NHK『紅白歌合戦』の賛否両論を論じてみた!

番組ホームページから

4時間半におよぶNHK『紅白歌合戦』の放送が終わって1週間。出来や内容について、賛否両論がたくさん出てきた。

Yahoo!Japanにて「紅白歌合戦2016」を検索すると942万件もヒットする(1月8日午前0時現在)。ネット上を膨大な数の感想・意見・記事が飛び交ったことがわかる。

ただし各論を読んでみると、腑に落ちないもの、首をかしげざるを得ない論が少なくない。こういうことに一つ一つ反論すると嫌われることを承知の上で、あえて異論を唱えてみる。

籾井会長の見識

まず取り上げたいのは、1月5日の『NHK籾井会長、紅白視聴率2年ぶりの大台復活にホッ』

NHKの籾井会長は4日、職員向けの年頭あいさつで、第67回紅白歌合戦について「従来と随分変わったなという印象を持った。視聴率を見ても、後半が上がっているということは『今年の紅白は面白いぞ』と伝わった結果ではないか」と評価した。(中略)前年の第2部39.2%から1ポイント上昇し、2年ぶりの大台復活に胸をなで下ろした。

この記事で極めて残念なのは、視聴率40%の番組の誤差は±4.0%だという統計学上の常識を、籾井氏が無視して見解を述べている点。つまり40.2%というのは36.2%から44.2%の範囲内に入っていたことを意味しているのであり、1%の上下は所詮は誤差の範囲内だ。公共放送のトップを3年も務めた者が、視聴率の受け止め方を知らないままというのは、お粗末至極と言わざるを得ない。

しかも公共放送というのは、誤差の範囲の数字に一喜一憂すべき存在だろうか。

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視聴率動向を冷静に見るのなら、1984年以降2004年にかけて明らかに右肩下がりが続いた。ところがその後の10年あまりはほぼ横ばいで、基本的に小さな上下動は全て誤差の範囲だ。表面的な数字しか見ず、番組内容を洞察しない輩の妄言に左右される必要はない。しかも「職員向けの年頭あいさつ」というのは、いわば番組制作のプロに向けての発言である。番組内容についての知見なり、あるべき方向性なりを示すような発言でないと、組織の長としての尊敬は得られない。残念ながら、籾井氏の3年間を象徴するエピソードと思えてならない。

評価の記事と一般の感想との乖離

次に籾井氏と同様に今年の紅白を持ち上げた記事が『紅白歌合戦の挑戦を激しく評価する SMAP後の国民的番組とは』だ。

「最高に面白かった。よくやりきったと思う。ここまで振り切ったスタッフ、それにGOを出した首脳陣、そのネタに付き合った出演者に拍手を贈りたい。あっぱれ!」

最上級の賛辞である。

次に『「見たい」と「見せたい」のバランスが絶妙だった「紅白歌合戦」』もかなり持ち上げている。

「今回の『紅白』は、“見たいもの”と“見せたいもの”のバランスを巧みに保ちながら、“ショー”としての成熟度・洗練度を増していた」

「高く評価したい」

これら2つの論が、普通の人の個人的感想なら聞き流そう。ところが実際には、大学で学問を究めんとする方々の表現だ。であるなら、異を唱えざるを得ない。

表現に対しては、もちろん好き嫌いはあって良い。ただし大学の教員という“有識者”は、個人的見解を述べるに際しても、“説得力のある根拠”“客観的な視点”“論理的整合性”などを期待される存在だ。大学の先生というだけで、その発言がありがたいわけではない。この意味で引っかかる部分が何点かあった。

『紅白』の質的評価

まず今回の『紅白』の質的評価はどうなのか。

第63回から今回までの5回分を人々はどう評価したかの一つの指標として、データニュース社「テレビウォッチャー」の満足度調査がある。3000人のモニターによる5段階評価の平均値だ。

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これで経年変化を見ると、全体平均は3.23→3.29→3.34→3.30と来て今回は3.13と最低となった。満足度調査では、番組をたくさん見た人ほど評価が高くなり、一部しか見なかった人は低くなる傾向がある。紅白でも全く同じ傾向を占めていているが、「ほぼ全て見た」「2分の1以上見た」「2分の1未満から3分の1以上見た」「3分の1未満しか見ていない」のいずれの層でも、今回の評価は最低となっている。前述の“最上級の賛辞”や“高い評価”は、多くの視聴者の感じ方とはかけ離れている。

今回の『紅白』では、通算39回・30年連続出場の和田アキ子を初め、ベテランの常連組を何人も落選させた。視聴者層を拡大しようという意図が前面に出た人選だったと筆者は受け取った。ところが結果を見ると、目論見は当たったとは言い難い。

拙稿『意外に低い「紅白歌合戦」の満足度~大晦日に面白い番組が見たい!~』で、「若年層を意識して若い歌手を増やしたところで、視聴者の大多数を占める高齢層の離反を招きかねない。今年の紅白の視聴率がどうなるか、大いに不安も残る」と述べた(12月31日公開記事)。結果的に視聴率には明確な変化はなかった。

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ところが性年齢別の視聴動向をつぶさに見ると、今回の取り組みでも若年層の減少は止まらず(20~34歳は12年の24.9%から16年18.8%に減少)、逆に離反を心配した高齢層の比率が高まっていた(50歳以上は12年の40.9%から16年44.2%に増加)。

“針小棒大”論の危うさ

これらの事実をもって見た時、やはり首肯できない記事が『「グダグダ紅白」がツイッターでもっとも盛り上がったのは「ゴジラマイク」だった』だ。「紅白のグダグダ演出は確信犯だった?」という中見出しの中で、次のように論を展開している。

「ツッコミどころ満載の紅白にすることでツイッターで話題にさせ視聴率増を狙った確信犯の演出だったのでは?との説もあるようだ。実際、前年と比べて視聴率はわずかながら上がっている。確かに、ツイッターを眺めながらテレビを視聴するスタイルはかなりの人がやっているし、大晦日は日本テレビ『笑ってはいけない』と紅白の間を行ったり来たりする視聴が一定数の人びとには当たり前になっているのではないか。だとしたら、その“行ったり来たり”のきっかけとしてツイッターが機能しそうだ。それを見込んだ演出だというのもあながち的外れでもないかもしれない」

この文章は書き手の推測だけが根拠で、何も断定的に述べていない。

そもそも「前年と比べて視聴率はわずかながら上がっている」は、所詮は誤差の範囲なので根拠にはならない。むしろ前述の通り、若年層が減り、高齢層が増えている現実を見ると、ツィート人数が前年比74.5%増・ツィート数55.7%増とのデータを示しているが、ツィッターをより利用する若年層が減っているのでは、SNSは全く効果がなかったことになる。

しかも「ツイッターで話題にさせ視聴率増を狙った確信犯の演出」という説について、「それを見込んだ演出だというのもあながち的外れでもないかもしれない」としている。これは番組制作現場の実態を知らない暴論だ。

仮にツィートする人の数が3万から6万に増えようが、『紅白』の視聴者は2000万世帯あり、人数にしたら3000万人以上に及ぶ。視聴率に換算して0.1%程度の影響力しかない。そんな微小な効果のために、あえて「グダグダ紅白」を意図的に演出する制作者という見方は、番組制作者をバカにするにも程がある。「グダグダ紅白」が大多数の普通の視聴者に如何に大きなマイナス効果を及ぼすかを知っているからだ。

「ツイッターが極めて大きな影響力を持つ」と言わんがための意図的な論理であり、社会をミスリードする暴論に見える。

やはり中高年を逃がしていた!

実際に今回の『紅白』については、「テレビウォッチャー」が注目すべきデータを出している。

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今回を見た人々の中で「次回見たい」と答えた人は57.6%に留まった。逆に「次回見ない」とした人は13.5%。そして「見るかも知れない」が28.9%に及んだ。しかも「次回見ない」の回答は、50歳以上が過半を占めた。つまり「グダグダ紅白」が意図的だったとしたら、明らかにマイナス効果が大きかったことになる。

最も厳しい評価を下した50歳以上の声。( )内の満足度は5が最高評価、1が最低。視聴意向は4が「たぶん見ない」、5が「絶対見ない」である。

「最初だけ見たが、あまりの単調さとうるささに、家族とも、もういいという気分になった。来年からはもう見ない。」女68歳(満足度2・視聴意向4)

「録画したのに、つまらない、ちょっとだけで消しました。タモリさんの出演意味わからない」女54歳(満足度1・視聴意向5)

「何か騒々しく面白くなく見るのをやめた」男75歳(満足度2・視聴意向4)

「毎年、楽しみにしているのに今年ははじめて全く興味なかった。(中略)もう見たくない」女51歳(満足度2・視聴意向4)

「若い人向けの踊りと歌ばかりでとてもついていけません」男57歳(満足度3・視聴意向4)

効果を発揮するはずだった50歳未満にも、否定的な意見が少なくない。

「勘弁してくれ!てくらい、近年稀に見るヒドかった。誰が何を考えてあんなくだらない内容にしたのか知りたいくらい。根本的に考え直すか、いっそやめてしまってもいいと思う」男46歳(満足度1・視聴意向3)

「今までで一番最悪。ツッコミ所満載の紅白だった」「演出に関してもマツコとタモリさんの使い方が勿体ないし最後まで“は?”って感じで謎だった。ゴジラの演出も浅すぎで最悪」「歌とダンスのコラボも組み合わせが謎過ぎるしバカの一つ覚えとも言える程、何組やるんだよって感じだった」女39歳(満足度1・視聴意向4)

「つまらないし演出がひどい」「最後の票も意味不明だった」男23歳(満足度2・視聴意向4)

「最低の内容」「放送を通しての“趣旨”と“意義”が全く感じない」男33歳(満足度1・視聴意向4)

『紅白』がより良くなるために

どんな番組にも毀誉褒貶はつきものだ。しかし強い言葉で全否定しているように見える声にも、実は一聴に値する番組改善のヒントがある。

例えば「誰が何を考えてあんなくだらない内容にしたのか」は、番組全体のコンセプトが「“夢を歌おう”のはずだが、そうは見えない」という批判だ。

39歳女性の声「謎だった」「ゴジラの演出も浅すぎ」「ダンスとのコラボも組み合わせが謎過ぎ」「何組やるんだよって感じ」も、演出意図が届いていないし、洗練されていないと言っている。

「放送を通しての“趣旨”と“意義”が全く感じない」は最も痛烈だ。番組全体を貫く“軸”が見えなかったために、仮に個別の出し物に評価すべき部分があったとしても、プラス評価につながっていない現実が垣間見える。

実際に個別の演出に対しては、高い評価の声も少なくない。視聴意向の2は「なるべく見る」、1は「絶対見る」。

「大竹しのぶすごかったですね」女68歳(満足度5・視聴意向2)

「桐谷健太さんの海の声が素晴らしかった」女64歳(満足度5・視聴意向1)

「RADWIMPSのとこだけ観たけど良かった」男30歳(満足度5・視聴意向3)

「松田聖子ちゃんとYOSIKIのコラボが酔いました」女75歳(満足度5・視聴意向1)

「ピコ太郎の出演がインパクトがあり、コーラスと一緒に歌った場面は圧巻でした」女49歳(満足度5・視聴意向1)

「諸々の企画、生放送ならではのハプニング的な部分もあり、楽しめた」男65歳(満足度5・視聴意向1)

「正直若者たちの歌は何も心に届かなく歌う詩も内容が同じでであった。私が年を取って時代も変わったのだろう。ただ映像は見事であった。歌にあわせ別世界の非日常観を感じた」女69歳(満足度5・視聴意向1)

「ダレダレの構成、といわれていたが、出演者は個々には頑張っていて良い曲もあった」男64歳(満足度3・視聴意向1)

実際に筆者が見ていても、なるほどと評価した部分は少なくなかった。

Miwaが熊本の中学生と歌う前にVTRで前提を紹介していたが、これだと初めて聞く「結-ゆい-」の意味合いが良く理解できる。

「災害と日本」というテーマでも、随所で納得する演出があった。

広島・黒田投手は、平成26年に起こった広島土砂災害がきっかけで日本に戻る決意をするが、彼を後押しした歌に「少年」があった事実。奄美大島と石巻を訪ねた桐谷健太のVTRの後の「海の声」。久慈市を訪ねた有村架純の「ふるさと」特別企画と出演者全員による合唱。そして熊本から中継で氷川きよしが歌った「白雲の城」と、熊本出身の武田アナの曲紹介などだ。

同様に市川由紀乃が、家族の経緯を踏まえて「心かさねて」を歌ったことで、改めて障害者の問題を想起した。

さらに福田こうへい「東京五輪音頭」があり、都庁でのTOKIO「宙船(そらふね)」があると、なるほど2020年東京オリンピックに向かい始めた2016年を実感する。

『紅白』には高度な制作力が必要!

以上は個人的な感想なので、異見を持つ方もいるだろうが、満足度で高い評価をし、次回視聴意向で高い点数を入れた人は、こうした個別のシーンや歌に反応しているケースが多い。

番組は個別のシーンの積み重ねで全体が構成される。よって個々のシーンは、小さくても良いから物語や意味を持たなければならない。それと同時に幾つかのシーンから成るパートには、もう少し大きな物語や意義が求められる。さらに幾つかのパートから構成される番組には全体メッセージが必須だ。

今回の『紅白』には、「夢を歌おう」というテーマがあったが、残念ながら多くの視聴者にはそれが伝わっていない。あるいは伝わるように全体が構成されていなかったと言うべきだろう。

「テレビウォッチャー」モニターの声にもあったように、個別のシーンで意味不明と感じた人が少なくなかった。今や1つの音楽は、多くの世代や多様な価値観の人々の共有されることが少なくなった。つまり『紅白』では、初めて聞く歌が幾つも出てくる視聴者が大半なのである。その人たちに、初見でも興味を持てるような導入なり意味づけがないと、個別の部分で興味を失う。さらに各パートのつながりに、意識がつながって行くような物語性が成立しないと、視聴者は何を見せられているのか迷子になる。

ヒット曲のベスト10を紹介する番組で視聴率がとれた時代ならいざ知らず、多くの国民がその年のヒット曲を聞いたことがない現代。1年の最後に放送される『紅白』には、やはりかつて以上の卓越したアイデアと精緻な構成が求められる。

投票システム・副音声・ツィートなどの枝葉末節にかまけず、本筋のところをしっかり考え、最大多数が納得できる意味・内容・物語を巧みに紡いでもらいたいものである。