高野連に喧嘩を売った芦屋学園の画期的な取り組み

英語の「Modernism」(モダニズム)という単語には、「現代化」「近代主義」といった意味があります。

学校法人芦屋学園は今月2日、来年4月に芦屋学園高に日本高野連に加盟しない硬式野球部「芦屋学園ベースボールクラブ」を新設し、関西独立リーグに所属する兵庫ブルーサンダース゛2軍の下部組織に当たる「育成軍」として活動すると発表しました。これは、同学園が2012年から開始した「芦屋学園スポーツモダニズムプロジェクト(ASMP)」の一環として行われるもので、中・高・大の10年一環指導システムを導入してトップアスリートの育成を目指すというものです。

兵庫ブルーサンダーズ組織図(出展:兵庫ブルーサンダーズ公式HP)
兵庫ブルーサンダーズ組織図(出展:兵庫ブルーサンダーズ公式HP)

同プロジェクトでは、既にボクシングとバスケットボールでの活動を始めており、野球はそれらに続く3つ目の競技ということになります。元ラグビー日本代表の大八木淳史氏(芦屋大学特任教授)がプロジェクトリーダーに就任しており、バスケットボールでは日本で初めて学生によるプロバスケットボールチーム「芦屋学園バスケットボールクラブ」を組織し、bjリーグの下部組織であるbjチャレンジリーグへの参戦を決めています。

今回新設が発表された硬式野球部では、阪神タイガースで活躍した片岡篤史氏(芦屋大学客員教授)がクラブのGMに就任し、同じくタイガースの現2軍監督である平田勝男氏(同じく芦屋大学客員教授)も学生の指導に当たるということです。

「モダニズム」という言葉の選定もいささか挑発的で面白いと思います。日本のスポーツを「近代化」したい、ということは、言い方を変えれば、日本のスポーツ界は現時点では「前近代的」(やり方が古い、合理性に欠ける)ということでしょう。

甲子園をアンチテーゼにする

このASMPは、日本球界に2つの画期的(あるいは、破壊的)なインパクトをもたらす可能性があります。

1つは、従来まではほぼ唯一の野球選手育成プロセスとなっていた高野連(春夏の甲子園大会)を中心としたレールとは別のルートができた点です。僕も高校球児でしたからよく分かりますが、子供のころから甲子園を目指し、そこからプロ野球選手になるというのが多くの男の子達の夢でした。つまり、「甲子園を目指すこと」と「プロ野球選手になる」はほとんど同じ意味だったのです。

しかし、ASMPは甲子園を目指さずにプロを目指すというものです。しかも、高野連の傘下にないため、学生のうちから元・現プロ野球選手の指導を存分に受けることができます。ご存知のように高野連に加盟している高校は、今年からプロ・アマ規定が緩和され、元プロ選手についてはプロ・アマ双方の研修を受ければ指導者できるようになりましたが(それまでは、教員として10年間高校に勤務し、適性審査に合格しなければならなかった)、現役プロ選手からの指導を受けることはできません。当然、プロとの対戦などできません。

しかし、プロ・アマ規定などないアメリカでは、プロ選手がアマチュア選手にクリニックを行うのは、競技にかかわらず当たり前の風景です。最新・最高の技術やノウハウを持つ現役プロ選手から学ぶ機会が限定されるのが日本球界の現状です。日本球界の常識は、世界の非常識であるわけです。

また、既に春夏の風物詩として定着して長い甲子園大会ですが、その功罪が指摘され続けているのも確かです。夏の炎天下でのプレーや過密日程が、育ち盛りの青少年の身体に与えるマイナスの影響を懸念する声は消えません。「甲子園で活躍した投手はプロでは大成しない」といった噂が野球ファンの間でまことしやかに語られたりもしています。

最近では、米国のスポーツ専用ケーブル局ESPNの調査報道番組「Outside The Line」(OTL)が今年7月に日本の高校野球を取り上げて話題になりました。「Outside The Line」とは「限度を超えた」「常軌を逸した」といった意味の英語ですが、番組としては毎回物議を醸すスポーツ界のトピックを取材・報道するものです。7月のレポートでは、今年春の選抜大会にて9日間で計772球を投げた済美高校の安楽智大投手に焦点を当て、「海の向こうの全く異なる野球」を伝えています。

しかし、こうした声や噂、報道も、これまでは日本国内で甲子園以外の比較対象がなかったためにあまり説得力を持ちえませんでした。

ところが、仮にASMPから巣立っていた選手がプロとして活躍するようになれば、状況は変わるかもしれません。甲子園出身者とASMP出身者のプロでの活躍度合や怪我の有無を比較することで、今までは「唯一絶対」だった甲子園の存在が脅かされることにもなりかねません。あるいは、より「近代的」な取り組みを促す強力な外圧になるかもしれません。

日本球界がMLBの傘下に?

2つ目のインパクトは、日本球界にとってより深刻です。

実は、日本はMLBから系列化されていない数少ない国の1つです。ドミニカ共和国、ベネズエラ、キューバ、メキシコ、オーストラリアなどMLBへ優れた人材を提供している国々は、MLBの“人材供給地”として、あるいは“人材育成地(ファーム)”として実質的にMLB傘下に収められて行った国々です(詳しくは、日経ビジネス「MLBが推進する国際ドラフト構想のインパクト(下)~日本球界はドミニカの二の舞になるのか?」で解説しています)。

日本は、その高い野球技術と独自の閉鎖的野球環境を築き上げることで、MLBからの系列化を免れてきました。しかし、ASMPは、これを根底から覆す潜在的な破壊力を持っています。

以前、このコラムでも「“大谷問題”の先にある日本球界のMLB系列化の危惧」で書きましたが、近年MLBの複数球団が日本の独立リーグに目をつけ、業務提携を打診してきています。仮にですが、関西独立リーグ(あるいは、その所属球団)がMLB球団の傘下となれば、今までの日本球界組織を飛び越えてメジャー移籍できてしまうルートが確立されてしまうのです。

何より恐ろしいのは、こうした提携が実現してしまうと日本国内に「MLBへの入り口」が目に見える形でできてしまう点です。私も米国に住んでいるのでよく分かるのですが、言葉やコミュニケーション方法、食べ物などの文化の壁は想像以上に大きなものです。しかし、MLB球団と契約したとしても、日本に拠点を置くマイナーでみっちり練習を積める環境があれば、少なくとも最初に遭遇する文化的な壁は極小化されるでしょう。

こうした環境ができてしまえば、トップアマ選手が高野連や日本野球連盟(社会人野球を統括)、NPBなどを経由せずに直接MLB挑戦を目指すという、日本球界にとっては悪夢のような出来事が現実になってしまうのです。

もちろん、こうなるにはいくつもの前提条件(ASMPの取り組みが成功する、MLBが日本の独立リーグを傘下に収める等)が満たされなければいけませんから、今すぐに直面する危機というものではありません。しかし、計画は最悪のシナリオを想定しながら立てられるべきものです。極端な話、中学校進学の時点で、日本球界でプレーしたいか、MLBでプレーしたいかの二者択一を迫られるような未来が待っているわけですから、日本球界全体として優先順位を共有し、定めた目的に向かって各組織が有機的に動いていく必要が今まで以上に求められて行くことになるでしょう。

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