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「助けて下さい」技能実習生が”手紙”で日本政府に訴え、「時給400円」や「暴力」に泣き寝入りしない

巣内尚子研究者、ジャーナリスト
ベトナムの若者。日本にあこがれ技能実習生として来日を目指す人も多い。筆者撮影。

就労先企業における賃金未払いなどの不正行為に直面した外国人技能実習生の間で、支援者からの協力を得て、日本の政府機関に直接手紙を送り、支援を求める動きが出てきている。アジア諸国の労働者を期限付きで受け入れる日本の「外国人技能実習制度」。日本政府はこの制度の拡大に向け動いている。一方、実習生の中には受け入れ企業による賃金の未払いといった違反行為、人権侵害、ハラスメントなどの問題に直面している人もいる。だが、実習生は日本語の能力に課題があったり、日本の制度や法律を知らなかったりする人も多く、外部への相談は容易ではない。そんな中、実習生の中で勇気を振り絞り、支援者の協力を得ながら政府機関に自ら手紙を書いて訴え出る人が出てきているのだ。

◆時給400円・契約書と異なる賃金、監理団体は「知らない」

「勤務時間は8時から5時で、残業は5時半から9時半。

そのあとも仕事があり、そのときは服を手でぬいます。

毎月の給与明細がありません。

わたしの基本給は6万円。

残業は時給400円。給料は月に12万円。

ベトナムでサインした契約書では基本給は食費別で8万5,000円でしたが、実際の給料は6万円です。

ベトナムの送り出し機関に電話したけれど、電話に出なかった。

ベトナムで契約した給料と違います。監理団体からは「ベトナムの会社が違うので知らなかった」と言われた。

道理にあわないので、この手紙を書きました。」

これは、日本で働くベトナム出身の女性技能実習生が厚生労働省に向けて書いた手紙を日本語に翻訳したものだ。

彼女は、この手紙で、日本に来る前にベトナムで署名した契約書と現在の基本給が異なっていること、そして監理団体がそれにとりあってくれないことを訴えている。

この女性の残業代は時給400円と低く、最低賃金の規定を下回っている状況にある。その上、女性は午前8時から午後5時まで仕事をした上、その後も夜遅くまで仕事をしている。休みも極端に少ない。

◆「日本人職員に殴られました。監理団体はなにもしてくれなかった」

別のベトナム出身の技能実習生は以下のような手紙を書いている。

「問題を説明しますので、関係組織から支援をお願いいたします。

一番目は給料と契約書の問題。給料は1日7時間分だけしかなく、土日は残業代もないです。就労時間中に休憩がないし、よく残業をしました。

二番目は、働いている間に2度殴られたことです。

1回目は日本人職員に殴られ、服を破かれました。

2回目は別の日本人職員が私の頭を殴り、さらに私の顔を平手打ちしました。

2回殴られた後、組合(筆者注:監理団体)に電話したのに、我慢してくださいと言った。組合は何も解決しませんでした。

私は会社を変わりたいです。」

この技能実習生は日本の受け入れ企業で就労する中で、残業代が払われないなど賃金に問題があったほか、日本人の職員から暴力を受けるなどの問題に直面していた。さらに、暴力を受けたことを監理団体に相談したものの、監理団体はこの問題に対応することがなかったという。

技能実習生をめぐっては、賃金や就労時間などの問題だけではなく、技能実習生が職場で日本人の職員から殴られたり、蹴られたりする事例もある。しかし、この技能実習生の場合、監理団体は動いてくれなかったため、日本政府に手紙を書き、受け入れ企業を変わりたいと訴えたのだ。

一般的に技能実習生は日々の就労に追われている上、十分な日本語の能力や日本の制度や法律に関する知識を持たない人も少なくない。さらに、多くの技能実習生は賃金が低く経済的に余裕がないことから、支出を切り詰め生活しているため、行動範囲が限られ、人間関係も乏しい。こうした状況から、技能実習生は何か問題があっても外部に相談することが難しい状態に置かれている。

そんな中、九州でボランティア日本語教室を主催し、技能実習生など外国人に日本語を学ぶ機会を提供している越田舞子さんは、技能実習生が自ら日本の政府機関に手紙を書き苦境を訴えるのを支援している。

越田さんは「技能実習生がまず母語で手紙を書き、これを支援者が日本語に翻訳した上で、関連省庁に送付している」と説明する。越田さんによると、すでにいくつかの事例では手紙を受け取った日本の政府機関が対応に乗り出しているケースもあるという。

◆「強制帰国」への抵抗、「借金だけ残った。もう一度日本に戻り働きたい」

ベトナムから日本に技能実習生としてわたり、就労していた技能実習生は契約途中で帰国させられたことを不当として、日本の政府機関に手紙を書いた。

「わたしは強制帰国させられました。

私は間違ったことをしていません。

私は、会社の違反を訴えただけです。

会社と監理団体に強制帰国させられたのは納得いきません。

私は日本に行くために借りた借金が返済できなかったので、もう一度日本で働きたいです。

よろしくお願いします。」

ベトナムでは技能実習生として日本にわたる場合、現地の送り出し機関に対して航空運賃、各種手続きの手数料、渡航前研修の費用などから成る渡航前費用を支払うことが一般的だ。技能実習生としての来日には送り出し機関の利用が必要なため、この渡航前費用の支払いがなければ日本に来られないことになる。

渡航前費用は時に100万円を超える高額になることもあり、技能実習生はこの費用を支払うために借金をして来日する。そして、来日後は就労しつつ、この借金を返すことになる。つまり「借金漬け」の状態で就労しているのだ。

これほど高額の渡航前費用を支払ってでも来日するのは、ベトナム政府が「国策」として自国民の出稼ぎを推奨していることに加え、ベトナムでは送り出し機関が「出稼ぎビジネス」を積極的に展開し、「日本にいけば稼げる」と盛んに喧伝していることがあるだろう。さらに、日本がいまもベトナムの人にとって「経済的に発展した憧れの国」ととらえられている中で、多くくの人が日本行きに大きな期待を抱いてしまうのだ。

一方、受け入れ企業によって技能実習生が契約の途中で本人の意志に反して強制的帰国させられるケースがある。

私が聞き取りした中では、不正行為を訴えて労働組合に加入した技能実習生が即時解雇された事例、1カ月のうちにほとんど休みがなかった技能実習生が休日を申請したところ懲戒解雇され帰国させられそうになった事例、病気になったことで治療を受けさせずに帰国させられそうになった事例などがある。

このため技能実習生は、受け入れ企業との間でなにか問題が起こることにより途中で「強制帰国」させられることを恐れる。途中で帰国させられれば、貯金ができないばかりか、渡航前費用のための借金だけが残ることになるからだ。

これまでに各地の労働組合や外国人支援組織、ボランティア日本語教室などが技能実習生を草の根で支援してきた。

一方、技能実習生は日本の各地で就労しているほか、遠隔地で就労する人も少なくない。さらに、技能実習生の中には、日本の労働組合や外国人支援組織などが、技能実習生支援をしていることを知らないなど、相談先を持たない人がいる。

本来は送り出し機関や監理団体が、技能実習生と受け入れ企業との間に入り、問題があれば対応することが求められるはずだが、実際にはサポートを受けられない技能実習生もいる。日本語能力に課題がある上、相談先を持たない技能実習生は社会的に孤立しがちで、問題を我慢するほかない状況に追い込まれる。

そうした中で、受け入れ企業による不正行為に直面した技能実習生の中に、勇気を振り絞り、自ら省庁に手紙を書き、苦境を訴える人が出てきていることの意味は重い。省庁に手紙を送る技能実習生は、受け入れ企業とのトラブルや「強制帰国」におびえながらも、自ら問題を告発することで問題解決を図ろうとしているのだ。

◆法務省「技能実習生からの訴えに相談対応、不正行為で受け入れ停止も」

では、こうした技能実習生からの企業の不正行為を訴える「手紙」に対し、日本の政府機関はどのように対応するのだろうか。

法務省入国管理局入国在留課の担当者は「技能実習生からのこうした手紙があるかどうかは個別には回答できないものの、一般的には技能実習生など外国人労働者から就労先企業の不正行為についての情報提供は往々にしてある」と語る。

また、技能実習生が手紙で不正を訴えたり、実際に入国管理局に出向くなどしたりした場合、相談に応じ、必要な対応をしていくという。

そして、場合によっては、「必要な調査をした上で、場合によっては受け入れ企業を指導したりし、それでも改善がない場合は、その受け入れ企業による技能実習生の受け入れを停止させる処分を下す」(法務省入国管理局入国在留課の担当者)。

◆20万人超える技能実習生が各種産業支える、制度の改革が必要

法務省の2017年3月17日付発表によると、2016年末時点の在留外国人数は計238万2,822人(前年比6.7%増)に上った。在留資格別では、「技能実習」の在留資格で日本に滞在する外国人は前年比18.7%増の計22万8,588人となっている。さらに全体に占める割合は9.6%となった。日本全国で働く技能実習生は20万人を超え、在留外国人に占める割合は約1割にもなっているのだ。

外国人技能実習制度のもとで来日した技能実習生は日本全国で働いており、その就労先企業の業種も製造業、農業、水産業、建設業など多様だ。

厚生労働省はホームページで、技能実習制度の目的について「我が国が先進国としての役割を果たしつつ国際社会との調和ある発展を図っていくため、技能、技術又は知識の開発途上国等への移転を図り、開発途上国等の経済発展を担う「人づくり」に協力すること」と説明している。

ただし、こうした「国際協力」を建て前に掲げつつも、現実的には、人手が足りない企業が「労働力」として技能実習生を受け入れる例が多く、制度の“建前”と“現実”のかい離が指摘されてきた。

技能実習生の受け入れ企業はさまざまだ。前述したように受け入れ企業の業種は多様な上、企業の中には実習生に仕事を丁寧に教えたり、交流の機会を設けたりするなど大事にするところもある。だが、受け入れ企業による不正行為もこれまでに多数存在してきた。賃金の未払いや最低賃金規定の違反、就労時間の規定違反、人権侵害やハラスメントなど、数々の課題が起きており、中には劣悪な労働状況に置かれている技能実習生もいる。

技能実習生自らが手紙を書き、日本の政府機関に訴える動きは、技能実習生をめぐる問題の解決に向けた一つのヒントを与えてくれる。しかし、個人の取り組みには限りもある。技能実習生の権利を保護するより包括的な取り組みが求められるとともに、外国人技能実習制度の抜本的な改革が急務となっている。(了)

研究者、ジャーナリスト

東京学芸大学非常勤講師。インドネシア、フィリピン、ベトナム、日本で記者やフリーライターとして活動。2015年3月~2016年2月、ベトナム社会科学院・家族ジェンダー研究所に客員研究員として滞在し、ベトナムからの国境を超える移住労働を調査。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了(社会学修士)。ケベック州のラバル大学博士課程に在籍。現在は帰国し日本在住。著書に『奴隷労働―ベトナム人技能実習生の実態』(花伝社、2019年)。

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