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福島は今、ユナイテッドしている

杉山孝フリーランス・ライター/編集者/翻訳家

世界が注目するのだから、日本中の視線もブラジルに集まるのは当然だ。だが、この6月にサッカーが存在するのは、その「王国」だけではない。地球の裏側にも、1部リーグじゃなくても、現在進行形のストーリーは生きている。

11カ月ぶりのホーム勝利

「勝てていない中、応援してくれたファン・サポーターの皆さん、(試合会場)設営のために頑張ってくれた関係者の皆さん、本当に感謝しています」

感謝、謝罪、訴え。そのどれでもあって、いずれか一つと言い切れない思いを、ヒーローとなったベテランFWは口にしていた。

決勝点を叩き込んだその選手は、J1(Jリーグ1部)でもプレー経験のある小林康剛。沈めたのは、J3リーグ首位を走る町田ゼルビアだった。5月11日、町田に今季初の土をつけたJ3第11節の勝利は、9位の福島ユナイテッドFCにとって快挙と言っていい。

何しろ今シーズン初、そしてJ3加入後初めてホームにもたらした勝利だった。リーグ戦での前回ホーム白星は、昨年の6月23日までさかのぼらねばならない。

この福島ユナイテッドファンが久々にホームで笑った日、小林が熱く呼びかけたスタンドにいた観客は、しめて1197人。2週間前の前回ホームゲームより、269人多かった。

3月16日、J初参戦に胸踊らせる福島のJ3ホーム初試合は、あいにくの天候に見舞われた。叩きつける雨風と相まって、同じ東北勢であるグルージャ盛岡相手の0-2の敗戦に、2053人の期待は湿った。太陽が顔を見せたのは、試合が終わった後のことだった。選手たちがようやく胸をなでおろしたのは第7節。Y.S.C.C.との未勝利対決を1-0と制して、初めて味わう勝ち点3を横浜遠征の土産とした。

その初勝利も、危なかしいものだった。決勝点はPKだった。終了間際にPKを取られてもおかしくない場面もあった。

その後2連敗しても、まだ30代の竹鼻快GM(ゼネラルマネジャー)は言い続けていた。「クリさんに任せて、本当に良かった。どんどん良くなっているし、選手たちも今、楽しいんじゃないかな」。

今季からチームを預かる栗原圭介監督は、エリート選手だったが、痛みも知っている。高校、大学、さらにプロと名門のユニフォームに袖を通した一方で、解雇のつらさも数度、2部リーグでのプレーも1部昇格の喜びも、だからこそステージにかかわらず理想のサッカーを追う意味も知っている。

志高い青年監督は、個や勢いに頼るサッカーを好まない。チームが連係・連動し、一体となって主導権を握るプレーを目指す。

高い理想は、代償も伴う。それが、未勝利というトンネルだった。

一方で、流した汗が無駄にならないのも事実だ。初勝利までの6試合、さらに初勝利後の惜敗でも、ただ悔しさにまみれていただけではない。

主導権を握るサッカーを標榜するのに皮肉ではあるが、押される展開で身につけたのは粘り強さだった。前線やサイドの選手を含め、球際の強さやボールの奪い方など守備力が向上していった。第8、9節の上位相手の1点差負けの中でも、その様子は見て取れた。

FC琉球相手のアウェイ2勝目を挟んで迎えた第11節町田戦も押される展開となったが、もはや慣れたものだった。相手の半分となる5本のシュートのうち一つを決め、白星をもたらしたのが小林だった。

小林には、個人的に感じるものもあっただろう。開幕前のキャンプでは負傷で出遅れ、第10節の琉球戦でようやく先発に戻ったばかりだった。

だが、感傷にばかり浸ってもいられない。「若い選手に負けたくない。ポジションを譲るつもりもない」。この4年間、最前線に立ち続けてきた背番号9は語った。

チーム全体での勝利

出場をめぐる争いは、チーム中に広がっている。

結果が出ない時期から、ずっと続いていることがある。ベンチを含め、メンバーを固定しないことだ。勝利への道筋の模索という側面もあっただろうが、栗原監督は「練習からしっかりやってくれている」と常にベストを尽くす調子の良い選手を選び、チーム内競争を活性化させてきた。

さらに、ケガ人の存在がある。

おそらく、福島ユナイテッドが今季最も注目を集めたのは、第9節のツエーゲン金沢戦だった。前半終了間際に、GK岡田大が接触プレーで意識を失い、救急車で搬送されたのだ。このニュースはインターネットサイト等で取り上げられ、日本中に知られることとなった。

幸い岡田は大事に至らなかったが、今季の福島はケガ人に泣かされている。DF時崎塁に続き、守備陣は第13節盛岡戦の試合中に、DF大原卓丈も右肘の脱臼骨折で失った。自らCKから見事なゴールを挙げた、わずか数分後のことだった。

6月1日のガイナーレ鳥取戦で最終ラインに入ったのは、実に昨年7月以来の出場というDF清水純だった。左足首にヒザの軟骨を移植する手術を受け、大きなブランクを強いられていた。それでも、チームの粘り強さを損なうことなく、4位鳥取を撃破。「プレッシャーがありました」という清水は、試合終了の笛に安どで座り込んだ。その清水に手を差し伸べて立たせたのは、前節に負傷から戻り今季出場3人目のGKとなっていた植村慶だった。

粘り強さはもちろんのこと、嫌な位置にボールを動かして相手を食いつかせて揺さぶるなど、主導権を握るプレーも向上している。キャプテンのMF石堂和人は、「皆、自信がついてきた。今はやられる気がしません」と胸を張る。気持ちの見えないプレーにハーフタイムで指揮官から雷を落とされ、選手たち自身も「メンタルの部分が厳しい」と首を傾げたのは、もはや過去の話だ。

その石堂も、先発とベンチを経験。「キャプテンだから(メンバーに)入っていると言われるのが嫌だった」とポジション争いを受け入れてきた。鳥取戦で勝利を引き寄せる82分の追加点を挙げたのは、その背番号8だった。GK全員が付き合っての居残りのシュート練習、予行を重ねたカウンターが決まった石堂に、指揮官は言った。「練習は裏切らない」。

マンチェスターの赤いクラブよりも

気温34.5度に上ったこの日の会場では、前日に平塚で試合を終えたばかりの湘南ベルマーレのスタッフが汗を流していた。クラブ間提携を結んでいる湘南から駆けつけたそのスタッフは、昨年は全ホーム試合に手伝いに訪れたという。

夏にはこの日の気温を越えるのは自明だろう。昼間の試合は選手にもファンにも過酷だろうが、「何しろ照明がないから」と竹鼻快GM。前節のアウェイ盛岡戦で、風評被害を吹き飛ばそうと自ら声を張り上げ福島産の野菜を売っていた戦略家は、今季も多くの人と一体になって乗り切る構えだ。GMが売るのは、夢と選手だけではないらしい。

ホームで勝利を取り戻すまで、約11カ月。ホーム連勝となると…、調べる手がないが、とにかく昨季手に入れられなかったものであることは確かだ。

鳥取戦でホーム連勝に近づくゴールを挙げた石堂は、すぐさまダッシュを開始した。向かった先は、サポーターの下。「FWの立場で点を取れなくて。それでもサポーターは信じてくれた」。ピッチ、スタンド、試合の裏側…。今、福島は相当にユナイテッドしている。少なくとも、昨季のマンチェスターの赤いクラブ以上に。

次節はブラウブリッツ秋田とアウェイでダービー。その次は、ホーム3連勝が懸かる現在首位の町田との再戦となる。

キックオフは6月15日午後3時。レシフェで日本代表がワールドカップを戦い始めた、5時間後のこととなる。

フリーランス・ライター/編集者/翻訳家

1975年生まれ。新聞社で少年サッカーから高校ラグビー、決勝含む日韓W杯、中村俊輔の国外挑戦までと、サッカーをメインにみっちりスポーツを取材。サッカー専門誌編集部を経て09年に独立。同時にGoal.com日本版編集長を約3年務め、同サイトの日本での人気確立・発展に尽力。現在はライター・編集者・翻訳家としてサッカーとスポーツ、その周辺を追い続ける。

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