な攻撃を繰り返すR・マドリード。対する鹿島は、何とかやっていけそうな手応えをつかんだかのように見えた。選手に自信が、時間の経過とともに漲(みなぎ)っていくようだった。

それが前半44分、柴崎岳の同点ゴールとして結実した。端的に表れたのがアシスト役を演じた土井聖真の、その一連のウイングプレーだ。左サイドでボールを受けると、彼は切り返して右足でセンタリングを送ろうとした。ひと言でいえば、冒険心に欠ける無難なプレーである。

こちらの期待が萎みかけたその瞬間だった、土居が勇敢なプレーに転じたのは。再度、大きく切り返すと縦突破を敢行。深い位置から左足でマイナスのセンタリングを送り込んだ。それが柴崎の同点ゴールにつながったわけだが、もし右足で送球していたら、ゴールは生まれていなかったと確信する。

シューターの柴崎にとって、合わせやすいのはマイナスの折り返しだ。ディフェンダーとボール、そしてゴールを、同時に視界に捉えることができるからだ。一方、中央で待ち構えるセンターバック(この場合はラファエル・ヴァラン)にとって嫌なプレーもマイナスの折り返しだ。ボールの出どころとマーカーとを同じ視野に入れることが難しいからだ。

だが、縦抜け&マイナスの折り返しの決断には勇気が必要とされる。しかもその時、土居はR・マドリードのディフェンダー2人に囲まれていた。

脚光は、ゴールを決めた柴崎に当たりがちだが、試合を接戦に持ち込む重要なゴールをお膳立てした、土居の果敢でダイナミックなプレーも、それと同じくらい価値がある。もっと称賛されていいプレーだ。

写真:岸本勉/PICSPORT
写真:岸本勉/PICSPORT

この柴崎の同点弾は、今大会で鹿島が挙げた通算8ゴール目だ。そのうち、流れの中で決めた7ゴールには、すべて共通するポイントがある。

サイド攻撃だ。その折り返しをゴールに結びつけている。例の小笠原の惜しいミドルシュートも、柴崎の右ゴールライン際からの深々とした折り返しからだった。

Jリーグチャンピオンシップしかり。準決勝(川崎戦)、決勝(浦和戦)の計3試合で挙げた3ゴール中、浦和戦のPKを除く2ゴールがサイド攻撃による産物だ。

つまり、サイド攻撃は、鹿島がポストシーズンに入って流れの中で奪った9ゴールすべての原因になっている。それもかなり直接的な、だ。シーズンの最後に急上昇した鹿島を語る時、これは外せない要素だ。勝因としてよく語られるのは、伝統、堅守、粘り等々だが、サイド攻撃はそれらより何倍も明快。説得力がある。

試合に目を凝らせば一目瞭然。彼らは真ん中を避け、徹頭徹尾、サイドにボールを意図的に運ぼうとする。サイドは真ん中より、相手のプレッシャーを浴びにくい場所だ。またボールを奪われても、そこは真ん中より自軍ゴールまで遠い距離にあるので、その分だけリスクが少ない。真ん中とサイドと、同じ高さで奪われたとすれば、サイドの方がはるかに安全なのだ。

安全ルートを進みながら、チャンスを作ろうとする。奪われる場所にこだわりながら、用心しながら攻める。鹿島は攻めながら守ろうとしているのだ。

サッカーには古くから「中盤を制すものは試合を制す」という格言がある。しかし、中盤でのプレッシャーが強まる現代サッカーにおいては「サイドを制すものは試合を制す」が、新しい格言として浸透。プレッシャーの少ないサイドを有効に活用することが、支配率を高める重要な要素になっている。 

R・マドリードの59に対して鹿島の41。これは決勝戦のボール支配率だが、鹿島はこの関係で思いのほか健闘した。過去、最も差が著しかった試合は2011年決勝のバルセロナ対サントス(4-0)の71対29だが、鹿島とR・マドリードが対戦する今回は、それ以上に開いてしまうのではないか、つまり試合にならないのではないかと当初、危惧されていた。

心配が杞憂に終わり、大善戦した理由は、サイド攻撃に徹した戦いぶりと密接な関係にある。実際、鹿島は危険な真ん中付近でボールを奪われる機会が少なかった。もちろん、それを連続させ、パニックに陥ることもなかった。R・マドリードのプレーに唸ることは幾度かあったが、鹿島のプレーに落胆する機会は少なかった。奪われる場所は、サイドという安全ゾーンがほとんど。鹿島は、非常に頭のよい計算された戦い方をした。

石井正忠監督の力量のほどが偲ばれる。讃えるべきはまず監督。選手より先に挙がるべき名前だと思うが、この少々地味に映る監督の采配について、メディアはあまり言及していない。テレビ解説者しかり。

徹底したサイド攻撃。それは監督の指示に従おうとする選手の姿そのものだ。指示通りに戦えば、結果は残せる。力関係で劣ってもなんとかなると、選手は強い相手との戦いを通して確信を得ることになったはずだ。

コンセプトが明快なのでプレーに迷いがない。思い切りがいい。日本人の取り柄だと言われる忠実で勤勉なプレーも発揮しやすい。真面目であるうえに頭脳優秀なチームに見える。

国内では、お目にかかりにくいサッカーだ。サイド攻撃を追求するクラブはJリーグにまず存在しない。鹿島と同じコンセプトで戦うチームは2つとない。狭い視野で眺めれば、そのサッカーは異端に見えるが、実際は限りなく正統派。日本に欠けている要素が満載された、追求するべき模範的なサッカーだと僕は思う。

真っ先に讃えるべきは柴崎ではない。鹿島のサッカーそのものだ。10の力を8しか発揮できなかったR・マドリード。7しかない力を7フルに発揮した鹿島。鹿島が7の力をフルに発揮したからこそ、R・マドリードは8しか力を出せなかった。石井監督の功績はもっと讃えられるべきである。

(初出 集英社WebSportiva 12月20日掲載)

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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