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<ルポ>「外国人技能実習生ビジネス」と送り出し地ベトナムの悲鳴(3)「労働輸出」と”主要市場”の日本

巣内尚子研究者、ジャーナリスト
ベトナムの若者。筆者撮影、ハノイ市。

数々の課題が指摘されてきた日本の「外国人技能実習制度」だが、ここ最近、技能実習生として来日するベトナム人が増加している。ベトナム側からみて、ベトナム人実習生の増加の背景して挙げられるものの一つに、ベトナム政府による「国策」としての労働者送り出しの、いわゆる「労働輸出」政策がある。今回は、ベトナムからの国境を超える移住労働の広がりとベトナム政府にとっての日本の位置づけをみてみたい。

◆労働者を「輸出」するよう促すベトナム政府の方針

ベトナムの街角。筆者撮影、ハイフォン市。
ベトナムの街角。筆者撮影、ハイフォン市。

「労働輸出」を拡大せよ―。

今年の「労働輸出」は10万人を超えた――。

ベトナムの新聞や公的文書を見ると、この「労働輸出(Xuat Khau Lao Dong=Labor export)」という言葉とともに、こうした文言に出会うことが多々ある。

私は「労働輸出」と聞くと、人間をあたかも輸出産品のように扱うような言葉との印象を受けるが、ベトナムでは移住労働者の送り出しを表す言葉として「労働輸出」という言葉がよく使われている。

実際に、「労働輸出」がベトナム政府にとって重要政策となっている中で、同国政府の文書や地元メディアの報道では、頻繁に「労働輸出」という言葉が使われている。

「労働輸出」政策において、ベトナム政府がなによりも期待をするのは国内の失業対策に加え、海外出稼ぎ労働者からの送金だろう。政府は「労働輸出」は送金受け取り額を拡大するための重要な施策としてとらえている。

都市部の建物。都市ではバイクや車が多数走るが自転車も。筆者撮影、ハノイ市。
都市部の建物。都市ではバイクや車が多数走るが自転車も。筆者撮影、ハノイ市。

そもそもベトナムからの「労働輸出」に一定の蓄積がある。

長きにわたるベトナム戦争を経て、1976年に南北が統一し、現在のベトナム社会主義共和国が成立した。

しかし、その後、カンボジア侵攻や中越戦争により、ベトナムは国際社会から孤立し、経済的な苦境に陥った。

そうした国勢情勢の中、ベトナムの外交関係は旧ソ連やはじめ東側諸国との関係が中心になったが、この時期にはベトナムから旧ソ連や旧東ドイツ、急チェコスロバキアなどといった「社会主義友好国」への労働者送り出しが行われていた。

私にはベトナムで知り合ったポーランド人の友人がいるが、この友人によると、ベトナムからはポーランドへも労働者が送り出されたほか、現在でもポーランドに残るベトナム人がおり、ベトナム人コミュニティが存在するという。

都市の街角。ライフスタイルも変化してきている。筆者撮影、ハノイ市。
都市の街角。ライフスタイルも変化してきている。筆者撮影、ハノイ市。

一方、その後、1986年にベトナム政府が、改革開放政策「ドイモイ(刷新)」を採択した上、1992年の日本による対越援助の再開や、1995年のアメリカとの国交正常化と東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟など、国際社会との交流拡大を受け、90年代以降、ベトナムから韓国、日本、台湾、マレーシアなどアジア諸国への移住労働者送り出しが活発化していった。

そもそも東南アジアでは、以前からフィリピンが移住労働者の送り出し国として知られてきた。フィリピンでは、海外で働くフィリピン人移住労働者を指す「フィリピン人海外出稼ぎ労働者(Overseas Filipino Workers=OFW)」という言葉が一般的に使われるほどに、海外への移住労働は一般的だ。

さらに、およそ2億5,000万人に上る巨大な人口を抱えるインドネシアもまた、移住労働者の送り出し国として知られている。

そして、東南アジア諸国連合(ASEAN)内でもさまざまな国境を超える人の移動という現象が起きている。

そんな中で、ベトナムもフィリピンやインドネシアのように、海外への自国民の送り出しを拡大させているのだ。

街角を走る韓国車。外資のベトナムへの進出も盛んだ。筆者撮影、ハイフォン市。
街角を走る韓国車。外資のベトナムへの進出も盛んだ。筆者撮影、ハイフォン市。

これまでに、ベトナム政府による「労働輸出」政策は、政府の期待通りに広がり、海外に働きに行くベトナム人の数は増えている。

ベトナムの労働行政を管轄するベトナム労働・傷病軍人・社会省(MOLISA)のまとめでは、ベトナムから正規ルートで海外に送り出された労働者は、2010年に計8万5,546人、2011年に8万8,298人、2012年に8万320人、2013年に8万8,155人となった上、2014年には前年比18.7%増の10万6840人に上り、10万人を突破した。

そして、2015年には計11万5,980人に達した。

非正規ルートで海外に働き行くものもいるとみられていることから、海外で働くベトナム人はさらに多いと推測されている。

◆国別の送り出し数で日本が2位に

経済成長の中で開発の進む商業施設。筆者撮影、ハノイ市。
経済成長の中で開発の進む商業施設。筆者撮影、ハノイ市。

一方、ベトナムからの主な渡航先は現在、台湾、日本、韓国、マレーシアというアジア諸国だ。さらに、最近ではサウジアラビアなどへの労働者の正式な送り出しも始まるなど、ベトナム人移住労働者の就労先は多様化している。

送り出し先が多様化する中でも、とりわけベトナム政府は日本を重要な送り出し先としてとらえている。

既に日本への送り出し数は2015年に計2万7,020人となり、首位の台湾(6万7,121人)に続く2位に付けている状況だ。(他にマレーシアに7,354人、韓国に6,019人、サウジアラビアに3,975人、アルジェリアに1,963人など)

ベトナム政府の文書の中には、日本は「労働輸出」の「主要市場」だとの文言がみられることもある。

実際に日本へと働きにいく労働者だけではなく、ベトナム政府も日本に対して大きな期待を抱いていることが伺える。

◆同胞からの巨額の送金が下支えするベトナム経済

都市のスーパー。海外からの仕送りが消費などにまわる。筆者撮影、ハノイ市。
都市のスーパー。海外からの仕送りが消費などにまわる。筆者撮影、ハノイ市。

これまでみたように、海外への自国民の送り出しを推進しているベトナム政府だが、前述したように、政府がこうして自国民を送り出す背景には、国内での失業対策に加え、在外同胞からの送金への期待があるだろう。

収入を目的として国境を超える移住労働者は、海外で就労して得た収入を祖国の家族に送るケースが多い。

世界銀行が2015年12月に発表した「Migration and remittances factbook 2016」によると、2015年のベトナムへの海外からの送金額は推定123億米ドルとなり、前年の120億米ドルから3億米ドル増加したとみられる。

ベトナムの送金受け取り額は世界で11位、アジア地域では世界首位のインド(約722億米ドル)、中国(約639億米ドル、2位)とフィリピン(約297億米ドル)などに続く金額だ。

都市の商業施設。在外同胞からの仕送りが消費を下支えする。筆者撮影、ハノイ市。
都市の商業施設。在外同胞からの仕送りが消費を下支えする。筆者撮影、ハノイ市。

ベトナムの場合、ベトナム戦争に際し、多数のベトナム人が難民として海外にわたっており、こうした在外ベトナム人からの送金もかなりの額に上る。これに、最近増えている移住労働者による送金が加算され、これだけの金額になっているとみられる。

ベトナムというまだまだ開発の途上にあり、国内に貧困問題を抱える国にとっては、在外同胞からの送金は人々の日々の暮らし、ひいては経済全体を下支えする貴重な経済資源となっている。

都市の商業施設。海外からの仕送りが消費などにまわる。筆者撮影、ハノイ市。
都市の商業施設。海外からの仕送りが消費などにまわる。筆者撮影、ハノイ市。

在外同胞からの送金は、受け取った家族によって日用品などの購入に充てられ、消費市場に流れ込む。

また、ベトナムでは医療や教育などのインフラが十分整備されていない中、この送金を利用し、民間の割高な医療や教育サービスを受ける人もいる。

移住労働者を含む在外ベトナム人からの送金は、人々の日々暮らしを支えるとともに、政府が供給しきれていない基本的な社会インフラの不足をも補っていると言えるだろう。(「<ルポ>『外国人技能実習生ビジネス』と送り出し地ベトナムの悲鳴(4)借金に縛られた実習生を生む構造」に続く)

※この記事は、「週刊金曜日」7月8日号に掲載された「ベトナム人の希望に巣食う『外国人技能実習生ビジネス』 」に加筆・修正したものです。

■用語メモ

【ベトナム】

正式名称はベトナム社会主義共和国。人口は9,000万人を超えている。首都はハノイ市。民族は最大民族のキン族(越人)が約86%を占め、ほかに53の少数民族がいる。ベトナム政府は自国民を海外へ労働者として送り出す政策をとっており、日本はベトナム人にとって主要な就労先となっている。日本以外には台湾、韓国、マレーシア、中東諸国などに国民を「移住労働者」として送り出している。

【外国人技能実習制度】

日本の厚生労働省はホームページで、技能実習制度の目的について「我が国が先進国としての役割を果たしつつ国際社会との調和ある発展を図っていくため、技能、技術又は知識の開発途上国等への移転を図り、開発途上国等の経済発展を担う「人づくり」に協力すること」と説明している。

一方、技能実習制度をめぐっては、外国人技能実習生が低賃金やハラスメント、人権侵害などにさらされるケースが多々報告されており、かねてより制度のあり方が問題視されてきた。これまで技能実習生は中国出身者がその多くを占めてきたが、最近では中国出身が減少傾向にあり、これに代わる形でベトナム人技能実習生が増えている。

研究者、ジャーナリスト

東京学芸大学非常勤講師。インドネシア、フィリピン、ベトナム、日本で記者やフリーライターとして活動。2015年3月~2016年2月、ベトナム社会科学院・家族ジェンダー研究所に客員研究員として滞在し、ベトナムからの国境を超える移住労働を調査。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了(社会学修士)。ケベック州のラバル大学博士課程に在籍。現在は帰国し日本在住。著書に『奴隷労働―ベトナム人技能実習生の実態』(花伝社、2019年)。

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