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「イスラム国」の誕生

高橋和夫国際政治学者/先端技術安全保障研究所会長

ISISが宣言した「イスラム国」樹立宣言をどうみるか?

日本時間の6月30日にISIS(イラクとシャームのイスラム国家)が「イスラム国」の樹立を宣言し、その指導者のアブ―バクル・バグダーディーにカリフとして言及した。カリフとは、そもそもは後継者という意味である。つまりイスラムの預言者ムハンマドの後継者を、ということは全イスラム教徒の指導者を意味している。その「カリフ」との名称にふさわしいほどの数のイスラム教徒を指導した最後のカリフは、オスマン帝国のスルタンであった。そのオスマン帝国は1922年に滅亡している。実質上の最後のカリフ制度の消滅であった。

それ以来、カリフを名乗って広く人々の忠誠の対象となった人物は、いない。

今回「樹立」されたイスラム国は、イラクとシリアのかなりの部分を支配下に置いている。オスマン帝国のアラブ地域の領土が第一次大戦後にイギリスとフランスに分割されて以来、シリアとイラクの両国にまたがる広い地域を支配した国家は存在しない。新イスラム国の樹立宣言の歴史的意義であろうか。マスメディア的には、この組織をISISと呼ぶか、あるいはISILとして言及するかで混乱があった。これでイスラム世界の統一は難しくとも、用語はイスラム国で統一されるのだろうか。

カリフの復活をわざわざ宣言した意味は何だろうか?

最大の狙いは他のイスラム急進派との差別化であろう。この宣言によって、イスラム法シャリーアに基づく国家の樹立を目指す運動から、実際にイスラム国家を統治しているとの実態となった、との宣言である。しかも支配地域を拡大を目指す意図を明確にした。これによって、いっそう多くの戦闘員を世界各地で募集しやすくし、しかも募金活動も容易になるだろう、との計算であろう。お金と人の流れを他の急進派ではなく自らに集中させることを狙っての動きであろう。

ISISは、6月に入ってからの電撃的な勝利でイラクの広い部分を支配地域に加えた。この勝利が、ISISの人気をアラビア半島の急進的なスンニー派の間で沸騰(ふっとう)させた。イスラムの名を語る急進派は、世界各地に存在する。しかし、ISISほどに広い領域を統治する勢力は、存在しない。アイマン・ザワヒリのアルカーイダは、アフガニスタンとパキスタンの国境地帯に根拠地を構えているが、広い地域を統治しているわけではない。ナイジェリアのボコ・ハラムも、それなりの支配地域は持っているが、しかし国家を運営していると言えるほどの安定した統治ではない。ISISは、シリアにおいては、かなりの長期にわたって広い地域を支配し統治してきた。そして6月に入ってイラクに支配地域を拡大した。それなりの実績を踏まえてのイスラム国宣言と見ることができよう。

ほかのイスラム武装組織はどう反応するとみているか。特にアルカイダについて?

そもそもアルカーイダは、あまりに過激なISISの戦術に批判的であった。またシリアにおいては、すでに存在するヌスラ戦線というアルカーイダ系組織のみに活動させる意図であった。だがISISは、アルカーイダ本部の意向を無視してイラクとシリアの両方で活動した。その結果、アルカーイダからは破門されていた。そして今回のカリフ宣言である。アルカーイダは強く反発するだろう。すでにシリアではヌスラ戦線と新イスラム国との間の戦闘の激化が伝えられている。

だがアルカーイダは、2000年代の一連の欧米でのテロ以来、大きな「戦果」を挙げていない。それに対してISISは、シリアとイラクで「勝利」を積み重ねてきた。そのために、この組織に魅力を感じる人々も多い。世界のイスラム過激派の一部が、新カリフ国に忠誠を誓う可能性もあるだろう。ある意味では、新イスラム国はアルカーイダの強力なライバルである。

ほかのイスラム教国家はどう反応するのか?

ISISに資金を流したのは、アラビア半島の豊かな産油国の裕福な個人だとされている。こうした資金の流れを取り締まってこなかったサウジアラビア政府などは、新イスラム国の誕生に怒っているだろう。過激派を管理しているつもりでいたが、気が付いてみると、サウジ王家の目から見ればコントロールの効かないフランケンシュタインを育てていたわけだ。

ISISへの志願者の多くはトルコ経由でシリアに入った。この人の流れを黙認してきたトルコ政府も、困惑している。シリアのアサド政権を倒すために、ISISを利用したのだが、アサド政権は倒れず、ISISがイラクに侵攻してトルコ市民を人質にしてしまった。スンニー派諸国はISISを担いでいるつもりでいたが、実際はISISに担がれていた。そうした思いだろうか。

アブ―バクル・バグダ―ディーについて

歴史的にはスンニー派は、預言者ムハンマドの最初の後継者としてアブ―バクルを支持した。そうした伝統を踏まえると、この人物の名前アブ―バクルは、カリフらしいとも解釈が可能だろうか。名前の方のバグダーディーも都合が良い。バグダードに首都を置いてアッバース朝は、英明なカリフの支配下で繁栄を極めたからである。バグダッドのカリフの多くは文芸の保護者であった。また女性を愛し少年を好み葡萄酒の味を知っていた。このバグダーディーには、そうしたアラビアン・ナイトの香りは期待できそうもない。そもそもバグダッドを攻略できかも明らかではない。

2014年7月1日(火)記

国際政治学者/先端技術安全保障研究所会長

国際情勢をわかる言葉で、まず自分自身に語りたいと思っています。北九州で生まれ育ち、大阪とニューヨークで勉強し、クウェートでの滞在経験もあります。アメリカで中東を研究した日本人という三つの視点を大切にしています。映像メディアに深い不信感を抱きながらも、放送大学ではテレビで講義をするという矛盾した存在です。及ばないながらも努力を続け、その過程を読者の皆様と共有できればと希求しています。

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イラン革命、イラン・イラク戦争、湾岸危機・戦争、アメリカ同時多発テロ、アフガン戦争、パレスチナ問題、イラク戦争、アラブの春と続発する事件に関して30年以上にわたり発言を続けてきました。またオフレコでメディア、官庁、政党、企業などに対し、そして名前を公表できない人々を含め日本の指導層のために助言とブリーフィングを行ってきました。高橋和夫の情報への感性に共鳴する方々のために分析を提供します。

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