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ブラジルカラーから大転換。鹿島は日本のアトレティコ。石井監督はシメオネだ

杉山茂樹スポーツライター

熱戦度、接戦度ともにハイレベル。急傾斜で知られる吹田スタジアムの良好な眺望と相まって、天皇杯決勝、鹿島対川崎は目の離せない好勝負になった。日本の国内サッカー史上ナンバーワンの試合だった可能性さえある。

鹿島はこの優勝で、Jリーグのクラブとして通算19冠を達成した。見出しに適したエピソードながら、クラブの伝統話を全面に優勝ストーリーを展開すれば、現在の魅力を伝える絶対量が減る。平凡な、ありきたりの優勝話になるどころか、的外れになりかねない。ブラジルに傾倒した過去の優勝と、今回の優勝とは、決定的に違うのだ。

正面からキチッと向き合わないと、日本サッカー界にとって損失に繋がる、価値の高い優勝だと思う。

この天皇杯を史上最高のレベルの試合に押し上げた最大の要因は、鹿島が披露した独得のサッカーにある。Jリーグ優勝、クラブW杯準優勝、そして今回の天皇杯。もし僕が海外在住者で、鹿島の試合を初めて観戦したなら、こう呟いていたと思う。

「このチームの監督って誰?」

監督の存在が偲ばれるサッカー。石井正忠監督の崇高な理念と、その理に叶った指導が、隅々まで行き届いた規律正しいサッカー。

ハイライトとなったクラブW杯決勝、対レアル・マドリーを観戦しながら想起したのはマドリーダービーだ。13−14、15−16のチャンピオンズリーグ決勝でR・マドリーと欧州一を懸けて争った関係にもあるアトレティコ・マドリーの姿だ。

勝って当然の王者に対して、アトレティコはなぜ互角以上に渡り合えるのか。その答えと同じ要素を、クラブW杯決勝でも見ることができた。

鹿島とアトレティコ。両者のサッカーは、すべて似ているわけではないが、強者である相手に攻め込まれてもパニックにならない、ダメージを食いにくい点で一致する。

ダメージを食っていれば、マイボールに転じた時に影響が出る。半分混乱しながら攻撃に転じれば、つまらないミスが起きやすい。悪いボールの奪われ方に繋がりやすいが、アトレティコと鹿島にはそうした瞬間が少ない。いいボールの奪われ方を、最後まで持続する力がある。そのための研究が尽くされていることが、吹田スタジアムのような鋭い視角のスタンド上階から俯瞰で眺めると、手に取るように分かるのだ。

クラブW杯決勝で、同点(2−2)にされた後の鹿島は、後半の終盤を迎えるにつれ、攻勢を強めた。ファブリシオや遠藤康が、惜しいシーンを作り出した。相手のR・マドリーの方に、悪いボールの奪われ方が目立つようになったからだ。こんなハズじゃなかったという焦りも手伝ったに違いないが、強者にこの症状が現れると、強者と弱者の差は接近する。これこそが、番狂わせが発生する一番の要因なのだ。

個人的なポテンシャルで上回る強者は、概してそこにこだわろうとしない。自信があるので、ボールの奪われ方を気にする前に、ゴールを決めることに欲が出る。だが、そうは言ってもサッカーは、1点差、2点差の勝負だ。同じカテゴリーの試合で4点以上開くことは滅多にない。

ゴールを決めることも大切だが、それ以上に大切なことは、正しく攻めること。それは攻撃の9割以上が失敗に終わるサッカーでは、正しいボールの奪われ方を意味する。正しいボールの奪われ方を続けることが、結果としてチャンスを生み出すことに繋がる。相手がそれを怠れば、よいボールの奪い方をするチャンスも生まれる。強者と弱者の差はいっそう接近する。番狂わせの要素が膨らむことになる。

両チームの印象、どちらが強者と弱者かは概ね、マイボール時の優劣が基準になる。どちらの方が独力でチャンスを作る攻撃力があるか。高いボール操作術を誇るか。

鹿島より川崎だろう。実際、川崎の攻撃は鹿島より迫力に富んでいるように見えた。選手のネームバリュー、一見、魅力的に見える選手の数もしかり。両者は、R・マドリーとアトレティコの関係にあった。何となく強そうに見える川崎に対して、鹿島はどう挑むか。鹿島が、R・マドリーにまさかの大善戦をした理由について探ろうとすれば、その食い下がり方に目を凝らすべきだった。

川崎側にとっては、悪い奪われ方の回数をどれだけ減らせるか。その数を減らすことが、鹿島から、鹿島らしさを奪うことになる。

だが、川崎はそこにこだわれなかった。ボールの悪い奪われ方比べで、鹿島に完敗。川崎ファンにとってガックリする奪われ方を重ねた。

後半の頭から、登里亨平と交代で入った三好康児は、テクニシャンで鳴る見ていて楽しい川崎期待の若手だ。しかし、彼は技におぼれ、判断を誤り、悪いボールの奪われ方を繰り返した。正確には、2、3度、オッと思わせるプレイもした。小林悠の同点ゴールのアシストも演じている。だが、落胆させられるプレイもその倍以上、見せてしまった。鹿島にとって歓迎すべき存在になっていた。

相手のミスというプラスアルファが期待できそうもない川崎。逆に、大いに期待できる鹿島。

鹿島はある時、急に巧さも発揮する。アトレティコのように。とりわけ、奪われてもリスクの少ないサイドで披露する小技は効果的で、相手をガックリさせる威力があることは、川崎サポーターの反応に現れていた。

終盤に行くほどバランスを崩していった川崎。逆にどんどん整っていった鹿島。強者と弱者の関係は、いつしかひっくり返っていた。チャンピオンシップ決勝対浦和戦の再現を見せられているようだった。終盤になると概してドタバタする日本サッカー。鹿島のサッカーはその中にあって異質だ。延長後半4分、ファブリシオが挙げた決勝ゴールには、限りない必然を感じた。

ネームバリューで勝る相手といかに戦うか。接戦に持ち込み、番狂わせに繋げるか。日本サッカーの立ち位置と鹿島のそれは類似する。W杯本大会で、日本がベスト16以上を狙おうとすれば、参考にすべきは川崎ではない。鹿島だ。正しいボールの奪われ方を身につける必要がある。

さらに言えば、正しいボールの運び方も、だ。

鹿島のパス回しにはほぼすべて、展開の要素が含まれている。どのように運べばゴールを狙えるかと同時に、どのように運べば奪われるリスクが少ないかを考えている。

その両方に適しているのがサイド攻撃。リスクの少ない安全ルートながら、得点に直結する攻撃の王道、ゴールの近道でもある。

鹿島はチャンピオンシップ準決勝から天皇杯決勝まで計10試合で16ゴール奪っているが、そのうち流れの中から奪った14ゴール中、11ゴールがサイド攻撃の産物だ。

一方、鹿島よりパスワークに定評がある川崎は、難しいルートを進んだ。パスワークの背景に展開が絡んでいない場合が多いのだ。大島僚太と中村憲剛のパス交換は、決勝でも幾度となく見られたが、場所との関係は希薄で、つまりメッセージ性の低いパス交換が目立った。奪われたらピンチに陥りやすい真ん中で、その数が増えれば、奪われるリスクも増す。川崎自慢のパスワークは、危険と隣り合わせの関係にある。

だが、概して日本は、川崎的なパスサッカーを好む。決まれば鮮やかだが、決まらなければ危険。決まる可能性と決まらない可能性を比べれば、決まらない可能性の方が遙かに高いリスクに溢れたパス回しを、だ。

そうした日本サッカーの従来の嗜好に、正面から向き合っているのが鹿島だ。番狂わせを許しやすいサッカーから、番狂わせを起こすサッカーに転じようとするなら、一見の価値があるのはこちら。アトレティコ的な石井監督のサッカーだ。風貌は全く違うが、彼こそが日本のシメオネだ。

番狂わせを起こしたい日本の立ち位置との相性も抜群にいい。語りたくなる要素がビッシリ詰まった鹿島の優勝。日本における「正しいサッカーの教科書」といっても言い過ぎではない。

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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