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人身取引に揺さぶられるベトナム【続編】「被害に遭うのは誰?」「なぜ被害に遭うのか?」

巣内尚子研究者、ジャーナリスト
ベトナムの女性。人身取引被害に遭う若年女性も少なくない。筆者撮影

ベトナムで深刻化する人身取引。筆者は6月25、26日に「『私は生き残りたい』深刻化する人身取引に揺さぶられるベトナム」と題する前編後編の記事で、ベトナムの人身取引について伝えた。人身取引の被害者には女性や子どもが多いとされているが、いったいどのような女性や子どもが人身取引の被害にあっているのか。そして、なぜ、被害者は人身取引に巻き込まれてしまうのか。今回、他の人身取引に関する事件や問題をとり上げ、再度ベトナムのかかえる課題をみていきたい。

◆「ウエイトレスの仕事」にひかれ、被害者となった15歳の少女

ベトナムの若者。筆者撮影、ハノイ市。
ベトナムの若者。筆者撮影、ハノイ市。

ベトナム紙タインニエン電子版(2016年6月11日付)によると、ベトナム南部カントー市の人民裁判所は6月9日、15歳のベトナム人の少女の人身取引の罪で、ベトナム人の女3人に対し、児童に対する人身取引の罪で、10~12年の禁固刑の判決を出した。被告らは、売春させる目的で少女をマレーシアに連れていったという。

禁固刑判決を受けたうちの1人、チャン被告(30)は、2005年にマレーシアに移り、バーのマネジャーとして働いていた。その後、別の被告と出会い、ベトナム人の少女をマレーシアに連れてきて、売春をさせることを計画したとされる。

被告らは2015年に、カントー市の15歳の少女に「マレーシアのコーヒーショップでウエイトレスの仕事がある。給与は500万ドン(約2万3,010円)だ」と話をもちかけ、マレーシアに来るよう誘った。

ただし、少女はマレーシアには来たものの、その後、自分の仕事がウエイトレスではなく売春だと知り、売春するのを嫌がったという。だが、被告らは少女の家族に「少女を家に戻すから2,000万ドン(約9万2,042円)払え」と要求した。これに対し、少女の家族は金銭の支払いに合意しながらも、警察に通報し、事件が発覚したようだ。 

警察の捜査では、被告らは他に5人のカントー市出身女性を売春させるためにマレーシアに連れて行ったことが分かっている。

ベトナムの女性。筆者撮影、ハノイ市。
ベトナムの女性。筆者撮影、ハノイ市。

一方、この15歳の少女はなぜ、マレーシアにいったのだろうか。この報道では詳細な理由は記載されていないが、考えられるのは彼女が仕事の必要に迫られていたことだ。

ベトナムでは学歴や職歴、さらにコネなどの人間関係に基づくネットワークなどがなければ、なかなか良い仕事にはつけない。他方で、経済的成長時代を迎えたこの国では、経済格差が広がり、中間層・富裕層が増えている半面、十分な収入を確保できない層も少なくない。

仕事の話をされてマレーシアに行ったというこの少女は、経済的な問題を抱えており、マレーシア行きが収入を得るチャンスだと思ったのではないだろうか。

15歳という年齢では高校卒業の学歴もない状態で、職業スキルもないだろう。そのため、彼女が地元で安定的にお金を稼ぐのはそもそも難しかったはずだ。

そんな中で、彼女に提示された500万ドンというマレーシアでの給料は魅力的なものに思えたかもしれない。

◆教育機会の限られた人が被害に遭う、経済的課題も背景に

ベトナムの若者。筆者撮影、ハノイ市。
ベトナムの若者。筆者撮影、ハノイ市。

人身取引はベトナムの南部だけではなく、北部でも問題化している。とりわけ、中国と国境を接する北部ラオカイ省が人身取引に揺さぶられている。

ベトナム・ニュース電子版(2016年4月28日付)は、ラオカイ省の中国との国境付近で、女性や子どもの人身取引が近年、増加していると伝えている。

2014~15年にラオカイ省国境警備隊は人身取引事件67件を扱い、92人を逮捕し、被害者214人を救出した。その上、2016年1~4月だけで、国境警備隊が扱った人身取引事件は13件、救出した被害者は25人に上った。

直近では2016年3年に、当局が5歳の少女を救出した。少女は中国に売られて行くところだったという。

また最近の人身取引は複雑化し、これまでよりも洗練された手法で女性や子どもたちをだます方法がとられている上、被害者は異なる地域から連れてこられるようになっているようだ。

ベトナムの子ども。筆者撮影、ハノイ市。
ベトナムの子ども。筆者撮影、ハノイ市。

人身取引の犯人は、女性に近づくためにソーシャル・メディアのようなIT技術を用いるケースが少なくない。また犯人の中には、ターゲットにした女性に、恋愛感情があるように見せかけ、自分の家族や他の場所などを訪れるように誘い出した上で、女性に国境を超えさせ別の国に連れて行ってしまうといったことを行う者がいるという。

2016年は特に、少数民族の若年男性グループがそれまでの個人的な関係性を利用して、他の国のブローカーに女性や子どもたちを売るという事例がみられるようだ。

ラオカイ省における人身取引事件の被害者の大半は15~30歳で、もともと遠隔地や農村、山岳部に暮らし、高いレベルの教育を受ける機会に恵まれず、法律への知識が限られた人たちだとされている。こうした人々は失業中であったり、経済的な困難に直面したりしているケースが多い。

そんな中、ラオカイ省の国境警備隊は中国の当局と人身取引対策で連携するとともに、人身取引に関する知識を広めるためのキャンペーンを実施するなどし、少数民族の人たちをはじめとする住民への人身取引への関心を高めようとしている。

◆人身取引被害者の「供給地」になるベトナム、様々な被害形態が存在

ベトナムの男性。筆者撮影、ハノイ市。
ベトナムの男性。筆者撮影、ハノイ市。

一方、ベトナムの人身取引被害者は実際にはさらに広範囲に及んでいる。被害者の属性にばらつきがあるほか、連れていかれる場所もさまざまだ。被害のありようも一様ではない。

米国務省が発表した「2015年人身売買報告書(Trafficking in Persons Report 2015)」では、ベトナムにおける人身取引の状況について、「ベトナムは、国内外でセックス・トラフィッキング(性的搾取を目的にした人身取引)や強制労働にさらされる男性、女性、子どもたちの供給源となっている」と指摘する。

つまりは被害者は、女性や子どもに限らず、男性も含まれると考えたほうがいいだろう。

この報告書はさらに、「ベトナムの男性や女性は個人で、あるいは国営や民間会社などを通じて、就労のために海外に出て行くが、このうちの一部は台湾、マレーシア、韓国、ラオス、アラブ首長国連邦(UAE)、日本での建設、漁業、農業、鉱業、木材伐採、製造といった部門で強制労働をさせられている」と説明している。

ベトナムは現在、国策により移住労働者を海外に送り出しているが、こうした移住労働を通じて、人身取引の被害に遭うケースがあるということだ。ここで、日本が挙げられていることも注目だ。昨今、技能実習生として働くケースをはじめ日本で就労するベトナム人増加しているが、技能実習生を中心にその就労の在り方には、かねてから課題があると指摘されてきた。日本で働くベトナム人労働者についても、その内実を見ていくことが求められるだろう。

また報告書では、「ベトナムの女性や子どもたちはセックス・トラフィッキングの対象となり海外に連れて行かれている。その多くが、仕事があるとだまされ、中国、カンボジア、ラオスの国境地域の売春宿に売られて行くとともに、その他の女性や子どもたちはタイやマレーシアへのセックス・トラフィッキングの対象になっている」とする。

このほか、ブローカーが仲介する国際結婚により、中国、マレーシアなど行ったベトナム人女性の中に、世帯内で奴隷状態にされたり、売春を強要されたりするケースもあるとしている。

ベトナムでは近年、国際結婚が増えているが、中にはブローカーが仲介する国際結婚もあり、その中で、女性が苦境に立たされているケースがあると考えられる。

ベトナムのカップル。国際結婚が増えているが人身取引被害も。筆者撮影、ハノイ市。
ベトナムのカップル。国際結婚が増えているが人身取引被害も。筆者撮影、ハノイ市。

ほかに、報告書では、ベトナム人の犯罪ネットワークが、子どもをはじめとするベトナム国籍の人をイギリスやアイルランドなどの欧州諸国に連れ去り、大麻畑で強制労働させたりするケースがあることも指摘する。

その上、ベトナム国内でも、男性、女性、子どもたちが強制労働をさせられる事例がある。とりわけ大人の保護の下から離れているストリートチルドレンは人身取引の被害に遭いやすい。子どもたちが違法な繊維工場やレンガ工場、さらに都市部の家庭、地方部の金鉱山などで強制労働させられる事例がある。

それだけではなく、ベトナムは児童売春の拠点となっており、アジア、イギリスなどの欧州諸国、オーストラリア、アメリカなどからセックスツーリズムを目的にベトナムを訪れる人がいる状況だという。

このようにベトナムにおける人身取引はその被害状況が広範に及ぶとともに、様々な人が被害に遭っていると言えることができるだろう。そのため解決に向けては、多方面からの対策や支援が必要になる。さらに、ベトナムが直面する人身取引の問題は、ベトナム一国にとどまらない、国境を超える課題であり、解決には各国との連携も必須になるだろう。(了)

■用語メモ

【ベトナム】

正式名称はベトナム社会主義共和国。人口は9,000万人を超えている。首都はハノイ市。民族は最大民族のキン族(越人)が約86%を占め、ほかに53の少数民族がいる。

【人身取引】

「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約を補足する人、特に女性及び児童の取引を防止し、抑止し及び処罰するための議定書(人身取引議定書)」 では、人身取引を以下のように定義する。

「搾取の目的で、暴力その他の形態の強制力による脅迫若しくはその行使、誘拐、詐欺、欺もう、権力の濫用若しくはぜい弱な立場に乗ずること又は他の者を支配下に置く者の同意を得る目的で行われる金銭若しくは利益の授受の手段を用いて、人を獲得し、輸送し、引渡し、蔵匿し、又は収受することをいう。搾取には、少なくとも、他の者を売春させて搾取することその他の形態の性的搾取、強制的な労働若しくは役務の提供、奴隷化若しくはこれに類する行為、隷属又は臓器の摘出を含める。」(同議定書第3条(a))

【人身取引とベトナム】

米国務省が発表した「2015年人身売買報告書(Trafficking in Persons Report 2015)」では、各国の人身売買状況について、最上位の「ティア1」(米国の「人身売買被害者保護法」の最低基準を満たしている)、これに続く「ティア2」(最低基準を満たさないが努力中)、最下位の「ティア3」(最低 基準を満たさず努力も不足)にランク付けしているが、ベトナムはティア2に位置づけられている。

研究者、ジャーナリスト

東京学芸大学非常勤講師。インドネシア、フィリピン、ベトナム、日本で記者やフリーライターとして活動。2015年3月~2016年2月、ベトナム社会科学院・家族ジェンダー研究所に客員研究員として滞在し、ベトナムからの国境を超える移住労働を調査。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了(社会学修士)。ケベック州のラバル大学博士課程に在籍。現在は帰国し日本在住。著書に『奴隷労働―ベトナム人技能実習生の実態』(花伝社、2019年)。

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