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「声うるさい」で市川市の保育園開園断念。ドイツでは法改正し子どもの声は騒音から除外

高橋亮平日本政治教育センター代表理事・メルカリ経営戦略室政策企画参事

「子どもの声が騒音になる」

千葉県市川市で4月に開園予定だった私立保育園が、「子どもの声でうるさくなる」などといった近隣住民の反対を受け、開園を断念したと報じられた。

隣接する松戸市の社会福祉法人が、3月に市中心部に近い菅野4丁目の住宅街に木造2階建ての園舎を建設し、4月1日に定員108人(0~5歳児)で開園する計画だった。

昨年8月に開園を伝える看板を立てたところ、反対運動が始まり、住民側は市や社会福祉法人に対し、計画撤回の要望書を提出したという。

社会福祉法人は説明会を複数回開催したが、「子どもの声が騒音になる」「保育園が面する道路は狭いので危険だ」などの意見が強く、結局、建設に着手できなかったようだ。

社会福祉法人は3月下旬の理事会で計画の撤回を決定。理事長は「保育園は地域の皆さんから見守ってもらえなければ成り立たない。無理だと判断した」と話しているという。

市川市のHPでは、4月開設予定の認可保育園のページ(http://www.city.ichikawa.lg.jp/chi04/1111000019.html)に「整備中止」と記されている。

市川市のHPや「保育施設利用のご案内」(http://www.city.ichikawa.lg.jp/common/000216778.pdf)を見ると、菅野4-1に開設予定だったのは「(仮称)ししの子保育園市川」のようだ。

市川市の待機児童数は全国市区町村で第9位

市川市の待機児童数は、2015年4月時点で373人。これは全国の市区町村で9番目に多い。

厚労省の調査によると最新2015年時点のデータで最も待機児童の数が多いのは、世田谷区(東京)の1,182人で、以下、船橋市(千葉県)625人、那覇市(沖縄県)539人、大分市(大分県)484人、仙台市(宮城県)419人、浜松市(静岡県)407人、熊本市(熊本県)397人、板橋区(東京都)378人、市川市(千葉県)373人と続く。

しかも市川市の待機児童数は、2013年が297人、2014年が336人、2015年が373人と、年々増えている。

待機児童解消は、少子化にもかかわらず、保育ニーズの多様化も相まって、保育園の新設だけでは間に合わない自治体もある。

各自治体は、保育園の新設をはじめ様々な方法を組み合わせながら、保育の量的拡大に向けた取り組みを行っている。

厚労省によると、2013年から2016年までの間に、保育の量的拡大見込みが最も多かったのは横浜市(神奈川県)で、3年間で11,256人も増やすことになっている。この効果もあり、政令市でありながら待機児童が8人と、ほぼ解消されることになる。

次いで、保育の量的拡大見込みが多かったのは、名古屋市(愛知県)の7,686人、川崎市(神奈川県)の7,578人。この2市は2015年4月時点で待機児童がゼロである。以下、大阪市(大阪府)6,766人、福岡市(福岡県)5,592人、札幌市(北海道)4,968人、さいたま市(埼玉県)3,915人、世田谷区(東京都)3,883人、神戸市(兵庫県)3,294人、大分市(大分県)3,284人となっている。

ただ、ここまでは、自治体規模が影響するため、政令指定都市や県庁所在地、23区ばかり。

県庁所在地でない中核市と一般市で2016年までの3年間の保育の量的拡大見込みが多かったのは、横須賀市(神奈川県)の2,967人(18位)。次いで、船橋市(千葉県)2,489人(23位)、松戸市(千葉県)2,345人(25位)、枚方市(大阪府)1,852人(31位)、市川市(千葉県)1,817人(32位)となる。

その意味では市川市も決して頑張っていないわけではない。保育の拡大量は2013年から2014年の間に343人、2014年から2015年の間に559人、2015年4月から2016年4月までに915人増やし、3年間で1,817人増とする予定だった。

しかし今回の一件で、この915人のうちの108人が減ったということになると、その影響は少なくないように思う。

ドイツでは「子どもの声」を環境騒音から除外

ドイツでは2011年5月、「子どもの声」をめぐって連邦法が改正され、乳幼児や児童保育施設、児童遊戯施設などから発生する音を、環境騒音から除外した。

背景には、ドイツでも日本同様、2007~2008年頃から「子どもの声」を「環境騒音」とする住民による訴訟が相次いだことがあった。

2008年、ハンブルクの幼稚園(定員60名)が住居区にあることを理由に裁判所から閉鎖命令を受けた。

2009年には、ベルリン市フリーデナウ地区の「ミルヒツァーン幼稚園」が、商業・住居用建物に入っていたため、地方裁判所から目的外使用と認定され、移転せざるを得ない事態も起きた。

これらを受け、ベルリンでは翌2010年、州新法で「子どもの騒音」を保護する法的措置がなされた。

この新たなベルリン州イミシオン防止法では、「子どもの発する騒音は、自明な子どもの成長の表現として、かつ、子どもの正当な発達の可能性を保護するものとして、原則として社会的相当性があり、したがって受忍限度内である」(6条1項)とされた。

これにより子どもが原因の音は今後、法的にも社会的にも容認すべきものと判断されることになった。

また、関係するベルリン州環境侵害防止法の改正により、幼稚園や休暇施設など子どもの使用が想定される施設は、近隣住民の声があがったとしても、その存在が保障され、子ども施設周辺の静穏権を求める住民訴訟の道を封じた。

こうした州での取り組みがきっかけとなり、2011年5月にはドイツ連邦議会で「連邦イミシオン防止法を改正案」(乳幼児、児童保育施設及び児童遊戯施設から発生する子どもの騒音への特権付与)が可決された。

ドイツにおいても、騒音により本質的な被害を被った場合には、賠償請求を行うことが認められてきたが、この法律によって、ドイツ全土で子どもが発する騒音については除外し、賠償請求がなされないこととなった。

少子高齢化と共に、貧困家庭における子どもの育成が社会問題となっているドイツにおいて、子育て環境の整備は重要な政策課題であり、訴訟リスクにより児童保育施設の整備・充実が阻害されることは望ましくないという考えが、政治的にも一定の広がりをみせた。

当初、高齢者など子育て世代以外からは、子どもの発する騒音を特権化することに対して、「騒音に良い騒音も悪い騒音もない」「権利を持っているのは子どもだけではない。高齢者も権利を持っている」といった異論も出たという。

連邦イミシオン法では、「児童保育施設、児童遊戯施設、およびそれに類する球技場等の施設から子どもによって発せられる騒音の影響は、通常の場合においては、有害な環境効果ではない。このような騒音の影響について判断を行う際に、排出上限及び排出基準に依拠することは許されない」(22条1a)、と記されている。

こうしてドイツでは、「子どもから発生する騒音」を規制から除くことになったわけだが、この「子どもから発生する騒音」とは、子どもが発するあらゆる大声(話し声、歌声、笑い声、泣き声、叫び声等)の他、遊戯、かけっこ、跳躍、そして、子ども自身による騒音だけでなく、保育施設等の場合には、そこに勤務し、子どもの世話に従事している職員が発する音も含まれることになっている。

日本でも「子どもたちの声」をめぐる訴訟が生まれている。ドイツを参考に、とくに自治体からこうした取り組みを始めるべきではないだろうか。

東京都でも環境確保条例が見直された

東京都でも、「子どもの声」に関して、都民の健康と安全を確保する環境に関する条例(平成12年東京都条例第215号。以下「環境確保条例」)が2014年に変更された。

条例第百三十六条に「別表第十三に掲げる規制基準」を加え、その別表第十三「日常生活等に適用する規制基準(第百三十六条関係)」を以下のようにした。

「保育所その他の規則で定める場所において、子供(六歳に達する日以後の最初の三月三十一日までの間にある者をいう)及び子供と共にいる保育者並びにそれらの者と共に遊び、保育等の活動に参加する者が発する次に掲げる音については、この規制基準は、適用しない。(一) 声 (二) 足音、拍手の音その他の動作に伴う音 (三) 玩具、遊具、スポーツ用具その他これらに類するものの使用に伴う音 (四) 音響機器等の使用に伴う音」

また、騒音規制の特例として、規則第七十二条の二にその特例場所を、認定こども園も含めた保育所、幼稚園、児童厚生施設、公園のほか、知事が認める場所と位置付けた。

検討の過程では、子どもの声を巡る問題として、「苦情を受けて、保育所等では園庭活動を縮小する等の対策をとっている事例もある。また、子供の声等に対する苦情が保育所等を新たに設置する際の妨げとなっているという意見もある。また、子供の声を巡る訴訟では、騒音規制法(昭和43年法律第98号)や各自治体の条例に規定する規制基準を基に、不法行為責任が争われている事例もある」とした上で、子どもの健やかな成長・育成への配慮の必要性として、「規制基準を遵守するように子供の声を抑制することは、心身の発達段階にある子供にとってストレスになり、発育上も望ましくないという意見がある」としている。

こうした背景を持っているのは、決して東京都だけではない。むしろ東京都だけで環境が整備されることになれば、川を挟んだ市川市では、さらに子育て環境の格差が生じてしまう。

市川市は、これまでも、川を挟んだ江戸川区での子育て支援に対し、財政状況の差を理由に挙げてきた。しかし、こうした条例による環境整備には、財政状況は影響しない。むしろ現場を持つ基礎自治体ごとに工夫があっていいのではないかと思う。

基礎自治体には何ができるのか、都道府県のような広域行政で何を行うべきなのかを考えていく必要がある。

「保育園落ちた日本死ね」とは何だったのか

今回の市川市における社会福祉法人の判断はもっともであり、こんな状況で無理やり開設したところで、住民とトラブルになってしまっては、お互いにとって不幸になる可能性もある。第一、子どもたちが可哀想である。

ただ、ニュースを見てまず感じたのは、「保育園落ちた日本死ね」とは何だったのかということだ。

そもそも匿名で書かれたブログを国会での質問材料にすることや、子どもに「死ね」なんて言葉を使うなと言っている立場からすると、こうした言葉を使うことにも違和感があった。

こうなってくると、「保育園落ちた日本死ね」と言った人も、「子どもの声がうるさい」と言っている人たちも、結局のところ自分のことしか考えてないんじゃないのかとすら感じてしまう。

もちろん、待機児童解消の重要性は認識している。2010年に出した著書『世代間格差ってなんだ 若者はなぜ損をするのか?』(PHP新書)では、以下のように書いた。

〈 女性の労働環境の整備とともに、仕事と出産・育児の両立が可能となるような柔軟な働き方を実現するための支援政策が必要だということだ。こうしたことからも保育ニーズに対する対応はいっそう進めていく必要がある。

近年の都市部では、少子化に歯止めがかからない一方で、保育ニーズは年々増えている。もちろん女性の社会進出や経済状況により共働きせざるを得ない状況になっていることも考慮しなければならないが、これまで保育ニーズに表れていなかった新たな層まで保育ニーズが拡大していると考えるべきである。

保育園は、保育に欠ける子どもに対する育児の補完的な役割とされてきたが、核家族化やコミュニティの崩壊など、子育ての負担が両親、とくに母親に偏ってしまう傾向にある。こうした構造は過度に子育てを負担に感じてしまう状況を生み出しており、専業主婦でいるより社会に出たい、専業主婦であっても一時的に子どもを預けられる状況が欲しいという保育ニーズを反映している。

実際現在でも二・五万人の待機児童がいるといわれており、こうした保育ニーズは今後もさらに加速していくことが予想され、まさに子育てを社会全体で支えていくことが求められる。待機児童解消のため、まずは保育サービスへの企業の参入規制を抜本的に緩和するとともに、幼稚園と保育園の幼保一元化などを行うべきである。

また、フランスで合計特殊出生率が回復した少子化対策の一つとして、自宅で保育経験者などが保育する保育ママ制度が頻繁に紹介されるが、仕事との両立支援としての保育の時間延長や、病児病後児保育の整備をしていくとともに、働き方の多様化や保育ニーズの多様化に合わせて、延長保育や一時保育、保育ママ制度など保育園だけでない保育ニーズに細かく応じた対策が求められる。その意味でも、当事者の声を直接反映した仕組みづくりが必要である。 〉

6年前に書いたわりには、まだまだ新しいこと、今になってようやく皆さんの共感を呼ぶこともあるのではないかと思う。

当時は「奇抜過ぎる」と指摘された我々の「ワカモノ・マニフェスト」も、いまや多くの政党の政策に反映されるようになった。参院選に向けて、みなさんにももう一度手に取ってもらえればと思う。

なぜ市川市議会議員は黙っているのか?

最後に一つ気になるのは、今回の「(仮称)ししの子保育園市川」の開園断念について、市川市議会議員がネット上でほとんど発言してないことだ。

英語に「NIMBY(ニンビー)」という言葉がある。NIMBYとは、「Not In My Back Yard(自分の裏庭や近所以外なら)」の略語で、「施設の必要性は認めるが、自らの居住地域には建てないでくれ」と主張する住民たちや、その態度を指す言葉だ。

私は自治体などに呼ばれて、職員や幹部の研修で、「PI(Public Involvement = 住民参画・市民参画)」について話をすることがある。近年、こうしたPIの重要性が言われ、様々なプロセスでの住民参加の必要性が求められるようになってきた。パブリックコメントなどが取られるようになったのもこの流れからだ

だが、一方で、住民の意見を聞こうとアンケート調査などを行うと、非常に表層的な声ばかりが集まることがある。何の情報共有もなく、意見を求められると、どうしても利己的な要求になりがちだからだ。

2013年に、内閣府特定地域再生事業の補助金を取って、埼玉県内の自治体で、無作為抽出した市民による「未来政策会議」のプロジェクトを、自治体コンサルとして提案、実施したことがある。

学校の跡地利用や公共施設再編について議論したのだが、公共施設再編について市民に意見を求めると、まさに「NIMBY」になる。「公共施設再編の必要性は理解できるが、うちの前の公民館は潰すな」といった具合だ。

ところが、市の財政状況を共有し、公共施設のファシリティ・マネージメントを共に考え始めると状況は一変する。市役所職員と市民が一緒になって市の全体利益を考えるようになる。

今回の問題も、報道で誇張されるような「子どもの声がうるさい」という表層的な理由だけでなく、「保育園が面する道路は狭いので危険だ」といった地理的な要因をはじめ様々な要素が交わっているのだろう。

PPP(Public Private Partnership)や新しい公共の視点から、これまで行政や政治家に依存していた部分を、市民が共に担っていく仕組みを整備していく必要はもちろんだが、同時にこうした市民ニーズが交錯する問題の中で、市全体の利益を考え、将来を見据えたビジョンと責任を持って決断し、方向性を定めることも、政治家の大きな役目でないかと思う。

統一地方選挙の際に『統一地方選挙の候補者選定に、「政治とカネ」「議会の議員構成」「自治体の共通課題」を考えてみてはどうか』でも触れたが、市川市議会は、政務活動費で切手を大量購入し現金化したとの疑惑が未だに解決できていないほか、この問題で2つの百条委員会ができてしまったことなど、最も質の低い議会ではないかと思われるような状況を全国に発信してしまった経緯もある。

こうした一つひとつの問題に対して、身近な人の声だけでなく、住民の声なき声にまで耳を傾けながら、市川市の未来のためのビジョンを描き、決断し、責任を持って行動してもらえるよう期待したい。

日本政治教育センター代表理事・メルカリ経営戦略室政策企画参事

元 中央大学特任准教授。一般社団法人生徒会活動支援協会理事長、神奈川県DX推進アドバイザー、事業創造大学院大学国際公共政策研究所研究員。26歳で市川市議、全国若手市議会議員の会会長、34歳で松戸市部長職、東京財団研究員、千葉市アドバイザー、内閣府事業の有識者委員、NPO法人万年野党事務局長、株式会社政策工房研究員、明治大学世代間政策研究所客員研究員等を歴任。AERA「日本を立て直す100人」に選ばれた他、テレビ朝日「朝まで生テレビ!」等多数メディアに出演。著書に『世代間格差ってなんだ』(PHP新書)、『20歳からの社会科』(日経プレミアシリーズ)、『18歳が政治を変える!』(現代人文社)ほか。

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