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J1を断念してでも、見に行きたくなるJ2の開幕好カード

杉山孝フリーランス・ライター/編集者/翻訳家

3月1日にいよいよ開幕する今年のJリーグは、スタートから頭が痛い。開幕戦は、果たしてどこに行くべきか?

「問題」なのは第1節の2日目、2試合が行われる3月2日だ。昨季上位の横浜F・マリノスと川崎フロンターレの試合が、それぞれホームで行われる。水曜日にAFCチャンピオンズリーグ(ACL)を戦ったための配慮だろうが、今季開幕カードの「トリ」2試合が隣り合った2つの街で行われるのはもったいない。

悩みを深める理由が、さらにある。2日に開幕するJ2のあるカードが、あまりに魅力的に映るからだ。

とんがっていた2003年の川崎F

「あれは“異常”じゃったもんな」。日焼けした顔に、白くなったひげがまぶしい。さらに白い歯を見せて、名将が笑う。確かに、「異常」と言ってもいいくらい、とんがったチームをこの監督はつくり上げた。テレビでよく見る白髪長身のあの人が見たら、こう叫んでいたかもしれない。「ロックンロール!」。

10年前と変わらない光景だった。歩数で距離を測りながら、自らの手でマーカーを置いていく。練習後には、ファンとゆっくり語り合う。宿舎までの往復は、1人でランニング。今回は8キロ近い距離を45分ほどで走るというから、健脚は健在だ。モンテディオ山形の石崎信弘新監督が、開幕への準備を進めていた。

山形は今月上旬、千葉県館山市で「最初の」キャンプに入っていた。新潟など雪国なら恒例の、チーム始動直後からのいきなりの“ロード”。山形は1月22日から館山に入り、長崎県、宮崎県と3次キャンプまで行い、キャンプ打ち上げ翌日にそのまま開幕戦へと突入する強行日程だ。その1次キャンプ最終日を翌日に控えた2月5日、今季から山形を率いる石崎監督に話を聞くため車を飛ばした。

外見も変わりない監督だが、中身は確実に変化している。今年は「優勝しか考えていない」と言い切る。言われて気づいたが、J1昇格だけではなく戴冠を目標に掲げるのは今回が初めてのことだった。

J2はもとより、J1、さらには世界のサッカーへと話は広がっていく。中国帰りの監督なら、当然の視座だろう。

昨季、監督業をスタートしてから初めてJリーグをひと休みした指揮官が聞く。「今、Jリーグではどのチームのサッカーが面白い?」。そんな逆質問への直接の答えにはならなかったが、私が挙げたインパクト最大のチームが、石崎監督が指揮した2003年の川崎Fだった。

プレスという言葉は使わなかった。ボールホルダーへの守備を、石崎監督は「挟み込み」と呼んでいた。前線からの攻撃的な守備で、相手陣だけでプレーを進める試合もしばしばあった。相手の2本に対して、25本のシュートを浴びせたこともある。その試合は、0-1で落とした。ロッケンロール。

ロングパス1本にひざまずく危うさを秘めたスタイルに、シーズン中に選手に意見を求めた。選手たちは、自分たちのスタイルの継続を望んだ。「じゃあ、やられないようにするには、どうすればいい?」。今回と同じように逆質問され、記者は答えた。「パスを出させない」。指揮官の日に焼けた顔に、白い歯が浮かんだ。

自分たちの道を信じて進んだが、結果的に勝ち点1差でJ1昇格を逃した。石崎監督は「ジュニーニョが決めていればのう」と回想する。あのシーズンに加入したブラジル人FWが、川崎の王様になる前のことだった。翌年、石崎監督が去った川崎Fは2位大宮に勝ち点18差をつけ、J2史上初の100ポイント越えで昇格を果たした。スタイルは確かに異なるが、昇格した川崎Fの礎は、前年に築かれたと信じる。川崎Fが昇格を逃した後の天皇杯、あるJ2クラブの関係者が他会場の結果を聞いてつぶやいていた。「フロンターレ? ああ、J2最強チームね」。

(確固たるスタイル + 深化・進化)x2=好ゲーム!

そんなキャラが立ち過ぎたチームの監督が、指導者として歩み始めた思い出のクラブをどう変えていくのか興味は尽きない。新指揮官は昨季ネックとなった守備に、まずは手を入れた。「まだ全然じゃよ。皆、マークの3原則も言えんかったもん。でも大丈夫。宏樹も言えなかったから(笑)」。プロ初年度に出会った石崎監督に鍛え上げられた伊藤宏樹は、昨季まで13年の長きにわたって川崎Fを支え続けた。引退に際しては、本人から恩師へ連絡があったそうだ。

川崎F以降の実績を考えても、周囲の期待は高まる。だが、目指すのは決して焼き直しではない。「ポゼッションサッカーというのがあまり好きじゃないから、ポゼッションサッカーしようかな、と(笑)」。単に時代の流行り言葉に乗りはしない。「ポゼッションの意味がワシにはよくわかんないんじゃけど、ワシは攻撃の目的というのはシュートを打つことだと選手にはいつも言っている」。変化を恐れず、プログレッシヴであり続ける。

「対戦カード」が魅力的になるのは、期待させる2チームがそろえばこそ。山形が乗り込むのは、湘南ベルマーレのホームだ。

昨年の新体制発表会見で、湘南の大倉智強化部長は、「湘南地域の人々に、サッカーを通して夢と勇気と希望の感動空間を提供する」ことがクラブとしての存在意義だと語った。J1残留はならなかったものの、その船頭たるチョウ・キジェ監督は続投決定にあたり、「湘南スタイルの『継続と深化』をテーマに、1年間戦い抜きます」とコメントを発表した。昨季の主力数名がクラブを離れたが、クラブの目標、チームの輪郭が、ブレることなどないだろう。

確固たるスタイル、そして進化と深化。そんな2チームがぶつかり合う。足を向けたくなるには十分な理由だ。

横浜FCのものも含めて、2日の神奈川県内ではJリーグ4試合が行われる。果たして、極上のライブになるのは、どの会場か?

フリーランス・ライター/編集者/翻訳家

1975年生まれ。新聞社で少年サッカーから高校ラグビー、決勝含む日韓W杯、中村俊輔の国外挑戦までと、サッカーをメインにみっちりスポーツを取材。サッカー専門誌編集部を経て09年に独立。同時にGoal.com日本版編集長を約3年務め、同サイトの日本での人気確立・発展に尽力。現在はライター・編集者・翻訳家としてサッカーとスポーツ、その周辺を追い続ける。

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