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シリアの「戦闘停止」の展望

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
2016年のバレンタインデーのダマスカス市内繁華街の模様(写真:ロイター/アフロ)

2016年2月27日は、アメリカとロシアとが合意したシリアでの「戦闘停止」が発効する期日とされている。22日にアメリカとロシアとの合意が成立して以来、シリア政府、クルド勢力を主力とする「民主シリア軍」、そして「反体制派」諸派が編成した「最高交渉委員会」が「戦闘停止」の受け入れを表明した。「最高交渉委員会」とは、サウジアラビアなどが庇護する「シリア国民連合」、「自由シリア軍」のような在外の反体制派に、「シャーム自由人運動」、「イスラーム軍」などアル=カーイダに近しい団体も含むシリア国内で活動する武装勢力の代表から編成された委員会である。ここまで見ただけでは、政府側と「反体制派」との戦闘が停止し、シリア紛争で停戦が実現するかのように思われるかもしれない。しかし、現実の問題として、アメリカやロシアを含む上に挙げた諸当事者が「戦闘停止」を順守したとしても、27日以降もシリアで戦闘がやむことはない。その理由は以下の二点である

第一は、「戦闘停止」の対象には「イスラーム国」やシリアにおけるアル=カーイダである「ヌスラ戦線」が含まれていないことである。そうなると、シリア紛争に本格的に介入したロシア軍にしても、「イスラーム国」対策としてイラク・シリア両国で空爆を行うアメリカを中心とする連合国にしても、イスラーム過激派に対する攻撃を止める理由は何一つない。また、イスラーム過激派諸派にとっても、アメリカとロシアとの合意に基づく「戦闘停止」に従う義理はないし、彼らにすればこのような合意や政治的な取引は積極的に打倒すべきものである。そうなると、少なくとも政府軍と「イスラーム国」との主戦場であるアレッポ県東部、ハマ県東部、ホムス県東部で戦闘がやむことは期待しにくい。

第二は、「ヌスラ戦線」が紛争の現場において「反体制派」とみなされる武装勢力諸派と不可分にまじりあい、事実上その主力となっていることである。26日付のレバノン紙『ナハール』によると、「戦闘停止」の対象と予想されるアレッポ県西部、ダマスカス市郊外、ダラア県の各所に「ヌスラ戦線」が展開しており、実際に戦闘が停止するか否か難しい状況である。

当の「ヌスラ戦線」自身は、26日深夜(日本時間)に首領のアブー・ムハンマド・ジャウラーニーの演説を発表、「戦闘停止」を含むシリア紛争の政治的解決に向けた努力の全てを否定して戦闘の継続を訴えた。それによると、(敵方は「暴力」以外の言語を理解しないため)交渉とは戦場での戦闘だけであり、シリアの武装勢力諸派はこれまでの闘争で払われた犠牲を裏切ってはならないとのことである。つまり、この演説はこれまでシリア紛争の当事国が続けてきた政治的解決の努力、特に2015年秋にまとまった「政治的移行」についてのウィーン合意からの政治的営為を全否定するとともに、武装勢力諸派に対し、「戦闘停止」をはじめとする「政治解決」に同調することを裏切りとみなすと脅迫しているのである。シリアにおけるアル=カーイダである「ヌスラ戦線」は、第一の理由で説明したとおり「戦闘停止」の当事者ではないので、彼らがこうした態度をとるのは何ら驚くに値しない。厄介なのは、「反体制派」が「戦闘停止」に際して「ヌスラ戦線」への攻撃もやめるよう主張し、「ヌスラ戦線」を擁護していることである。「反体制派」の説明によると、「ヌスラ戦線」の拠点を「反体制派」諸派の拠点と区別して特定するのは不可能とのことである。これは、「反体制派」武装勢力諸派が現場において「ヌスラ戦線」と不可分に一体化していることを意味する。要するに、欧米諸国、サウジアラビアやトルコにとって、シリアにおけるアル=カーイダである「ヌスラ戦線」は「テロ組織」なのだが、これらの諸国とはそれを承知の上で「ヌスラ戦線」と共闘する「反体制派」支援を続けてきているのである。シリア紛争の打開の努力とイスラーム過激派対策の両方の効率が悪い原因の一つは、「反体制派」支援が実質的にはイスラーム過激派として討伐されるべき「ヌスラ戦線」を政治的に正当化し、活動に必要な資源を供給する結果につながっていることである。

無論、関係各国はこのような矛盾を解消しようと様々な策を講じてきた。「ヌスラ戦線」や、アル=カーイダと近しい関係にある「シャーム自由人運動」を買収し、アル=カーイダとの絶縁を宣言させることによって彼らを晴れて「反体制派」と位置付けようとする試みもあった。2015年前半にイドリブ県を占拠した「ファトフ軍」は、この試みの一環としてトルコが支援して「ヌスラ戦線」と「シャーム自由人運動」を主力とする連合体として結成された。もっとも、「ヌスラ戦線」も「シャーム自由人運動」も、アル=カーイダや外国人のイスラーム過激派戦闘員との絶縁を公言するには至っていない。今般の「戦闘停止」についても、このような齟齬は明らかである。欧米諸国などは、自らを敵視する「ヌスラ戦線」を公然と擁護する「反体制派」を支援しているのである。その結果、欧米諸国などは「戦闘停止」でも「政治的移行」でも、具体的な目標とその実現の手順を示すことができないでいる。

政府軍とイスラーム過激派との戦闘が停止しない以上、今般の「戦闘停止」がシリア紛争の政治解決にどの程度寄与するかは楽観できない。また、「政府軍がイスラーム過激派との戦いを口実に実際には「反体制派」を攻撃している」との非難が起きるのもほぼ確実である。しかし、紛争の政治解決の努力、イスラーム過激派対策などの効果を著しく減殺する原因の一端は、「反体制派」に提供されているはずの政治的正当性や物理的支援の大方に、実際にはシリアにおけるアル=カーイダである「ヌスラ戦線」などのイスラーム過激派が裨益しているところにある。「ヌスラ戦線」や「シャーム自由人運動」との関係を清算できない限り、「反体制派」とその支援国がリア紛争収束に向けた生産的な役割を果たすことには懐疑的にならざるを得ない。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会など。

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