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J3創設のタイミングは、「今でしょ!」だったのか?

杉山孝フリーランス・ライター/編集者/翻訳家
J3入会会見での吉野次郎理事長(中央)と服部大樹選手(右)

プロリーグに挑むアマチュアクラブ

まだ拭い切れない疑念がある。今年の流行語に乗っかったわけではないだろうが、Jリーグの3部(J3)新設のタイミングは、果たして「今でしょ!」だったのだろうか。

11月19日、横浜から3つ目のJリーグを戦うクラブが出ることが決まった。今季はJFLでプレーしたY.S.C.C.(横浜スポーツ&カルチャークラブ)が、来年新設されるJ3への参入をJリーグから承認されたのだ。

クラブ設立は1986年にさかのぼる。詳細は省くが、「『企業に依存するクラブ運営』に疑問を感じ」(クラブ公式サイトから引用)た人々により、中学生指導を中心として歩みを始めたサッカー中心のスポーツクラブだ。その後トップチームが神奈川県内リーグから地道に階段を上り、ついに2011年、アマチュア最高峰のJFLへの昇格を決めた。

そして来季からは「公益社団法人日本プロサッカーリーグ」、つまりJリーグに飛び込む。だが、Y.S.C.C.は“れっきとした”アマチュアクラブである。

物足りないリーグの動き

クラブ運営に専任であたるスタッフはいるが、人数は10人に満たない。デスクワークのみならず、スクールでの子供たちへの指導を兼務する場合もある。試合の運営も、普段はそれぞれの職を持つ人々が、手弁当で行っている。

そんな小さなアマクラブにとって、J3入りは大きな挑戦である。来季予算には、今季から25%アップの1億8000万円を見据えている。この規模のクラブには、100万円の増収でも高いハードルだ。スポンサー探しといった営業専任のスタッフを新たに雇う必要性も、吉野次郎理事長は考慮しているという。そうした新スタッフの給与を捻出すること自体も、簡単なことではないだろう。

J2と比べればハードルは低く設定されているものの、Jリーグから課された条件は、アマチュアクラブにとって決して楽なものではない。年俸の下限が設定されているプロ選手を、最低3人は雇わなければならない。一時噂された最低年俸600万円という縛りはなくなったようだが、S級監督を擁することも定められている。これまでトップチームの選手にも会費を払ってもらっていた状況から一転、世界中のプロサッカークラブと同様、人件費がクラブの支出の大きなウェイトを占めるようになる。

リーグ側のこの1年の動きも、J3入りを考慮するクラブへの助けになっていたかも疑問だ。今年早々にはJ3創設案が聞こえてはきたが、参加チーム数が決定されたのはようやく7月になってからだった。それまで試合数も確定しなかったわけで、参入を考慮するクラブには来季予算が変動する不安材料となっていたはず。Jリーグの担当者の言葉がメディアによって伝えられることはあったが、たとえ見通しであってもいいのに、内々の連絡さえクラブまで伝わってくることはなかったようだ。

テレビ放映権にいたっては、まだ発表はない。同じくJ3に参入するブラウブリッツ秋田の今季JFLホーム開幕戦は、地元テレビ局で昼の13時に生放送されていた。最近はJ1でもなかなか見られない、民法地上波放送である。リーグからの分配金という形での還元よりも、地元メディアへのこうした露出の方がずっと大きな後押しになるはずだが、その実現の可否はまだ分からない。

将来のJクラブへのヒント

こうしたいまだに残る不透明な部分、これまで感じた動きの鈍さから、どうしてもリーグによる準備に拙速の感は否めない。それでも、アマチュアクラブのY.S.C.C.はJ3への挑戦を決めた。

条件が厳しいならば、無理せずJ3入りしなければいいという声もあるだろう。だが、このクラブのJリーグ入りには、大きな意味があると思う。

傍から見ていると、そもそも今回のJ3創設自体が少々強引だったように映る。まるで、J2とJFLの間に無理やり1つのディビジョンをねじ込んだような印象だ。

Jリーグというプロリーグと、JFLを頂点とするアマはそれぞれ別のピラミッドに属するというのがJリーグの考えであるようだが、あくまで公式見解にすぎない。これまでの新規参入クラブのJリーグ入りもJFLを通過点としており、実際にJ2から「降格」したクラブがあるのだから、Jリーグの下にJFLがあると見るのが自然だ。

おそらく当事者にとっては、Jリーグ(プロ)とJFL(アマ)では主に経営を取り巻く環境に天と地ほどの差がある。すでに実施が始まってしまったJFLへの降格に代わり、緩衝材を作り出した印象が拭えない。Y.S.C.C.としてみれば、ようやく這い上がった最高峰の舞台そのものを、地すべりで1ランク「降格」させられてしまったような感覚だったのではないか。

プロであれアマであれ、選手たちは常に高みを目指すものだ。「クラブでプレーする子供たちに、高いレベルでサッカーをする目標を持たせてあげたい」。J3参入を考慮していた時期、吉野理事長はそう繰り返してきた。

「スポーツを通じて、地域の子供たちを育てる」というのが、Y.S.C.C.の創設時からの揺るがぬ信念だ。今季も勝利した試合の後でさえ、「今日の内容では、見ている子供たちのためには良くない」と話すスタッフがいた。子供たちのために、地域のために。その思いの延長線上に、新たにJ3が浮上してきたという格好だ。

横浜を視察に訪れたJリーグの大東和美チェアマンから、吉野理事長は「Jリーグより先にできて、Jリーグの理念を体現している」との言葉をもらったという。吉野理事長は、「Jリーグの方から下りてきてくれたという感じがある」と、今回の入会が両者の理念と歴史の幸せな邂逅であることを表現した。

Jリーグには、最大100のクラブでリーグを構成する目標がある。だが、J2でも経営難の話がちらほら聞こえてくる現状を鑑みるに、すべてのリーグを構成するクラブがこれまでのクラブのような形態を取ることは、現実的な話ではない。それぞれの環境とニーズに合わせ、各クラブの100通りのあり方を模索しなければならない。Y.S.C.C.のJ3挑戦はそんな未来のJクラブにとって、大きな励みとヒントになるはずだ。

J3ができるまで、Y.S.C.C.にとってJリーグ入りは現実的なプランではなかった。もし一気に多くのクラブを入会させるJ3誕生という瞬間でなければ、リーグ入りのハードルはさらに高いものになっていた可能性はある。それだけに、「このタイミングでなければ、J3には入れなかったと思う」と話すクラブ関係者は理事長だけではない。

では、J3誕生が本当にこのタイミングで良かったのか。今はその答えを出すことはできないが、今後「間違いなくイエス」と言わせるようにできるかは、参加する各クラブの努力は当然ながら、リーグのプロフェッショナルな働きにかかっている。

大きな議論を巻き起こした再来年からのJ1での2ステージ制導入と同じくらいの可能性と責任が、来年の下部リーグのスタートにはのしかかっていると思う。

フリーランス・ライター/編集者/翻訳家

1975年生まれ。新聞社で少年サッカーから高校ラグビー、決勝含む日韓W杯、中村俊輔の国外挑戦までと、サッカーをメインにみっちりスポーツを取材。サッカー専門誌編集部を経て09年に独立。同時にGoal.com日本版編集長を約3年務め、同サイトの日本での人気確立・発展に尽力。現在はライター・編集者・翻訳家としてサッカーとスポーツ、その周辺を追い続ける。

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