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<ルポ>「外国人技能実習生ビジネス」と送り出し地ベトナムの悲鳴(5)来日前に受ける「軍隊式」の研修

巣内尚子研究者、ジャーナリスト
ベトナムの若者たち。筆者撮影、ホーチミン市。

数々の課題が指摘されてきた日本の「外国人技能実習生制度」。しかし現在、技能実習生として来日するベトナム人が増えている。

この状況について、私はこれまでに、「<ルポ>「外国人技能実習生ビジネス」と送り出し地ベトナムの悲鳴(1)ベトナム人はなぜ日本に来るのか?」「<ルポ>「外国人技能実習生ビジネス」と送り出し地ベトナムの悲鳴(2)”送り出す側”に転じた元実習生」「<ルポ>「外国人技能実習生ビジネス」と送り出し地ベトナムの悲鳴(3)「労働輸出」と”主要市場”の日本」「<ルポ>「外国人技能実習生ビジネス」と送り出し地ベトナムの悲鳴(4)借金に縛られた実習生を生む構造」で伝えた。

一方、ベトナムでの「技能実習生ビジネス」において、送り出し機関(仲介会社)が実習生候補者に対し、日本語教育を中心とする渡航前研修を受けさせることが一般的だ。その渡航前研修を提供する訓練センターの中には、「軍隊式」の渡航前研修を売りにしているところもある。

◇「軍隊式」が売りの渡航前訓練センターー

ベトナムの家族。家族のために海外へ働きに行く人も。筆者撮影、ホーチミン市。
ベトナムの家族。家族のために海外へ働きに行く人も。筆者撮影、ホーチミン市。

「うちは軍隊式を取り入れています」。

実習生候補者を対象にした渡航前訓練センターを経営する30代初めのベトナム人男性は、自信たっぷりにこう語った。

ハノイ市近郊にある彼の訓練センターでは、実習生として来日する前のベトナム人を対象に、日本語などの渡航前研修を提供している。

その渡航前研修の中で、規則を厳格に守らせ、規律を身につけさせ、それにより日本企業側のニーズに応える実習生を育成することが彼の会社の方針なのだという。

そのために取り入れているのが、細かな規則を導入した「軍隊式」の渡航前研修だった。

男性はハノイの名門大学を卒業した後に日本の有名大学に留学した経験も持つエリートで、日本語は相当のレベルだ。

身のこなしも颯爽とし、若手実業家といった雰囲気がただよう。

ベトナムの若者。筆者撮影、ハノイ市。
ベトナムの若者。筆者撮影、ハノイ市。

そんな彼は私に、「軍隊式」の渡航前研修の重要性を説くとともに、ベトナム人に対する「躾」が必要だと強調する。

彼は、日本の企業で働くということはベトナム人にとって学ぶことが多い上、収入も得られるなどメリットが大きいが、来日前には、ベトナム人実習生候補者に対して「躾」をし、日本企業での就労を乗り切れるようすることが必要なのだ、とする。

こうした彼の考えのもと、実習生候補者は、彼の訓練センターで日本語を中心に学んだ上で、5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)や「カイゼン」をはじめとする日本の企業文化や日本の習慣などを学ぶことになる。

では、いったいなにが「軍隊式」なのかというと、企業の規則と「上」から指示を忠実に守ることのできる実習生を育成するため、彼の訓練センターでは、さまざま規則が決められ、それを順守することが求められるのだという。

研修の時間だけではなく、朝起きてから寝るまでの生活全般においても様々な規則を守り、規律を身につけることが目指されるというのだ。

◆日本人は「先生」、日本人を”敬う”ことを叩きこまれた実習生候補者

ベトナムの若者。筆者撮影、バッチャン村。
ベトナムの若者。筆者撮影、バッチャン村。

彼が手配した車に乗り込み、彼自慢の訓練センターまで連れて行ってもらった。

思いがけず黒塗りの高級車で、彼の「実習生ビジネス」が順調であることが伺えた。

訓練センターは、日本の古い小学校を思わせるような、どこか懐かしく、そして質素な建物だった。

敷地内には、小さな中庭があり、そこでちょっとした運動ができるようになっている。

このセンターの中に足を踏み入れると、すぐにスタッフの男性が対応してくれた。

日本に実習生として行ったことがあるというこの男性は30歳くらいだろうか。無駄な贅肉の一切ない引き締まった体つきで、背筋をすっと伸ばし、私の前に立っていた。日焼けした浅黒い顔を時折ほころばせながら、私の突然の来訪を歓迎する姿勢を見せてくれた。

彼がまず案内してくれたのは、訓練生が日本語を学ぶ教室だった。

ベトナムの若者。筆者撮影、ハイフォン市。
ベトナムの若者。筆者撮影、ハイフォン市。

コンクリートでつくられ、ところどころ崩れかけたような古い建物に、複数の教室が備え付けられている。

それぞれの教室はごく小さな部屋で、日本でいうところの6畳間くらいのスペースに、小ぶりな机とイスがいくつも詰め込まれていた。

訪れた時は、実習生の候補者であるその訓練センターの訓練生10人ほどが日本語の授業を受けているところだった。男女半々くらいで、年齢20代はじめから30代前半。その多くが農村部の出身だという。

スタッフの彼に連れられ教室のドアに足を踏み入れた途端、その場にいた訓練生すべてが一斉に立ち上がり、直立した状態で、驚くほどの大きな声を出し、「先生、こんにちは」と言った。

なるほど、これが「軍隊式」の挨拶らしい。

たしかに、おなかの底から出しているような大声と、その直立不動の姿勢から、「軍隊式」の挨拶と言われれば、そうかとうなずくほかない。

ベトナムの人びと。母親が学費を稼ぐために子どもを残し海外に行くことも。筆者撮影。
ベトナムの人びと。母親が学費を稼ぐために子どもを残し海外に行くことも。筆者撮影。

どうもここでは、来訪者、とりわけ「日本人」はみな一様に「先生」と呼ばれているらしい。

しかし、私は先生でもなく、何者でもない。

訓練生の勢いにあっけにとられつつも、なんとか「こんにちは」と挨拶してみた。

にこにことほほ笑む訓練生の好奇心に満ちた視線が私に集中する。

普段は決して呼ばれることのない「先生」という言葉と、彼ら彼女らの笑顔とその視線を受け、私は一瞬どうしていいのかわからなくなった。

スタッフの彼が、「なにか訓練生に聞きたいことありますか?」と話しかけてくれ、やっと何か話さなくてはならないと気が付いた。

そこで、訓練生に対し、一人ずつ名前と出身地、年齢を聞いてみた。

日本語の初学者のクラスというが、これらの基本的なことはなんとか言えるのではないかと思ったからだ。

私の質問に対し、1人の訓練生は、「ナムです。ハイズオン省の出身です。23歳です」と、大きな声で勢いよく答えてくれた。

ほかの訓練生たちもそれぞれ、クラスメートがどうやって話すのか、耳をそばだてて、息を飲むように聞き入っていた。

訓練生たちは日本人と接すること、覚えたての日本語を話すことがうれしいといった感じに見えたが、その大声と直立不動の姿勢は最後までそのままだった。

ベトナムの若者。筆者撮影、ハノイ市。
ベトナムの若者。筆者撮影、ハノイ市。

彼ら彼女らの大声と直立不動の姿勢から、ここで訓練生が日本人を”敬う”よう叩きこまれているのではないかと感じざるを得なかった。

しかし、誰かほかの人に会った際、すぐに起立し、直立不動になって大声で挨拶をしたり、初対面の相手を「先生」と呼ぶ習慣は、日本にあるのだろうか。

日常の暮らしや仕事の中で、いったいどれだけの人がそんなふるまいをしているのか。

私はそんなことを思いながら、戸惑いを感じずにはいられなかった。(「拡大する「外国人技能実習生ビジネス」と送り出し地ベトナムの悲鳴(6)」に続く)

※この記事は、「週刊金曜日」7月8日号に掲載された「ベトナム人の希望に巣食う『外国人技能実習生ビジネス』 」に加筆・修正したものです。

■用語メモ

【ベトナム】

正式名称はベトナム社会主義共和国。人口は9,000万人を超えている。首都はハノイ市。民族は最大民族のキン族(越人)が約86%を占め、ほかに53の少数民族がいる。ベトナム政府は自国民を海外へ労働者として送り出す政策をとっており、日本はベトナム人にとって主要な就労先となっている。日本以外には台湾、韓国、マレーシア、中東諸国などに国民を「移住労働者」として送り出している。

【外国人技能実習制度】

日本の厚生労働省はホームページで、技能実習制度の目的について「我が国が先進国としての役割を果たしつつ国際社会との調和ある発展を図っていくため、技能、技術又は知識の開発途上国等への移転を図り、開発途上国等の経済発展を担う「人づくり」に協力すること」と説明している。

一方、技能実習制度をめぐっては、外国人技能実習生が低賃金やハラスメント、人権侵害などにさらされるケースが多々報告されており、かねてより制度のあり方が問題視されてきた。これまで技能実習生は中国出身者がその多くを占めてきたが、最近では中国出身が減少傾向にあり、これに代わる形でベトナム人技能実習生が増えている。

研究者、ジャーナリスト

東京学芸大学非常勤講師。インドネシア、フィリピン、ベトナム、日本で記者やフリーライターとして活動。2015年3月~2016年2月、ベトナム社会科学院・家族ジェンダー研究所に客員研究員として滞在し、ベトナムからの国境を超える移住労働を調査。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了(社会学修士)。ケベック州のラバル大学博士課程に在籍。現在は帰国し日本在住。著書に『奴隷労働―ベトナム人技能実習生の実態』(花伝社、2019年)。

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