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<ルポ>「外国人技能実習生ビジネス」と送り出し地ベトナムの悲鳴(2)”送り出す側”に転じた元実習生

巣内尚子研究者、ジャーナリスト
ベトナムの人々。筆者撮影、ベトナム北部。

これまでに多数の課題が幾度も指摘されてきた日本の「外国人技能実習制度」。一方、ベトナムから技能実習生として来日する若者が増えている。この背景には、ベトナム政府の移住労働者送り出し政策を背景として、送り出し機関(仲介会社)が「技能実習生ビジネス」を広げていることがある。

◆「実習生はビジネスになる」と考えて来日した元技能実習生

経済成長の中で都市部では開発が進む。筆者撮影、ハイフォン市。
経済成長の中で都市部では開発が進む。筆者撮影、ハイフォン市。

「実習生はビジネスになると思ったので、日本に行きました」

技能実習生を日本へと送り出している送り出し機関(仲介会社)の男性社長は、私を前に、淡々とした口調で、こう話した。

「<ルポ>『外国人技能実習生ビジネス』と送り出し地ベトナムの悲鳴(1)ベトナム人はなぜ日本に来るのか?」で紹介したハノイ郊外にある技能実習生向け渡航前訓練センターを運営するのが、彼の経営する送り出し機関(仲介会社)だ。

私が驚かされたのは、彼自身がもともとは技能実習生として日本で就労した経験を持つということだった。

ベトナム北部出身で、30代前半。一見、どこにでもいそうなごく普通のベトナムの若い男性にも見える。

しかし、彼はビジネスに対する大きな野心を持った人だった。

彼は、「ベトナムでは移住労働者の海外への送り出しが今後に大きなビジネスになる」と踏んで、その事業ノウハウを得るため、技能実習生として日本で働くことを決めたのだという。

ベトナム人実習生からは、日本行きの理由として、「ベトナムよりも高い収入を得たい」「稼いだお金で家族を助けたい」「日本の技術や働き方を見に付けたい」といった話をよく聞く。

ハノイに建設された複合施設。筆者撮影、ハノイ市。
ハノイに建設された複合施設。筆者撮影、ハノイ市。

だが、彼はそうした理由とは異なる視点から、戦略的かつ意識的に、技能実習生としての来日を選んだのだった。

日本行きは、彼にとって、ビジネスにおける大きな成功を手にするための賭けだったのかもしれない。

そして、彼は、少なくとも私が訪問した時点では、この賭けにより大きな利益を手にしていたように見えた。

日本から帰国後、彼は兄と共に、ハノイ市郊外に移住労働者の送り出しを手掛ける送り出し機関(仲介会社)を立ち上げた。

これまでに、事業は順調に伸びていき、日本をはじめ複数の国にベトナム人労働者を送り出している。

英語の堪能な兄はマレーシアや中東などの担当、日本語の堪能な彼は日本の担当と、それぞれ異なる送り出し先を担当し合って、事業を行っているようだ。

とりわけ技能実習生の送り出しでは、彼が日本滞在中に築いた日本企業とのネットワークが事業に生かされているという。

さらに彼自身、年に何度か日本を訪れるなど、日本とのネットワークの維持に余念がない。

ベトナムの街角。筆者撮影、ハノイ市。
ベトナムの街角。筆者撮影、ハノイ市。

私が訪問したその日、この送り出し機関(仲介会社)の入り口には、海外への移住労働の希望者がひっきりなしに訪れていた。

そして、受付で来訪を告げた後に通された会議室は、広く、とても立派なつくりだった。来客用の装飾の施された頑丈そうな大きなテーブルとイスとが配置されていた。

この送り出し機関(仲介会社)のビジネスが今まさに伸びているという、そんな勢いが感じられた。 

確かに、彼の戦略はあたり、技能実習生としての滞日経験と日本で培った日本語能力や事業ネットワークを武器に、経営は順調なようだった。

◆国際協力という「建て前」と「本音」の大きなかい離

「外国人技能実習生制度」は、その”建前”としては、日本から発展途上国への技術移転や国際協力がうたわれている。

技能実習生の受け入れ企業や管理組合を指導する国際研修協力機構(JITCO)のホームページでは、技能実習生制度について、こうした説明がなされている。

「この制度は、技能実習生へ技能等の移転を図り、その国の経済発展を担う人材育成を目的としたもので、我が国の国際協力・国際貢献の重要な一翼を担っています」と。

だが、技能実習生を受け入れる日本企業の中で、そのような「国際協力」を目的として技能実習生を受け入れている企業はどの程度あるのだろうか。それよりも、製造業、縫製業、農業、建設業などの部門では、切実な人手不足の中で、なんとか人を確保するために、技能実習生を労働力として受け入れるという実情があるだろう。

◆官民が関与する「成長産業」としての技能実習生送り出しビジネス

ベトナムでは外資系企業の進出が進んでいる。筆者撮影、ハノイ市。
ベトナムでは外資系企業の進出が進んでいる。筆者撮影、ハノイ市。

そして、技能実習生の送り出し国であるベトナムでは、技能実習生の送り出しは、もはやビジネスとしてとらえられている。

それも、大きな利益をもたらす「成長産業」として。

ベトナム政府から事業許可を得た送り出し機関(仲介会社)が技能実習生の候補者を集め、高額の手数料や保証金を渡航前費用として候補者から徴収した上で、日本語教育を柱とする渡航前訓練や日本企業との面接の機会を技能実習生候補者に提供するという仕組みができ上っている。 

ベトナムにはこうした送り出し機関(仲介会社)は、既に多数あり、中には日本企業に対して接待をするなどし、自社を利用してもらおうとする送り出し機関(仲介会社)も存在するという。

「国際協力」や「技術移転」という美しい”建て前”が存在する一方で、ベトナムでは技能実習生を多数送り出すことにより、多額の利益を確保しようとする送り出し機関(仲介会社)の事業展開が活発化している。

ベトナム政府にしても、送り出し機関(仲介会社)の事業の許認可権を持つ。

さらに、政府機関の中には送り出し機関(仲介会社)を自ら経営するケースもある。また海外に出稼ぎに出たベトナムの人々は故郷の家族に仕送りし、家族の生活を支えようとする。この仕送りはベトナム経済を下支えする。

技能実習生の送り出しを広げることはベトナム政府にとって、プラスなのだ。

ハノイの開発地域。都市の景観は急速に変化している。筆者撮影、ハノイ市。
ハノイの開発地域。都市の景観は急速に変化している。筆者撮影、ハノイ市。

しかし、技能実習生として働く同胞の中には、日本で厳しい状況に立たされている人もいる。

私がこれまでに話を聞いた技能実習生の経験者の中には、低賃金や長時間労働、住環境や就労環境の課題などに直面したり、経済的な搾取や人権侵害など深刻な問題を経験したりした人もいた。

この半面、数々の課題を抱える技能実習生制度を、元技能実習生だった1人のベトナム人が支えている。

もともとの野心、そして技能実習生の経験があれば、日本企業との交流がある上、「外国人技能実習生制度」のうまみやこの制度を利用していかにして利益を得るかということも十分に分かっているのかもしれない。

ベトナムの人々。子どものために海外へ働きに行く人も多い。筆者撮影、ハイフォン市。
ベトナムの人々。子どものために海外へ働きに行く人も多い。筆者撮影、ハイフォン市。

「技能実習生はビジネスになる」と考え、技能実習生ビジネスのノウハウを得るために来日し、技能実習生として働いた彼の存在。

この入り組んだあり方からは、ベトナムの技能実習生をめぐる状況がより複雑化し、その中で、技能実習生をビジネスの種にするシステムが形作られ、そして、そのシステムが拡大していることが浮かび上がってくる。(「拡大する「外国人技能実習生ビジネス」と送り出し地ベトナムの悲鳴(3)」に続く)

※この記事は、「週刊金曜日」7月8日号に掲載された「ベトナム人の希望に巣食う『外国人技能実習生ビジネス』 」に加筆・修正したものです。

■用語メモ

【ベトナム】

正式名称はベトナム社会主義共和国。人口は9,000万人を超えている。首都はハノイ市。民族は最大民族のキン族(越人)が約86%を占め、ほかに53の少数民族がいる。ベトナム政府は自国民を海外へ労働者として送り出す政策をとっており、日本はベトナム人にとって主要な就労先となっている。日本以外には台湾、韓国、マレーシア、中東諸国などに国民を「移住労働者」として送り出している。

【外国人技能実習制度】

日本の厚生労働省はホームページで、技能実習制度の目的について「我が国が先進国としての役割を果たしつつ国際社会との調和ある発展を図っていくため、技能、技術又は知識の開発途上国等への移転を図り、開発途上国等の経済発展を担う「人づくり」に協力すること」と説明している。

一方、技能実習制度をめぐっては、外国人技能実習生が低賃金やハラスメント、人権侵害などにさらされるケースが多々報告されており、かねてより制度のあり方が問題視されてきた。これまで技能実習生は中国出身者がその多くを占めてきたが、最近では中国出身が減少傾向にあり、これに代わる形でベトナム人技能実習生が増えている。

研究者、ジャーナリスト

東京学芸大学非常勤講師。インドネシア、フィリピン、ベトナム、日本で記者やフリーライターとして活動。2015年3月~2016年2月、ベトナム社会科学院・家族ジェンダー研究所に客員研究員として滞在し、ベトナムからの国境を超える移住労働を調査。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了(社会学修士)。ケベック州のラバル大学博士課程に在籍。現在は帰国し日本在住。著書に『奴隷労働―ベトナム人技能実習生の実態』(花伝社、2019年)。

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