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難民だった神父とベトナム人移住労働者【後編】多方面からの支援活動、日本社会の教訓となる取り組み

巣内尚子研究者、ジャーナリスト
台湾でベトナム人移住労働者の支援を行うペーター・グエン・バン・フン神父、筆者撮影

私は、2016年10月18日付で配信した'''「難民だった神父とベトナム人移住労働者【前編】強姦された女性からの助けを求める声と支援活動」'''で、台湾の桃園市にベトナム人移住者の支援組織「Vietnamese Migrant Workers and Brides Office(ベトナム人移住労働者・花嫁事務所)」を立ち上げたベトナム系オーストラリア人のペーター・グエン・バン・フン神父について取り上げ、フン神父が台湾でのベトナム人移住者の支援活動にかかわった経緯を伝えた。

では、Vietnamese Migrant Workers and Brides Officeは具体的にどのような活動だろうか。今回は、Vietnamese Migrant Workers and Brides Officeの幅広い活動の具体的な内容を紹介したい。フン神父の展開する活動は、技能実習生など外国人移住労働者をかかえる日本にとっても、参考になることがあるだろう。

◆労働法の改正を求めて活動、NGOと移住労働者エンパワーメントのために組織結成

台湾でベトナム人移住労働者の支援を行うペーター・グエン・バン・フン神父、筆者撮影
台湾でベトナム人移住労働者の支援を行うペーター・グエン・バン・フン神父、筆者撮影

まず、Vietnamese Migrant Workers and Brides Officeの活動で特徴的なことは、政府の政策レベルへの働きかけがあることだ。

家事労働者を労働法の適用対象に含めるよう訴えるなどの活動を実施している。

フン神父は「台湾の労働法では、家事労働者は現在も適用対象外となっており、これまで長年にわたり、他のNGOと連携するなどして、労働適用を求めてきました」と説明する。

そうした中、フン神父は現在までに、台湾の複数のNGOと連携して、「台灣移工聯盟(Migrant Empowerment Network in Taiwan,MENT)」というネットワークを結成し、労働法を改正し、家事労働者を対象に含めるよう訴えている。

さらに、国際社会からの圧力を期待し、グエン神父は米ワシントンDCを2回訪問し、米国務省に対して、台湾における移住労働者の状況を訴えた経験もある。

◆収容施設を訪問して拘束されている女性たちを支援

台湾・台北市。筆者撮影。
台湾・台北市。筆者撮影。

一方、フン神父の活動は、ベトナム人移住労働者へのより踏み込んだ支援にも広がっている。

ベトナム人移住労働者からの電話相談を受け付け、助言をし、問題があれば 直接、雇用主と交渉したり、裁判をしたり、政府に訴えたりもするのだ。

また、台湾当局によって非正規滞在を理由に拘束されたベトナム人移住労働者がいる場合、フン神父自ら収容施設を訪問し、そこに拘束されているベトナム人を支援している。

私がベトナムでインタビューを行った台湾での家事労働経験者の女性たちの中には、雇用主宅を逃走後に、なんらかの形で台湾当局に拘束されて収容施設に収容されていたところ、神父から支援を受けた女性が複数いた。

こうした女性たちは雇用主宅から逃走後に、家事労働者として個人宅で働いたり、市場や飲食店で働いていたりしていたが、ある日突然、当局に拘束されてしまったため、それまでの賃金を受け取ることもできなかったケースが少なくない。そのような場合、フン神父が未払い賃金の支払いを求めて、女性たちの代わりに就労先と交渉することもあるという。

◆シェルターで移住労働者を保護、台湾全土から逃げ込んできたベトナム人労働者

台湾・台北市。筆者撮影。
台湾・台北市。筆者撮影。

Vietnamese Migrant Workers and Brides Officeではほかに、就労先から逃走してきたベトナム人移住労働者を教会内に設置したシェルターに保護している。

桃園の教会内にあるシェルターは60人を収容することが可能で、私が訪問した2016年8月時点では40人のベトナム人移住労働者が保護されていた。

この40人は家事労働者だけではなく、工場労働者、建設労働者、漁業労働者も含まれている。

性別は男女ともにおり、ベトナム北部出身者が多いとのことだった。また、台湾での就労先は台北、桃園、台中をはじめとした台湾全土から集まっているのだ。

シェルターでの生活の中では、グエン神父が保護されたベトナム人移住労働者に対する心理的なカウンセリングを行うこともある。

神父は以前、移住労働者が精神的に打撃を受けていることを知り、オーストラリアで心理学の修士号を取るなど、カウンセリングの専門知識を見につけており、その知識を生かし、毎週決まった時間に1時間半ほどのカウンセリングをベトナム人移住労働者向けに教会内で行っているのだという。

◆動画によるネットでの情報配信

台湾・台北市。筆者撮影。
台湾・台北市。筆者撮影。

さらに、ベトナム人移住労働者に対して情報発信・啓もう活動を行うためのベトナム語と中国語の動画を作成し、フェイスブックにアップするという活動も実施している。

このネットを使った試みは最近始めたものだ。

家事労働者らにとって、動画のほうがより事態を理解しやすいと判断して、動画投稿を始めたという。

動画の内容は、台湾の労働法に関するものや移住労働において何らかの被害に遭ったベトナム人労働者のインタビューなどだ。撮影は教会内に設置したスタジオで行っている。

◆ベトナム人移住家事労働者の課題と裏切られる期待、言語・情報・差別・長時間労働という困難

台湾・台北市。筆者撮影。
台湾・台北市。筆者撮影。

しかし、なぜベトナム人の移住家事労働者は、台湾で困難に直面してきたのだろうか。

フン神父は、「ベトナム人家事労働者の課題として、中国語ができないことに加え、台湾の文化を十分に知らないということがあります。それに、台湾の法律を知らないことも課題となっています」と語る。

現地の言語や文化に関する知識やスキルが十分ではない上、台湾の法律を知らないことから、ベトナム人移住家事労働者は、リスクにさらされやすい状況であるという。

そうした中で、ベトナム人家事労働者は雇用主との間の非対称的な権力関係の下に置かれることになるには課題があるケースが少なくなく、ベトナム人家事労働者が雇用主と一緒に食事をさせてもらえなかったり、雇用主に殴られたりするケースが出ている。

さらに、高齢者介護を担っている家事労働者を中心に、長時間の重労働にさられる例が多い。

ベトナム人家事労働者は台湾にわたる前、大きな希望を持っている。ベトナム人女性はベトナムよりも経済的に発展した台湾で、出身地よりも高い収入を得て、なんとかして故郷の家族際の就労現場ではさまざまな困難に直面している。

ただし、フン神父によると、家事労働者の女性たちはこうした困難を自だけで抱え、家族に相談することもしないとする。このため問題が表面化しにくいのだという。

◆ベトナム-台湾間の移住制度に埋め込まれた搾取と人権侵害

台湾・台北市。筆者撮影。
台湾・台北市。筆者撮影。

では、こうした台湾におけるベトナム人移住労働者をめぐる課題をどのように考えればいいのだろうか。

私がベトナムで実施した台湾での移住家事労働を経験した女性に対する聞き取り調査では、台湾での移住家事労働を経験したベトナムの農村出身女性はそもそも出身地の農村での農業による仕事では現金収入を得ることが難しく、台湾での移住家事労働は現金を安定して得られる限られた機会としてとらえられていた。

このため、高額の渡航前費用を仲介会社に払い、台湾に移住家事労働に出ていた。

さらに、台湾での就労期間中、自分に与えられた環境の中で、できるだけ多くの現金を得るために、契約書上は日曜日が休みとされていても日曜日も就労して残業代を得ようとするなど、休みをとるよりも就労を優先していた人が少なくないことが分かった。

同時に、雇用主との関係において、対等な関係性になく、自分の意見や考えを言うことができずに何かあると我慢していたという人も少なくなかった。

このように、先に見たように台湾の労働法で家事労働者と介護労働者が守られていないことに加え、ベトナム人女性たちの経済的な背景、女性たちと雇用主との非対称的な権力関係を背景に、女性たちは長時間労働や過重労働にさらされるリスクを抱えていると言える。

実際に、私の聞き取り調査では、台湾の移住家事労働経験者は台湾での就労中、3年の契約期間中、1日も休日がなかったという人が多かった。就労時間は朝起きてから夜寝るまでと長い上、介護をしているケースでは夜中にトイレ介助などのために起こされて、介護を行う例が少なくなかった。

女性たちに就労時間を問うと、多くの女性が「24時間」「家事労働者に決まった就労時間はない」と答えていた。このように1日中働き詰めの上、休みのない就労状況はもはや当たり前のものとなっており、労働者としての権利や人権が保護されているとは言い難い。

とりわけVietnamese Migrant Workers and Brides Officeの設立のきっかけとなった移住家事労働者に対する強姦のような深刻な事例があるとともに、同組織が現在も活動を継続し、かつ現時点でも同組織のシェルターに逃げ込んだベトナム人移住労働者がいるという状況からは、ベトナム人労働者の権利や人権が過去にも困難な状況に置かれ、それが現在も続いていることを指し示す。

一方、こうした移住家事労働をめぐる課題に関して、家事労働者個人や雇用主個人にその責任のすべてを帰することはできない。

そうではなく、むしろ、経済格差のあるベトナムと台湾の間で、経済的課題を抱え現金収入を得る必要に迫られたぜい弱性の高い労働者を、送り出し/受け入れているあり方をみる必要がある。

このあり方の下で、ベトナム人女性たちを、労働者としての権利保護が十分ではない住み込み家事労働という就労分野に配置するというベトナムと台湾との間の移住制度が生み出した構造に、ベトナム人女性家事労働者が搾取や人権侵害にさらされる状況があらかじめ埋め込まれているとも言えるのではないだろうか。

ベトナム政府と台湾政府のそれぞれの政策と、それに基づくベトナムと台湾での営利目的の仲介会社の事業拡大と移住産業の拡大の中で、相対的にぜい弱性の高い経済的課題を抱えたベトナムの農村出身女性が台湾にわたり、かつ労働法で保護されていない家事労働者として働くことを促す移住制度の中に、女性たちの経験する困難が埋め込まれている。ベトナム人移住家事労働者の就労状況や権利をめぐる課題は、構造的に構築された課題だと考えられるだろう。

では、どうすれば、こうした構造的課題を解決できるのか。その解決策を導き出すことが、台湾とベトナムの両政府、移住労働産業を展開する仲介会社、ベトナム側の送り出し社会、台湾側の受け入れ社会に、問われている。

一方、こうした移住労働者をめぐる課題が存在するという状況は、なにも台湾にとどまらない。読者もご存知の通り、日本もまた、技能実習生をはじめとする移住労働者をめぐる課題が山積している。台湾の事例をみながら、その半面で、日本の私たちも移住労働者に関する課題について考え、その解決策をみつけていくことが必要だろう。(了)

研究者、ジャーナリスト

東京学芸大学非常勤講師。インドネシア、フィリピン、ベトナム、日本で記者やフリーライターとして活動。2015年3月~2016年2月、ベトナム社会科学院・家族ジェンダー研究所に客員研究員として滞在し、ベトナムからの国境を超える移住労働を調査。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了(社会学修士)。ケベック州のラバル大学博士課程に在籍。現在は帰国し日本在住。著書に『奴隷労働―ベトナム人技能実習生の実態』(花伝社、2019年)。

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