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ベトナム人留学生はなぜ技能実習生を調査したのか(6)不当な「家賃」と巧妙化する搾取、悪化する対日感情

巣内尚子研究者、ジャーナリスト
ベトナムの若者。ベトナム人実習生は家族の期待を受け、希望を持ち来日する。筆者撮影

京都の龍谷大学に留学したベトナム・ハノイ市郊外出身のグエン・ヒュー・クイーさん(27)。

もともと技能実習生として日本で働いていたクイ―さんは、自らの能実習生としての経験から得た問題意識をもとに、日本の「外国人技能実習制度」について調査し、卒業論文を書いた。

「技能実習生を調査することは自分の使命」とするクイーさん。彼はなぜ、そうした強い思いを持ち、技能実習生を調査するに至ったのだろうか。

この連載の1回目ではクイーさんの来日の背景を、2回目ではベトナムにおける「実習生ビジネス」について、そして3回目では技能実習生の「技能習得」をめぐる実態と低賃金などの搾取的な労働の在り方を報告した。4回目では日本の受け入れ企業と技能実習生との関係から技能実習制度について考察し、5回目ではクイーさんが龍谷大学の卒業論文に向け、技能実習生を調査する中で直面した課題について伝えた。

今回の連載の最後となる6回目は、クイーさんの調査で明らかになったベトナム人技能実習生が直面している「時給制」「日給制」の働かせ方や、不当な「家賃」が徴収されるなど、技能実習生に対する搾取が巧妙化していることを伝える。同時に、技能実習生の対日感情の悪化が起きていることも報告したい。

■時給制や日給制で少ない賃金がさらに安くなる

ベトナムの若者たち。ハノイ。筆者撮影
ベトナムの若者たち。ハノイ。筆者撮影

龍谷大学での卒業論文を書くために、やっとこぎつけた調査。

技能実習生としての自らの経験から、日本の「外国人技能実習制度」に疑問を持ったクイーさんは技能実習生の調査は「自分の使命」だとし、調査対象者をなかなか得られない中でも、なんとか調査を続けた。

クイーさんは2014年、アンケート調査、LINEやスカイプを使ったヒアリング調査、そして岡山県と滋賀県での実地調査を実施した。

複数の調査手法を用いることにより、総合的にベトナム人技能実習生の就労実態や日本での暮らしの状況を明らかにしたかったのだ。

実地調査では、岡山県で建設業に従事しているベトナム出身の男性技能実習生の居住地と、滋賀県で縫製業に従事しているベトナム人女性技能実習生の居住地を訪れ、実際の就労実態を探るとともに、居住状況も調べた。

その結果明らかになったのは、ベトナム人技能実習生が置かれた数々の過酷な状態だった。

クイーさんがまず驚いたのは、技能実習生の中に賃金を時給や日給で計算されている人がいたことだった。

アンケート調査では、対象となったベトナム人技能実習生38人中、給与計算方法として日給制が適用されている人が8人、時給制が適用されている人が5人いた。

就労先の企業によっては、「仕事のある日」「仕事のある時間」だけ給与を支払う時給制や日給制の賃金制度を導入しているところがあり、アルバイトのように実質労働分しか賃金が支払われていなかったのだという。

日給制や時給制の給与計算方法が導入されていたのは、就労状況が天候の影響を受けやすい農業や建設業だった。

農業部門の技能実習生の中には、時給制の契約で、土日など関係なく、雇用主に命じられた日に働いている上、天候が変わり作業が中止になると、そのぶんの給与が払われなくなるという人がいた。

受け入れ先の企業にとっては、日給制や時給制は技能実習生に支払う賃金を圧縮するなど、人件費節減に効果があるだろう。

しかし、再度述べたいが、ベトナム人技能実習生の多くは100万円を超えることさえある高額の渡航前費用を借金して工面して来日し、それを返済しながら日本で就労している。債務にしばられながら、日本で働いているのだ。

技能実習生として働く中では、まず借金を返すという目標があり、借金返済が終わってからやっと貯金をすることができるようになる。

それにもかかわらず、日給制や時給制が適用され、「仕事がない時間」が増えれば、賃金は低く抑えられることになる。技能実習生の賃金水準はもともと低いが、日給制や時給制はその低い賃金がさらに低くなるという可能性があるのだ。

一方、技能実習生は基本的に、最初の就労先から職場を変えることができない。転職できないのだ。

だが、技能実習生は、こうした時給制や日給制を我慢して受け入れることが多いのではないだろうか。

それは、会社との間で、トラブルが起きたり、あるいは最悪の場合、途中で「強制帰国」させられたりすれば、技能実習生に残るのは高額の借金だけだからだ。なんとしてでも、日本で就労を続け、借金を返し、そして生活費をできるだけ切り詰め、なんとかしてできるだけ多く貯金し、家族に仕送りしようとする技能実習生は少なくない。

途中で「強制帰国」させられれば、本国の所得水準ではとうてい返済不可能な高額の借金だけが残り、技能実習生とその家族の経済状況は破たんしてしまう。こうした背景から、ベトナム人技能実習生は、期待とは裏腹の低い賃金を受け入れ、帰国の日までひたすら我慢するということにもつながる。

■「家賃」という名前の不当搾取

ベトナムの女性と子ども。実習生の中には子どもを故郷に残し来日する人も。筆者撮影
ベトナムの女性と子ども。実習生の中には子どもを故郷に残し来日する人も。筆者撮影

さらに、クイーさんが驚かされたのは、技能実習生がもともと低い賃金の中から「家賃」という形で不当な金銭を徴収されていたことだ。

例えば、岡山の技能実習生の事例では、20平方メートルの部屋に6人で暮らしており、1人当たりの「家賃」は2万円だった。6人で計12万円が20平方メートルの部屋に払われていたことになる。

大阪のケースでは、30平方メートルの部屋に5人で暮らし、「家賃」は1人当たり2万5,000円。30平方メートルの部屋に対し、5人で計12万5,000円の家賃が払われている格好だ。

そして、「家賃」が最も高額だったのは滋賀のケースで、30平方メートルの部屋に5人で暮らし、「家賃」は1人当たり3万3,500円もした。この30平方メートルの部屋に対して、5人分の「家賃」16万7,500円が徴収されていた。

また、クイーさんが実際に訪れた岡山のベトナム人技能実習生の住居は40平方メートルの室内に6人が暮らしていた。外壁の崩落が激しいなど老朽化している上、日当たりが悪いために暗く、換気も良くなかった。6人はそれでも1人当たり月2万円を「家賃」として払っている。

滋賀の縫製業で働く技能実習生の住居では11人が暮らしており、二段ベッドが詰め込まれ、プライバシーのない状況だった。

しかも、11人は1人当たり月2万8,500円を「家賃」として引かれていた。

11人分で「家賃」は月に31万3,500円にも上る。その上で、11人は割高な共益費と光熱費も支払っていたのだという。

■巧妙化する搾取と技能実習制度の構造的課題

技能実習生など海外への移住労働者を多くだしているベトナム北部の農村。筆者撮影
技能実習生など海外への移住労働者を多くだしているベトナム北部の農村。筆者撮影

日給制や時給制による賃金の圧縮や、不当な「家賃」の徴収。たとえ、受け入れ企業が最低賃金を守っていたとしても、こうした仕組みが構築されることにより、技能実習生からより巧妙に搾取がなされるということだろう。

受け入れ先の企業の中には、制度の趣旨を理解し、適正に技能実習生を受け入れているところや、技能実習生を育て技術移転を図っている企業もあるだろう。

一方、繰り返えしになるが、技能実習生は転職の自由がないため、どのような企業で就労できるのかは、運まかせの要素が多いということを理解する必要がある。

さらに、各受け入れ企業の不正や不適切な技能実習生への対応も問題だが、同時に、悪質な対応をする受け入れ企業の発生を許す技能実習制度がかかえる構造自体が大きな問題と言える。

ベトナムという日本と大きな経済格差を抱えるとともに労働者保護や人権擁護が道半ばの国から、日本語もまだ十分ではない上、日本の制度や法律をよく知らない、諸権利が制限された期間限定の外国人労働者を受け入れるという制度の在り方。

そして、送り出し地では、送り出し国政府の積極的な労働者送り出し政策の下、高額の渡航前費用を徴収する仲介会社(いわゆる「送り出し機関」)の利用が、技能実習生としての来日には欠かせないという移住システムが形成されるとともに、経済的な困難や地元の賃金水準の低さ、日本への「憧れ」などから、借金をしてまで渡航前費用を工面し技能実習生として来日しようとする人が多数存在するという現状がある。

ベトナムからの技能実習生は来日後、債務にしばられつつ、働きながら借金を返済し、できるだけ貯金しようとする。当然、契約期間を満了することが借金返済と貯金には欠かせないため、受け入れ企業とのトラブルや「強制帰国」を恐れている。

このような構造の中で、ベトナム人技能実習生は受け入れ企業との非対称の権力関係の下、就労をすることになり、さまざまな搾取やハラスメントをも我慢して過ごすことが必要になるケースも出てくるだろう。その中で、巧妙化する搾取にさらされつつ、我慢して働き続けることになるのではないだろうか。

■対日感情が悪化

ベトナムの若者。日本に「憧れ」を持つ人も少なくない。ハノイ。筆者撮影
ベトナムの若者。日本に「憧れ」を持つ人も少なくない。ハノイ。筆者撮影

さらにクイーさんが調査で明らかにしたのは、技能実習生の対日感情の変化だった。

クイーさんは調査協力者に対し、来日してから日本のイメージが変化したかどうかを聞いた。

その結果、来日前の日本の印象ついては「とても良かった」が63%、「まあまあ良かった」が34%で計97%にも上った。そのほか3%は無回答だったことから、来日前の日本への印象はおおむね肯定的だったと言える。

これに対し、来日後の日本への印象については「良かった」が8%、「まあまあ良かった」が50%となり、肯定的な回答をした人は58%に大きく減った。

さらに「あまりよくなかった」が37%になり、日本に対する印象が悪化したことが伺えたという。

厳しい就労環境や貧弱な居住空間、日給制や時給制などもあり低く抑えられる賃金といった事態を受け、ベトナム人技能実習生の中には日本への印象が悪化した人が出たと考えられるだろう。

外国人技能実習制度はアジア諸国への技術移転や国際協力をうたいながらも、実際には低賃金労働者を受け入れるとともに、アジア出身者を厳しい環境の中で低賃金で働かせ、結果的に技能実習生の日本への印象を悪化させているということだろうか。

■現在進行形の技能実習生制度

ベトナムの女性と子ども。ハノイ。筆者撮影
ベトナムの女性と子ども。ハノイ。筆者撮影

調査によりベトナム人技能実習生の課題を把握したクイーさん。一方、技能実習生制度はいまも継続し、ベトナムなどアジア諸国出身の技能実習生たちが日本で就労を続けている。

技能実習制度は現在進行形で運営され、外国人技能実習生は今も、日本各地でさまざまな産業分野で就労し、日本の各種産業を支え、その中で、技能実習生一人ひとりはさまざまな経験をしながら、日本で働き、生活している。

「この制度をやめれば、問題を解決できる。でも、こんな良いビジネスはないと思う人がいるのでしょう」

クイーさんはこう語る。

彼が言うように、抜本的な制度改革がなければ、外国人技能実習生を取り巻くさまざまな構造的課題は容易には解決できないだろう。

同時に、技能実習生というアジア出身の若者たちを、一人ひとりの人間としてとらえ、彼ら彼女らがなにを考え、何に困っているのか、何をしたいのか、そのことへ寄り添っていくことが求められる。

外国人技能実習生は”代替可能な外国人労働者”ではないし、”顔の見えない匿名の誰か”ではない。それぞれの人生を切り開こうとする一人の個人がそこにいる。

そのことへの想像力を持つことが、日本という受け入れ国とその社会、そして、送り出し国であるベトナムのとその社会に問われている。(了)

■用語メモ

【ベトナム】

正 式名称はベトナム社会主義共和国。人口は9,000万人を超えている。首都はハノイ市。民族は最大民族のキン族(越人)が約86%を占め、ほかに53の少 数民族がいる。ベトナム政府は自国民を海外へ労働者として送り出す政策をとっており、日本はベトナム人にとって主要な就労先となっている。日本以外には台 湾、韓国、マレーシア、中東諸国などに国民を「移住労働者」として送り出している。

【外国人技能実習制度】

日本の厚生労働省はホームページで、技能実習制度の目的について「我が国が先進国としての役割を果たしつつ国際社会との調和ある発展を図っていくため、技能、技術又は知識の開発途上国等への移転を図り、開発途上国等の経済発展を担う「人づくり」に協力すること」と説明している。

一方、技能実習制度をめぐっては、外国人技能実習生が低賃金やハラスメント、人権侵害などにさらされるケースが多々報告されており、かねて より制度のあり方が問題視されてきた。これまで技能実習生は中国出身者がその多くを占めてきたが、最近では中国出身が減少傾向にあり、これに代わる形でベトナム人技能実習生が増えている。

研究者、ジャーナリスト

東京学芸大学非常勤講師。インドネシア、フィリピン、ベトナム、日本で記者やフリーライターとして活動。2015年3月~2016年2月、ベトナム社会科学院・家族ジェンダー研究所に客員研究員として滞在し、ベトナムからの国境を超える移住労働を調査。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了(社会学修士)。ケベック州のラバル大学博士課程に在籍。現在は帰国し日本在住。著書に『奴隷労働―ベトナム人技能実習生の実態』(花伝社、2019年)。

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