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DV被害者やシングルマザーを支援するフィリピン人女性たち【前編】女性の地位低い日本でも連帯して生きる

巣内尚子研究者、ジャーナリスト
埼玉県入間市で開かれた国際女性デーを祝うカフィンのイベント。筆者撮影。

今年も3月8日の「国際女性デー」がやってくる。一方、かねてより女性の地位が低いと批判されてきた日本。特に外国出身の移住女性たちは、女性であるだけでなく、外国出身者であることで、さらに不利な立場に置かれるケースが少なくない。そんな中、DV被害者やシングルマザーをはじめとして困難を抱えた移住女性の支援を行っている団体がある。それが埼玉県でフィリピン人女性を中心に移住女性の支援活動を行う「KAFIN(カフィン)」だ。KAFINは埼玉県の川口市、入間市、飯能市に拠点を置き、移住女性からの相談を受け付け、問題解決を支援するとともに、女性たちが自分の権利を理解し、獲得することを促している。

◆女性たちが集まり連帯、「あらゆる点で、女性は男性と対等であるべき」

国際女性デーを祝うカフィンのイベント。筆者撮影。
国際女性デーを祝うカフィンのイベント。筆者撮影。

「今日のイベントは『女性がこの空の半分を支えている』がテーマです。つまり、女性は本来、男性と対等であるはずなのである。あらゆる点で、女性は男性と対等であるべきです」

3月5日の日曜日。埼玉県入間市の「入間市産業文化センター」で開かれたカフィンによる国際女性デーを祝うイベントで、カフィンの代表を務める長瀬アガリンさんはこう強調した。

アガリンさんはフィリピン南部ミンダナオ島出身で、日本人男性と結婚したことで来日し、カフィンを立ち上げ、フィリピン人女性を中心とした移住女性のDV被害者やシングルマザーの支援を行ってきた。国際女性デーを祝うイベントは1998年以来、今回で18回目となる。

この日のイベントには、入間市やその周辺に暮らすフィリピン人女性やその子どもたちに加え、日本人も集まった。また司会を務めたのはメキシコ出身の女性だ。

イベントで女性たちはジェンダーの平等に関して議論するとともに、自分の意見や疑問を投げかけあい、さまざまな問題を共有した。

国際女性デーを祝うカフィンのイベント。筆者撮影。
国際女性デーを祝うカフィンのイベント。筆者撮影。

さらに、ギターの弾き語りが披露されたほか、参加者のほぼ全員が参加してダンスが披露され、音楽とダンスによって連帯が確認された。

国際女性デーを祝うカフィンのイベント。筆者撮影
国際女性デーを祝うカフィンのイベント。筆者撮影

カフィンではこれまで、フィリピン人女性をはじめとする外国人女性からの相談を受け付け、問題解決を草の根でサポートしてきた。同時に、定期的に会合を開き、問題共有や議論、交流などに向けた場を外国出身の女性たちに提供している。

そうした取り組みとともに、今回のイベントは、女性の権利を確認し、社会における女性の地位を引き上げることの重要性を参加者みなで共有する場となった。

◆国境を越えて海外にわたるフィリピン人、出稼ぎ送金が本国支える

フィリピン下院議会の海外労働者問題委員会上級副議長のジーザス議員。筆者撮影。
フィリピン下院議会の海外労働者問題委員会上級副議長のジーザス議員。筆者撮影。

今回のイベントで注目されたのは、フィリピン本国からガブリエラ女性党の国会議員で、フィリピン下院議会の海外労働者問題委員会(COWA)上級副議長を務めるエメルシアナ・デ・ジーザス議員が講演したこと。

フィリピンではかねてより、国策として海外に自国労働者を送り出す政策が積極的に展開され、フィリピンは現在までに世界的な移住労働者の送り出し国となっている。

多数のフィリピン人が世界で就労し、フィリピン政府は在外フィリピン人の保護・管理策を講じるなどしている。国会議員にとって、在外同胞の保護や支援は重要なことがらだ。

海外で就労するフィリピン人は「フィリピン人海外出稼ぎ労働者(OFW)」と呼ばれる。フィリピン中央銀行(BSP)のまとめによると、OFWによる本国への送金は2016年通年で約296億米ドルとなり、前年の256億1,000万米ドルから増加した。

送金の多くは、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE),シンガポール、英国、日本、カタール、クウェート、香港、ドイツなどからのものとなっている。

OFWによる送金はフィリピンの国内総生産(GDP)の約9.8%に当たる額(2017年2月16日付フィリピン・スター)で、これが消費にまわるなどしてフィリピン経済を下支えしている。

◆女性の中の格差、ジェンダーと経済の二重の搾取

フィリピン下院議会の海外労働者問題委員会上級副議長のジーザス議員。筆者撮影。
フィリピン下院議会の海外労働者問題委員会上級副議長のジーザス議員。筆者撮影。

こうしたOFWの中で女性の存在は大きい。

フィリピン人の移住女性を研究するフェリス女学院大学の小ヶ谷千穂教授は自著『移動を生きる――フィリピン移住女性と複数のモビリティ』(2016年、有信堂高文社)で、「80年代後半からは海外労働者に占める女性比率が6割を超え、アジア域内の香港やシンガポール、また中東へと向けた家事労働者の移動を中心に『海外労働者の女性か』が起こっている」と説明する。

このように国境を超える人の移動における、フィリピン人女性の動きはめざましい。

また、もともとフィリピンでは女性が政治、経済、文化、社会の多様な面で活躍しており、世界経済フォーラム(WEF)の報告書「ザ・グローバル・ジェンダー・ギャップ・リポート2016」では、フィリピンの順位はアイスランド、フィンランド、ノルウェー、スウェーデン、ルワンダ、アイルランドに続き、世界144か国の中で7位につけた。

日本が111位と、「先進国」と呼ばれる国の中で、最低水準にある中で、フィリピンの順位は突出している。

だが、フィリピンでは、女性の地位をめぐる状況は単純ではない。一部の女性たちが政治、経済、社会、文化の各分野で華々しく活躍する一方で、今も経済的な不平等にさらされ、活躍の場を奪われている女性がいるからだ。

ジーザス議員は今回、「この空の半分は女性たちが支えている:ジェンダーの平等と女性のエンパワーメント」と題する講演を行い、「ジェンダーの平等とエンパワーメントの問題は民族や国境を越えて存在する」と指摘した。

さらに、「ジェンダーに基づく不平等は、一つの経済的階級がほかの階級の犠牲のもとにすべての国民の富をコントロールし搾取しようとする結果として生まれる不平等の産物です。女性は二重の搾取に陥ります。これは自らが所属する経済的階級にもとづく搾取と、自らのジェンダーにもとづく搾取の二つです」と説明する。

ジーザス議員はまた、「フィリピンはこれまでに2人の女性の大統領が生まれたものの、女性労働者に対する差別の原因となる労働セクターにおける契約化や弾力化の枠組みは維持され、皮肉にもこれが法制化され、強化されました」と述べている。

フィリピンでは、コラソン・アキノ大統領とグロリア・マカパガル・アロヨ大統領という2人の女性大統領が生まれた。また国会議員にも女性は少なくない。

しかし、ジーザス議員は「こうした女性たちはみな、大きな土地を持つ地主ファミリーの出身」だとし、既存の社会秩序を壊すことはしないとする。

そうした中、フィリピンでは一握りの大土地所有者が政治、経済、社会の各方面に大きな力を持つ社会構造が温存され、その半面で、一般の人たちは良い処遇の仕事に就くことができず、結果的に、これが海外に仕事を求める一因になっていると、同議員は指摘している。

◆暴力・離婚や経済的困難に直面する女性たち、国境を超えるつながり形成で支援

カフィンのイベント。ジーザス議員も踊った。筆者撮影。
カフィンのイベント。ジーザス議員も踊った。筆者撮影。

さらに、就労や結婚のためなどで海外に暮らすフィリピン人女性は就労先での搾取や虐待などの被害を受けたり、人身取引の被害にあったりするケースが存在する。

フィリピン人女性は国境を越えて、就労や結婚などのために移動する主体的な存在である一方で、搾取や虐待などにさらされる懸念も持つ。

とりわけ日本では、「興行」ビザで来日したフィリピン人女性がエンターテイナーとして就労してきた経緯があるが、そうした女性たちが搾取や虐待、人身取引の被害にあう事例が少なくなく、かねてより問題となってきた。

また来日後、日本人男性と結婚したり、交際したりするフィリピン人女性が少なくないが、女性たちがパートナーから暴力を受ける被害も出ている。

その上、結婚後に、離婚をしてシングルマザーとして日本で子どもを育てつつ働くフィリピン人女性もいる。しかし、女性たちはシングルマザーであるだけではなく、外国出身者であることから、条件のよい仕事を見つけることは困難で、経済状況は苦しい。家事や育児の負担も大きく、生活は容易ではない。カフィンはこうした課題を抱えるフィリピン人女性の支援を継続して実施してきた。

フィリピン本国における女性の地位改善だけではなく、海外のフィリピン人女性の権利保護も重要な課題なのだ。

今回のイベントには日本に暮らすフィリピン人女性に加え、日本人やそのほかの国の出身者が参加した。参加者には男性もいるほか、子どもたちも参加している。

その上で、ジーザス議員が参加し、講演を行い、ジェンダー平等に関する考えや疑問を共有するなど、国境を越えたつながりが形成されていることがうかがえる。同議員もカフィンのメンバーとともに、ダンスに参加し、音楽とダンスによる連帯に加わった。(「DV被害者やシングルマザーを支援するフィリピン人女性たち【後編】」に続く)

研究者、ジャーナリスト

東京学芸大学非常勤講師。インドネシア、フィリピン、ベトナム、日本で記者やフリーライターとして活動。2015年3月~2016年2月、ベトナム社会科学院・家族ジェンダー研究所に客員研究員として滞在し、ベトナムからの国境を超える移住労働を調査。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了(社会学修士)。ケベック州のラバル大学博士課程に在籍。現在は帰国し日本在住。著書に『奴隷労働―ベトナム人技能実習生の実態』(花伝社、2019年)。

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