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五つ星シネマ

鈴木春恵パリ在住ジャーナリスト

日曜の午後6時、ちょっと特別な時間の扉が開く。場所はパリの凱旋門から歩いてすぐのホテル「ル・ロワイヤル・モンソー・ラッフルズ・パリ」。この五つ星ホテルのなかには、じつは映画室があって毎週上映会が行われている。

昨今のパリのホテル、とくにトップレベルのホテル事情の移り変わりはめまぐるしい。数年前から「シャングリラ」「ペニンシュラ」「マンダリンオリエンタル」など外国資本の高級ホテルのオープンが相次ぎ、それを迎え撃つべく老舗のホテルが大規模なレベルアップをはかっている。目下、「リッツ」「クリヨン」「リュテシア」が数年間閉館して大改装中というのはまったく歴史的なこと。この「ル・ロワイヤル・モンソー」はいわばその先陣をきったかたちで、数年前にフィリップ・スタルクのデザインで全館大規模な化粧直しが施された。

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好みはそれぞれだが、そういった新しい高級ホテルのなかで、わたしはここがいちばん今のパリっぽいと思っている。時代がかった豪華さもいかにもパリらしくて大好きだけれど、「シック」という言葉が似合ういまどきのこなれた高級感がここにはある。抑えた照明のエントランス、使い込んだ感じすら覚える風合いのソファー。まるでどこかのお宅のサロンにいるような親密な感じとでもいえるだろうか。そしてちょっとした大人の遊びごころ。それがこのプライペートシアターに象徴されるかもしれない。

入り口は控えめで、エントランスホールの壁と一体になったような飴色のドア。これを開けてラベンダー色の絨毯が敷かれた階段を数段登れば、なんともおしゃれなシアターが広がっている。およそホテルの中にいるとは思えない眺めだ。そして飛行機のファーストクラスを思わせるゆったりとしたサイズのレザーシート。上品なアイボリー色99席のうち1席だけが朱色、つまり紅一点の心憎いアクセントになっている。

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空間そのものも普通の映画館とは比べものにならないが、うれしいお楽しみがもうひとつ。上映前に、きっちりとジャケットを着こなしたホテルウーマンが冷えたグラスシャンパンを運んできてくれる。シート横に内蔵されたサイドテーブルを開けば、そこがしゃれたアペリティフテーブル。そこにグラスと映画につきもののポップコーンが置かれる。甘辛2種のポップコーンのうちキャラメル味のものは、このホテルのデザートを担当しているピエール・エルメの監修によるもの。スイーツ好きにとってはちょっと自慢したいようなスペシャル体験だ。

さて、映画のほうはといえば、アカデミー賞レベルの昨今の名画のラインナップ。ホテルのサイトに今後の上映予定が、予約アドレスなどの情報とともに掲載されている。気になるお値段のほうは、映画とシャンパン、ポップコーンで40ユーロ。これにホテルのメインダイニングでの食事付き(2プレート)で95ユーロというセットもある。

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わたしが体験した日曜は、映画館というよりピクニック日和の夕べということもあったので、10人ほどが席を埋めた程度で、プライベート感がさらに際立った。デカプリオとマット・デイモン主演の大作をキャラメルポップコーンをつまみつつ、足をシートの上で崩したりしながら、至極快適な環境で堪能した。2列前では銀髪のカップルの頭の先が付いたり離れたりしているのがシートの背からほんのわずかにのぞいていた。

パリにはたくさんの映画館があるけれど、ここの雰囲気は映画を楽しむという以上に、特別な時間と空間に浸る感覚。紳士淑女のデートの選択肢としては、かなり気が利いているといえるだろう。ちなみにこのホテルには、ことしのテニス全仏オープンの男女それぞれの覇者が宿泊していたのだとか。そう聞けば、なにやらいい“気”に浴せそうでもある。

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パリ在住ジャーナリスト

出版社できもの雑誌の編集にたずさわったのち、1998年渡仏。パリを基点に、フランスをはじめヨーロッパの風土、文化、暮らしをテーマに取材し、雑誌、インターネットメディアのほか、Youtubeチャンネル ( Paris Promenade)でも紹介している。

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